揺るぎない意志は新たな物語を紡ぎ出す!
間に合いました。完結編です。
船長ゼアンが求める都市伝説を『潰す』と決意しているスレイの本心とは……?
そして『高速ババア』の正体とは……!?
どうぞお楽しみください。
「……さて、情報を整理しましょうか」
「あぁ!」
可愛いものコレクションが増えた事にご満悦のフィアセレスとは対照的に、スレイの顔には不機嫌が漂っていた。
しかし自分の目的を思い出し、顔を振って気持ちを切り替えるスレイ。
「この町の都市伝説は『高速ババア』。この町を貫く坂道を、夜中に何かがとてつもない速さで駆け上って行く現象の名前です」
「かなりの勾配だ。それでいて夜とはいえ町の明かりもある中で曖昧な目撃例しかないという事は、相当な速さだ。人間の線はまずないな」
「そして出現に規則性はないらしいですから、今夜現れると相当まずいですね」
スレイの言葉にフィアセレスも頷く。
「私達の達成目標は、ゼアンに『都市伝説は無かった』と思わせる事だからな」
「えぇ、その片鱗さえ感じさせてはいけません」
「いっそ以前のように偽物を作ってでっち上げるか?」
「うーん、それでもいい気はするんですけど、今回は町中ですし、模倣犯と思われると逆に真実味を感じさせちゃうと思うんですよね……」
「確かにそうだな。とすると夜になる前に正体を掴む、か」
「……できます?」
「私の魔法とスレイの知識があれば、可能だろう」
目を合わせてにやりと笑う二人。
「頼もしい恋敵です事」
「ゼアンが都市伝説に焦がれている間は、対立する意味がないからな」
そう、この二人、ゼアンにぞっこんであった。
ゼアン自身は都市伝説探訪の傍ら、邪魔するものを排除してきた。
海賊は元より、不正を暴かれると思い込んだ聖職者や、精霊を売り物にしようとした奴隷商など、退治した悪党は五十に届こうかという数だ。
ゼアンにしてみれば自分の夢のために邁進しているだけなのだが、結果として救われた者達から見れば彼はヒーローである。
心を寄せる者は少なくないのだが、ゼアンは都市伝説に心を奪われた男。
様々なアプローチを受けるも、彼には全く響かない。
それどころかしつこくすれば、夢の妨害と捉えられかねないのだ。
ゼアンへの好意でセクタキス海賊団に入った二人は、そのあまりのハードルの高さに共闘を約束したのだった。
「ではフィアセレスさん、人間大で強い力を持つものを探査してもらえますか?」
「了解した」
フィアセレスが杖を構える。
杖の先端にある三日月の中にある紫の宝石に魔力が注ぎ込まれ、そこから町中へと魔力の波が広がって行く。
「……反応が、ない……!?」
「そんなっ!? この坂を駆け上がれるような存在が、フィアセレスさんの魔法に反応しないわけが……!」
「も、もう一度……!」
再び魔力の波が町にくまなく広がるが、やはり反応はない。
「……どういう事だ……?」
「……何か根本的に見落としている事があるのかもしれません……。一旦船長達と合流して情報収集に当たりましょう」
険しい顔をするスレイに、フィアセレスが表情を曇らせる。
「……あの雰囲気苦手……」
「私がフォローしますから」
魔力を収めたフィアセレスを伴って、スレイは酒場へと移動するのであった。
「おぉ、来たか!」
「お待たせしました船長」
「……むぅ、騒がしい……」
到着した酒場では、店を挙げての大酒盛りとなっていた。
ゼアンの奢りで港から着いてきた者達だけでなく、既に店にいた客達も振る舞いに預かり、久々の陸を楽しむ海賊達も相まって、祭りのような騒ぎであった。
「お、フィアセレスちゃん! 船長の隣、どうぞ!」
「……ありがとう」
苦々しい顔をしたフィアセレスが、溜息と共にゼアンの隣に腰を下ろす。
「フィアセレス、買い物はできたのか?」
「……あぁ」
「何買ったんだ?」
「……秘密」
「何だよつれないな。ま、仲間の秘密はほじくるもんじゃないしな! まぁ飲め!」
「……うん」
ゼアンから酒を注がれて、表情を緩め、僅かに頬を染めるフィアセレス。
それをジト目で見ながら、ぱっと表情を切り替えたスレイはフィアセレスの反対側の席の海賊の肩を軽く叩く。
「お、スレイちゃん! ここ座んな! 船長! 両手に花ですね!」
「ありがとうございまーす」
「お、スレイも飲むだろ?」
「いただきまーす」
スレイは上機嫌な様子で酒を注がれ、一息に飲み干す。
「美味しいですねー」
「相変わらずいい飲みっぷりだな」
「ありがとうございまーす。で、船長の事ですから、ただ飲んでた訳じゃないですよね? どうでした? 『収穫』は」
少し声のトーンを落とした問いかけに、ゼアンがにやりと笑い返す。
「あぁ、なかなか面白い話が聞けたぞ」
「『高速ババア』について、何かわかったんですか?」
「あぁ。『高速ババア』が通る時、磯の香りがするらしい」
「磯の、香り……?」
「あぁ。謎が深まってわくわくするぜ!」
「磯の香り……。海……。駆け上がる……。いや、遡上……!?」
スレイは目を見開くと、近くの店員を捕まえる。
「すみません! この町の中央の道って元は川だったりします!?」
「え? あ、あぁ、そうだよ。今じゃ暗渠にして、上に道を作ってるんだけど……」
「……成程……」
にやりと笑ったスレイが、手にした本を開く。
凄まじい勢いでページを繰るスレイの手がぴたりと止まった。
その内容を数秒で読み終えたスレイが、ぱたりと本を閉じる。
「……船長」
「お、何だ?」
「今夜『高速ババア』を捕まえましょう……!」
そして夜。
海辺に立つフィアセレスが海に向かって魔法をかける。
すると水面が穏やかになり、空の月の姿をくっきりと映し出した。
フィアセレスの杖と同じ三日月が、更なる魔法を受けて形を変え、真円を描いた時、
「! 出た!」
水を蹴って何かが飛び出した。
それは一目散に町の中心を駆け上がって行く。
坂の中腹でそれを見たスレイが叫んだ。
「船長! 今です!」
「よっしゃあ! 引け! 野郎共!」
「おうっ!」
海賊達が丈夫な網を道の両側から引っ張る。
それに飛び込んだ何かは、もんどりうって倒れ、そのまま捕えられた。
「これが『高速ババア』か! 一体どんな……」
ゼアンのわくわくした顔が、急激に萎む。
そこには海賊にとってはあまり珍しくない海洋の魔物、サハギンがいたからだ。
半魚人とも呼ばれるサハギンは、人に鱗と背鰭と水掻きを足したような姿で、水陸両用。
海中で出会えば危険だが、陸上では一般人にでも対応できる魔物である。
「サハギンは種族によって、海から川に登り、そこで産卵する習性があるんです。しかしこの町の川は暗渠になってしまっていたので、大半のサハギンは諦めました」
スレイが嬉しそうに解説を続ける。
「しかし他より強い力を持ち、また本能も強く発揮されたこの個体は、道となった川をものともせず、駆け上がる事になったわけです」
「そ、それがこいつ……?」
「調べたところ、遡上するサハギンの産卵のタイミングが波の穏やかな満月の夜となっていましたので、フィアセレスさんの魔法で条件を整え、誘き出しました」
「で、でもババアじゃないじゃないか……。これと別に『高速ババア』がいるんじゃ……」
「この鱗を見てください。高速で走っている時なら、目玉のぎょろっとしたシワだらけの老婆に見えてもおかしくありません」
「う……」
「つまり、『高速ババア』なる怪異は存在せず、単なる変わったサハギンの習性だったという事ですよ!」
「……!」
スレイは勝利を確信した。
わざわざ船を出して空振りだった落胆。
それを優しく慰めれば、ゼアンの心も少しは傾くだろう、と。
(フィアセレスさんが戻って来るまでの今がチャンス!)
笑みを浮かべてにじり寄るスレイ。
しかし、
「いやー、残念! ま、いい酒といい話が聞けたから、ここに来た価値はあったかな!」
「へっ?」
ゼアンのいつも通りの様子に、スレイの目が点になる。
「酒場でこの町の話だけじゃなくて、色々な話が聞けてさ! 馬車に乗せると水溜りを残して消える女の話とか、畑に現れ正気を奪う謎の生き物の話とか!」
「え、ちょ、船長……?」
「人の言葉を喋る犬! 帽子を被った大女! 背後に現れる人形の話とかもあって、わくわくが止まらないぜ!」
「……あー、そーですかー」
スレイが死んだ魚のような目になっている事に気付かずに、ゼアンは上機嫌のままサハギンを網から解放した。
「悪かったな捕まえたりして。これからも頑張れよ!」
「ま゛っ」
サハギンは勢いよく丘のてっぺんを目指して駆けて行く。
「あ、あれ? スレイ、サハギンは……? ゼアンは何であんなに上機嫌なんだ……?」
海辺から合流したフィアセレスに、スレイはゆらりと立ち上がり、その肩に手を置くと、
「ねぇ、魔法で船長からこの町の記憶を消す事できる?」
凶悪な笑みで迫った。
「え、な、何が、どうしたんだスレイ! 落ち着け! 記憶を消す魔法はとても危険で……!」
「いっそ船長の中から都市伝説の存在を消し去って、いえ、これまでの記憶そのものを消して私が妻であると思い込ませた方が早い……?」
「な、何だかわからないけど、正気に戻れスレイー!」
次なる都市伝説に意欲を燃やすゼアン。
心を折られかけ、闇堕ち一歩手前のスレイ。
わけもわからず慌てふためくフィアセレス。
全てを理解しているセキタクス海賊団の面々は、生暖かい目で三人を見守るのであった……。
読了ありがとうございます。
好き勝手に書いてしまいました。
キャラ提供の皆様、お怒りでしたら申し訳ありません。
この三人で恋愛ものでわちゃわちゃを書きたいと思ったら、筆が収まりませんでした……。
とっても楽しかったです(反省の色なし)!
いでっち51号様、最終日直前での飛び込み、失礼いたしました!
素晴らしい企画をありがとうございます!