レポート課題という名の何か
貴族と言えど、学生は学生で。
むしろ義務と責任が重い分、その教育はどうしてもレベルが高くなる。
それは王立学校に入学したばかりの、一年生だって適用だ。
ある程度の基礎教育を家庭学習で身に着けた貴族か、優秀さを認められた才能ある平民だけが通う学校。
それが王立学校であり、通う者の身分に関係なく課題は平等に課される。
今までレポートの一つも書いたことがなかったとしても。
教員に提出せよと言われれば、応じるしかない。
だって学生なんだもの。
今まで書いたことがない者達は、当然ながら勝手が掴めず苦悩しながら資料と睨み合う羽目になるのだが。
教員も鬼ではないので、最初にレポートの書き方指導くらいはしてくれるが。
むしろ教育する立場の義務として、指導もするし質問も受け付けているのだが。
才能豊かな子供達を教える分、色々と放任主義で何事においても「さあ、まずはとりあえずやってみよう!」とチャレンジ精神溢れる指示を受ける羽目になるのだが。
さて、そんなわけで。
なにがいいたいかというと。
今回は、アロイヒ少年達が13歳で学校に入学し、初めてレポートなるものを書かねばならなくなった時の話である。
担当教官は、良い笑顔で宣った。
「今回皆さんに書いてもらうレポートのテーマは、『社会』です!」
もう一度言おう、良い笑顔で宣った。
頭痛が痛い、そんな顔で恐る恐ると学級委員長のスコル少年が手を上げる。
「あの、先生……? 社会と言われてもくくりが広すぎるんですが、具体的に『社会』の『何』を書けば……?」
「社会は社会ですよ、『社会』というジャンルに分類されるモノなら何でも? そこは皆さんの自主性と個性と独創性にお任せいたしますので、是非オリジナリティ溢れる作品を持ってきてください」
「『社会』じゃ自由度が高すぎでしょう!? もう少し的を絞りやすいテーマはなかったんですか!」
「あえて自由度の高いテーマを出して皆さんの今の実力を測ろうという私の思し召しです。皆さん、提出期限は一週間。さあ、レッツファイト!」
朗らかに笑い、担当教官は生徒達を教室に置き去りにして消えた。
ぶつぶつと、生徒達のか細い呪詛の声が唱和する。
スコル少年の顔は引きつり、ベスパは絶望を背負って机に突っ伏していた。
そしてアロイヒは窓の外で囀る小鳥を微笑まし気な顔で見守っていた。
「お腹すいたね、食堂に行こうよ。僕、今日は鶏肉の気分」
「アロイヒ……お前ってヤツはこんな時でも」
「食べないと血の巡りが悪くなって頭働かないよ?」
「こんな時ばっかり正論を言うのやめろ」
そうして彼らは腹を満たした後、レポート課題の為に資料探しへと向かった。
具体的に言うと、学校に併設されている図書館へ足を運んだ。
そこかしこに、彼らと同じようにレポートに頭を悩ませ苦しむ同級生の姿が散見される。
そんな彼らを微笑まし気にほくそ笑む上級生の姿も。
何しろ課題のテーマが壮大過ぎて、何を書けばいいのかわからない。
テーマが簡潔だからといって、内容までそうとはいかない。
図書館の中を右往左往する同級生らを尻目に、三人はとりあえず拠点を作ろうと端のテーブルに鞄を乗せた。
わかりやすく絶望を背負ったベスパが、半泣きでスコルに縋りつく。
「委員長~、どうしよ、何しよ、委員長、何書く!?」
「僕はもうほぼテーマは絞ってある」
「え、嘘ー……早くない?」
「資料探しにも時間がかかるから、テーマ設定に時間はかけられないだろう? 僕はラングフェルト領にある古い城塞都市で毎年開催されるある奇祭について書くつもりだ」
「お祭り!? 委員長が!?」
「ああ。伝統ある祭りがもたらす経済効果についてか、あるいは祭りが住民にもたらす精神的な浄化作用について……今のところ、経済効果で書く予定だ」
「あ、うん、委員長らしいテーマだね……ええぇ、じゃ、テーマで一緒には悩んでくれないのかー……あ、ひーちゃんは何について書くか決まってないよね?」
「僕ももう決めてるよ?」
「嘘だろ……参考までに、何について?」
「ハダカデバネズミ」
「「………………」」
とんとん、アロイヒが鞄から出した帳面の類を軽く揃えて机の上に置く。
首を傾げながら、インク壺と筆記具も出して揃えた。
「……流石、ひーちゃん。独創性迸ってる」
「初っ端からテーマ丸無視か。どんな神経して……いや、良い。神経云々じゃないな、きっと」
「ちなみにハダカデバネズミって名前から姿が想像できないんだけど、どんな物体? イキモノ?」
「むしろ名前そのままの姿をしてると思うよ? ネズミじゃないけど」
「ああ、やっぱり生き物なんだ……ってかネズミって称してるのにネズミじゃないんだ。それの何について書くの? ひーちゃん?」
「ええとね、真社会性生物といわれるハダカデバネズミが形成する『社会』の特徴・効率性・生息環境に対しての有利不利について軽く分析して、僕達ウェズライン王国の社会と比較することで僕らの『社会』が持つ特徴や効率性を浮き彫りにする。そこから話を発展させて、原始的な野生の社会と比較して僕らの社会がどんな発展を遂げたのか、これからどう発展していくべきなのかを」
「全く何の関連もないと思ったのにきちんと『社会』に帰ってきてしっかり着地してるよ! 嘘でしょ、ひーちゃん!」
「内容は予想以上にまともでしっかりしているのに、それを書こうと考えつけるだけの頭があるのに、そこでなんで寄りによって比較対象に選んだテーマが『ハダカデバネズミ』なんて名前も初めて聞くような珍妙な生物なんだ……っ」
「ええと、レポートの出だしは……うーんと、『ハダカデバネズミは、秩序と共に生きる生物である。彼らの持つ社会性は個体ごとに確固たる役割と序列を課し、その厳格な社会制度は僕達の社会が持つ貴族制度とある種似通った部分が……』」
「しかももう書き始めてる!?」
「本当にハダカデバネズミでレポート一つ書き上げる気か!? 参考文献を探しもせずに!」
「参考文献ならちゃんと心当たりあるんだ。六代前のおじいさまが在学中にハダカデバネズミで論文一本書いたって話だし、地下の友達も手伝って資料集めしたこと覚えてるっていうし」
「地下の友達……って、ああ? 当家の報われない亡霊の……」
「え、あの悲壮感のない亡霊? っていうかひーちゃんのご先祖様、一体なに書いてるの」
「文献室に六代前のおじいさまが書いた論文があるっていうし、後で覗いてみるつもり」
「いやそこは今行こう。参考文献を集める前に書き出してどうするんだ」
「って、そうだ。そうだよ、文献室! ひーちゃん、ありがと! 文献室覗いてみたら、良いテーマや資料が見つかるかも! 僕も文献室に行く!」
文献室。
そう呼ばれる部屋が、図書館の中に存在する。
文献と銘打ってはあるが、その正体は歴代の学生達が書き上げたレポートや論文が保管してある部屋である。教職員がこれはと思った優秀なレポート類が学生の同意のもと保管されており、先輩達から後輩への支援として学生への閲覧は自由に許可されている。ただし、持ち出しはできない。
手元に置いておきたいレポートは、自分で紙と筆を持ってきて写本するしかないという中々に学生泣かせな仕様である。
そしてそんな素敵なお部屋の中に、代々のエルレイク家の子息令嬢のレポートがかなりの割合で収められていた。
エルレイク家の者が書いたレポートの、実に八割がこの文献室行きとなるらしい。
ちなみに残りの二割は先生方によって「これは公に出来ないな……未来ある子供達に見せるなんて以ての外だろ」と閉架書庫に封印されるまでがお約束である。
「うわー……ひーちゃんと同じ家名の著作がめっちゃあるー……もはや部屋の一画を占拠する勢い」
「エルレイク家はウェズライン王国を代表する知の家柄。知識人、文化人を代々輩出してきた知性派エリート一族だからな。まだ子供の頃に書きあげた物でも、子息子女の書いたレポートは一読に値する」
「へー、知性派エリート……ひーちゃんは?」
「こいつはどう考えても突然変異だ」
「ふふふっ! スコルの物言い、おじい様を思い出すな。よく言われたんだ、突然変異って」
「身内にまで……それでいいのか、アロイヒ」
「別に問題ないし、構わないんじゃない? ええと、確かハダカデバネズミのレポートは……」
「真っ先にハダカデバネズミの資料を探すのか……」
「なんか真面目そうなすっごい頭良さそうなレポートに混じって、点々と何考えて書き上げたのか謎なレポートがあるね。真剣に頭おかしい気がする題名のヤツとか。天才過ぎて意味不明な感じのヤツとか」
「あ、お父様のお名前だ」
「えっ? ひーちゃんの? どれどれ、ひーちゃんのパパ上様はどんなレポートを……おう? 何このテーマ? 知らない単語がめっちゃ多くて内容がわからない……」
「最高学年時代に書き上げたレポートに手を出すのは止めておけ。明らかに僕らにはまだ早い」
「ねえスコル、多元宇宙理論ってなに……?」
「だから、手を出すな。僕にだってわからない!」
「いや、最高学年になったって、わかる気がしないよ……?」
レポートのテーマを探す。
そんな名目でわいわいわきゃりと棚のレポートを漁っていくベスパ。
斜め読みや試し読みで、気になる題名をあれこれと手にとっては、散らかった惨状をスコルが整頓していく。
そしてアロイヒはハダカデバネズミについて先祖が書き上げたレポートを熟読していた。
そうやって、少年達が文献室を漁ること暫し。
無作為にあっちこっちあれこれと手を伸ばしていたベスパは、ついに見つけてしまった。
今まで文献室の隅っこの奥に、ひっそり隠されるようにして存在していたもの。
その存在に気付いた誰もが、そっと目を逸らして見なかったことにしていたもの。
――『題:三角木馬の苦痛が病みつきになる瞬間 著アルべリック・ベルフロウ・ウェズライン』
彼らの暮らすウェズライン王国……その最高権力者である、現国王陛下が若かりし頃に書きあげたと思しき、『黒歴史』を。
題名に、目を丸くして。
それから筆者名に我が目を疑って。
ベスパとスコルは、それを無言ですっと棚の奥に押し込んだ。
自分達が引っ張り出すまで差し込まれていた位置よりも、ずっとずっと奥深くに。
「ベスパ……」
「なんっていうか……ついさっきまで宝探し気分で、面白くて楽しかったのにね」
「ここは、あまり漁りすぎると危険だな……先輩方の残した、どんな地雷が隠されているかわからない」
「僕、余計な凝ったレポートとか参考にするんじゃなくて……あ、うん、棚の一番目立つところに堂々置いてあるような、定番テーマ参照してレポート書くよ」
そう言って、ベスパが手に取ったのは比較的易し目な、教育論のレポートだった。
後日。彼らの提出したレポートに評価がつけられる。
ここは学校であり、彼らは学生なので提出物に成績がつけられるのは当然のことである。
結果としてアロイヒの成績は『A+』、スコルは『A』。
そしてベスパは迷走に迷走を重ね、スコルの大々的な援助を受けた結果の『B-』だった。
アロイヒのレポート
テーマはともかく、内容が素晴らしかったらしい。
教員を大分悩ませながらの好成績だ。
ベスパのレポート
実体験を差し挟みつつの、人は教育によって社会性を獲得云々という内容に落ち着いた。
スコルのレポート
本人が宣言していた通りのテーマで、大分実家から持ち込ませた資料を活用してしっかり書き上げた。
現国王
何気に名前が出てきたのは今回が初めて。