表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「7月91日」  作者: S


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/10

【第九章】夏の終わりに、君へ贈る音

夏には、必ず終わりが訪れる。


どれだけ願っても、

どれだけ大切に抱きしめても、

時間は静かに進み続ける。


それでも、人は忘れない。


共に笑った日。

交わした約束。

心に刻まれた言葉。


蓮と星が過ごしてきた「7月91日」。


その存在しないはずの日々は、二人にとって確かな意味を持ち始める。


これは、終わりを迎える夏ではなく、

永遠に残り続ける夏の物語。

夏の終わりは、いつも突然やってくる。


昨日まで聞こえていた蝉の声が少しずつ小さくなり、朝の風にわずかな涼しさが混じり始める。


僕は、そんな季節の変化が嫌いだった。


夏が終わる。


その言葉が、今までとは違う意味を持っていたから。


「蓮くん」


中庭のベンチ。


星はいつもの場所で空を見上げていた。


「何?」


「夏ってさ、不思議だよね」


「またその話?」


僕が笑うと、星も笑った。


「うん。でも大事な話」


風が吹く。


木の葉が揺れる。


「始まったばかりの時は、永遠に続く気がするのに」


星は空を見る。


「終わりが近づくと、急に寂しくなる」


「……」


「でもね」


星は僕を見る。


「終わるから、ちゃんと覚えていられるんだと思う」


その笑顔は、いつもより優しかった。



数日後。


僕は音楽室にいた。


完成した曲の楽譜を前にしている。


タイトルは、まだ決めていなかった。


「なんで名前つけないの?」


星が聞いた。


「迷ってる」


「どんな曲なの?」


少し考える。


「夏の曲」


「それだけ?」


「あと……」


僕は窓の外を見る。


病院の中庭。


初めて星と話した場所。


「時間の曲」


星は静かに笑った。


「そっか」


「変かな」


「ううん」


星は首を振る。


「蓮くんらしい」


僕はピアノの前に座る。


深呼吸。


そして、鍵盤に触れる。


この曲を弾くのは、今日で何度目だろう。


でも。


今までで一番、心を込めた。


失った夢。


出会えた奇跡。


一緒に笑った日々。


存在しないはずの日々。


全部を音に込めた。


最後の音が響く。


静寂。


その後。


星が小さく拍手をした。


「最高だった」


「本当?」


「うん」


星は笑った。


「私、この曲好き」


「じゃあ、タイトル決めていい?」


「え?」


「星が」


星は少し驚いた顔をした。


「私が?」


「この曲を一番最初に聴いた人だから」


しばらく考えて。


星は小さく呟いた。


「……7月91日」


胸が熱くなった。


「そのまま?」


「うん」


星は笑う。


「だって、この曲は存在しない日のための曲だから」


「存在しないのに?」


「違うよ」


星は首を振る。


「私たちが過ごした時間は、ちゃんと存在した」


その言葉が、胸に深く残った。



数日後。


星は病室で眠っている時間が増えた。


それでも。


僕が行くと、必ず笑ってくれた。


「蓮くん」


「何?」


「約束覚えてる?」


「7月91日?」


「うん」


星はノートを開いた。


最後のページ。


そこには、まだ何も書かれていなかった。


「ここ」


星が指を置く。


「最後の日」


僕は首を振った。


「書かなくていい」


「え?」


「まだ終わってないから」


星は少し驚いて。


そして、優しく笑った。


「そっか」


「俺が書く」


「何を?」


僕は答える。


「星と過ごした全部」


「楽しかったことも」


「悲しかったことも」


「全部」


星は目を細めた。


「蓮くん」


「ん?」


「ありがとう」


その言葉が、なぜか胸を締めつけた。


夏の終わり。


僕は初めて知った。


永遠というものは、時間の長さじゃない。


どれだけ大切に想えたかで決まるのだと。


そして。


7月91日は、もうカレンダーにはない日じゃなかった。


僕たちが確かに生きた、忘れられない一日だった。

第九章まで読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、蓮と星が過ごしてきた夏の時間が、一つの形になる章でした。


「7月91日」という存在しない日。


最初はただの星の思いつきだったその言葉は、いつしか二人にとって、かけがえのない思い出そのものになりました。


時間の長さではなく、その時間を誰と、どんな想いで過ごしたのか。


蓮が作った曲に込められたものは、失った夢ではなく、星と出会えた奇跡だったのかもしれません。


物語はいよいよ最後へ向かいます。


星が残したもの。

蓮が受け取った想い。

そして「7月91日」というタイトルに込められた本当の意味。


最後のページまで、二人の夏を見届けていただけたら嬉しいです。


感想や応援、ブックマークなどが執筆の励みになります。


最終章もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ