9.見学
春子もエイタ君も生きていた。
いや、本当に生きているのだろうか?
「私たちが死後の世界にいるってことはない?」
私は遥に聞いてみた。
遥は隣の車をポンポンと叩いて、聞いてきた。
「車ごと?」
確かに。車ごと死後の世界に行くなんてあるだろうか。いや、そんなこと言い出したら、車ごと異世界に行くのもありえない話になってくる。今起きていることが現実なのか夢なのか分からなくなってきた。
「とりあえず今の状況を素直に受け入れよう。この世界ではママは生きてる」
遥は嬉しそうに笑った。
その通りだ。今私がいる世界では春子は生きている。だとしたら…元の世界に帰る前にやることがある。今すぐやることは一つである。
私は大事なことをロランスに質問した。
「勇者と人魚には、どこに行けば会えますか?」
しかし、帰ってきた反応は期待したものと違った。
ロランスは困った顔をした。
「あらあら、それは私には分からないわ。そうねぇ、まずはクレマンスに会いに行くのはいかが?情報を教えてくれたのは彼女だから。紹介状を書くわよ」
「クレマンスというのは先ほど話に出た東の魔女ですか?」
「そう、あの子は情報通なのよ」
「ここから遠いですか?」
「あらあら、どれくらい離れているかしら」
ロランスの様子を見ると、いつまで経っても答えが出ないように見えた。すると、マルセルがサポートするように答えてくれた。
「ロランス様はご自分の魔法で移動されるので距離感を把握できないのですよ」
それを聞いた遥は良いことを思いついたという風に手をパチンと叩いた。
「ロランス様、転移魔法で私たちをクレマンス様のところへ連れて行っていただけないでしょうか?」
「あらあら、ごめんなさい。それが今はできないのよ。サンバチスト様が結界が張っていた頃ならば一つの結界の中だったから移動もできたけれど、今は配下の魔法使いたちがそれぞれの国に結界を張っているから国を超えた転移魔法が使えないの。マルセル、ここから東の国に行こうとするとどれくらいかかるかしら?」
「そうですね、ここからだと歩いて1か月ほどでしょうか」
歩いて一か月だと車を使ったらどれくらいだろうか?なんて考えていたら、遥が言った。
「最近歴史で習ったけど、江戸時代の人は江戸と京都を二週間かけてかけて歩いて旅してたって」
「東京と京都間を往復する感じか。じゃあ、車だったら休憩挟んで二日ってところかな」
でも、さすがにこの世界でカーナビは使えないよな。せめて地図が欲しい。
「ロランス様、この世界の地図はどこで入手できますか?」
ロランスは考えるまでもなくマルセルに話を振った。
「あらあら、どこで手に入るかしら」
マルセルは「はあ」と小さく息をついてから答えた。
「この世界全体の地図は存在していないです。それを作成することは禁じられているからです。各ギルドに行けば、その周辺の地図は入手できます」
「ギルド?」
私が口にすると、マルセルよりも先に遥が答えた。
「組合みたいな感じ。商人のギルドとか手工業のギルドとかマルセルさんが言っているのはたぶん冒険者ギルド」
遥が答えたことにマルセルが驚いた。
「ご存じですか?」
「あ、漫画とかアニメとかで見て」
「マンガ?アニメ?」
マルセルの当た目の上に?マークがいくつか見えた気がした。
「冒険者ギルドに行けば、その周辺の地図が手に入るということですね」
「ええ、基本はそこでしか手に入らないです」
「あらあら、今すぐ行こうとしているの?」
私が「はい」と答えると、ロランスは首を大きく横に振った。
「今すぐは止めておきなさい。まもなく暗くなるから、この村で一泊しなさいな。ドヴィック、集会場に大きめのマットレスを一台用意できるかしら?」
話を振られたドヴィックは申し訳なさそうに答えた。
「ロランス様とマルセルさんの分しか用意がありません」
「あらあら、ではマルセル、貴方は外で寝なさい」
「は?」
「あなた冒険者していたのだから野営は得意でしょう?」
「冒険者の時はそれなりの用意をしていたから野営でいただけで、今日は身一つです」
ロランスとマルセルの口論が始まりそうだったので、私は遮った。
「私たちは車で眠るので大丈夫です。ここら辺、凶暴な動物とか出ないですよね?」
すると、ドヴィックは真面目な顔で言った。
「たまにグリズリーが現れることはあります」
「グリズリー…熊?!」
「ただ、滅多に現れることはないです。基本的には森の奥にいて、餌に困ったときに出てくるくらいです」
不安は残るが、滅多に現れることはないという言葉を信じて、
「では、車で寝ます」
ロランスは車の中を覗き込んで、
「座って寝るの?」
「この車は後ろの席をベッドのようにフラッとにできるんですよ。だから眠る分には問題ないです」
「あらあら、そうなの。それは便利ねえ。分かったわ。では、夕飯時まであなたたちは魔法レッスンの見学でもいかが?」
「え?」
「今、中断中なのよ、レッスン」
ロランスたちの後方で獣人族が十数名いるのは見えていたが、レッスンの邪魔をしていたのだと今気づいた。
「そうだったのですね。すみません、ご迷惑おかけしました」
ロランスによる魔法レッスンの後方で、私と遥は見学した。その隣にはマルセルがいる。なぜマルセルはここにいるのだろう?と不思議には思ったが、気にしないことにした。
レッスンは5つのグループに分かれて行われていた。1つ目のグループは火を発生させ、それを飛ばすというもの。2つ目のグループは水を発生させ、それをそのまま飛ばすというもので、中には氷にしてから飛ばす者もいる。3つ目のグループは風を発生させて、4つ目のグループは地面を隆起させて壁を作ったり、土自体を波打たせたりというもの。そして5つ目は回復魔法のグループのようで、いちいち小さな傷を自ら作ってその傷を修復させている。
「私、子供の頃魔法使いになりたかったんだよね」
そう呟くと、遥が驚いたようにこちらを見た。
「え、そうなの? 子供の頃から現実的なタイプかと思ってた」
「どういうイメージ」
「なんか、そんな感じ」
私は見よう見真似で右手の指を一本立てて、くるくるさせ、陣のようなものを描いた。すると、その陣がピカっと光ってそこから放射状に空に向かって光が飛んで行った。そのうち一つの光が大きくゆがんで奥にあった木にぶつかり…そうになった時、木の前に大きな陣が現れて光を吸収した。
その光を吸収した陣を作ったであろうロランスが、その姿のまま驚いた顔でこちらを見た。レッスンを受けていた獣人族たちも驚いた顔でこちらを見ている。
「光魔法?!」
隣でマルセルが驚いた顔で言った。
それを聞いて遥も「マジ?」と驚いた顔をしている。
私はくるくるさせた指を立てたまま、
「なんか出た」
気づくとロランスが目の前にいた。
「あなた、光魔法の持ち主なの?」
「いや、今、見よう見まねでやってみたら、なんか光が出て…」
「使ったことがなかったということ?」
「は、はい。私たちの世界では魔法は非現実的なもので」
ロランスは口元に手を当てた。そして「そうなの…」と呟いてから、
「ちょっと、マルセル。あなたの杖を貸しなさい」
マルセルは「え?」と戸惑いつつ、ロランスに自分の杖を渡した。そして、ロランスはその杖を私に握らせた。
「次はこれを使ってやってみなさい」