6 王太子殿下は真実の愛を貫き、真実の愛を手に入れる
私が想い人である執事長の子息であるアレク様と結ばれて10年。
この間に我が公爵家だけではなくこの国は大きく変わりました。
正に激動期だったと言えるでしょう。
国王陛下エドワード1世は最後の大仕事とばかりに保守派の腐敗を徹底的に糾弾。
その腐敗は王家も関わっていた根深いものであり、その余波は当然王家にも及びました。
国政は大混乱。
国王陛下は自らが退位することで王家としてのけじめを果たされ道連れに多くの保守派貴族を取り潰されました。
新たに国王陛下となられたレオンハルト陛下は身分によらない能力主義を掲げられ、才能ある者は平民であっても高く評価され取り立てられました。
私の夫であるアレク様も功績をあげたことで貴族になったというわけではありませんがクローディアという姓を賜りました。
身分制度が一気になくなったわけではありませんが、身分によって硬直化していた社会構造は大きく変革していきました。
レオンハルト殿下は王立学院時代の同級生であったとある男爵令嬢と婚姻されました。
恋愛結婚でした。
身分の差を根拠に異議を唱える高位貴族もいらっしゃいましたが相手にされることはありませんでした。
「どこにあるのかしら?」
私は公爵家の一室。
本が多く所蔵されている図書室にいました。
私も今や二児の母。
やんちゃ盛りの子供たちに振り回される忙しい日々を送っています。
今日は子供たち用に何かいい本がないかと実家である公爵家の図書室に来たという次第です。
「いたっ」
――ばさっ、ばさばさ
棚に躓いてその衝撃で本が落ちてきたようです。
私はその本を手に取り棚に戻そうとしました。
「これは何の本かしら」
題名を見ると「アーノルド公爵家当主始末記」と書いてありました。
この字はお父様、前公爵家当主のものです。
お父様は前国王陛下が退位されるのに合わせて家督をお兄様に譲られ隠居されました。
今は領地でのんびりとお母様と一緒につつがなく暮らしていらっしゃいます。
私は興味本位でパラパラと中を覗いてみました。
貴族の中の貴族と呼ばれていたお父様ですが、貴族家当主としての選択とそれにまつわる一個人としてのご自身の葛藤も書かれていました。
(お父様も人間でしたのね)
時には冷徹とさえ思うこともありましたが、貴族の仮面を剥げば私と同じ一人の人間であり時には悩み苦しんでいたことがわかりました。
父とはいえ他人の内面を覗くのもどうだろうかと本を閉じようと思ったところで、あるページが目に留まりました。
私の運命が変わった日。
あの卒業パーティーの日のことが書かれていました。
私の心がズキリとします。
カルロス様に婚約破棄を突き付けられたおかげで私は自分の想いを遂げることができたので逆に感謝していることは間違いありません。
しかし、それでもやはりあのときのことを思い出すとまったく何も感じないということはないのです。
そういえばカルロス様はあの後どうなったのかしら。
男爵となって辺境の地に事実上流罪のようになったと聞いただけでそれ以降は何の話も聞いたことがありません。
私が平民であるアレク様に嫁いだということもあって貴族社会の噂はあまり耳には入ってきません。
勿論、友人たちが私に気を遣って私の耳にその話が入らないようにしてくれているのかもしれません。
しかし、お亡くなりになったという話は聞いたことがないので今もご存命ではあるのでしょう。
古い記憶とともにそのページを閉じようとしたとき、私はある下りを読んで心臓が止まりそうになりました。
『王国の真の歴史をここに記す。カルロス元王太子は暗愚に非ず、彼はこの国の真の英雄にして我が国再興の真の立役者である。彼の犠牲なくして今日の我が国の再興なし。今は彼の名は地に落ち、王国史における恥と蔑まれているがそれは誤りである。わたしは真の歴史に立ち会った者としてその真実をここに記す。願わくば然るべき時期に彼の名誉が回復されることを切に願う』
「嘘……」
それを読んだ私はあまりのショックにその場にへなへなと座り込んでしまいました。
歴史の真実は保守派を潰すための王家とお父様とによる狂言だった。
しかもそれを言い出したのはこともあろうにカルロス様だったなんて……
そして最後に記されたお父様の所感がさらに私を驚かせました。
『カルロス殿には辛い思いをさせた。カルロス殿は我が娘シャーロットを愛していたのにシャーロットはアレク殿しか目に入っておらずそれに気付くことはなかった。隣にいる愛する者に愛が届かないその悔しさは同じ男として察するに余りある。カルロス殿はシャーロットへの愛を貫くため敢えて身を引かれたのだろう。国政と恋の両方に一度に蹴りをつけられたのだから大したものだ。何もなければ間違いなく良い国王になられていただろうに残念でならない』
「…………」
私は言葉が出ませんでした。
どのくらい時間が経ったでしょうか。
たっぷりと時間を掛けてようやく私は立ち上がることができました。
私は夫であるアレク様にこのことを相談することにしました。
この真実を世間に公表するには今はまだ早すぎると思います。
公表するにしてもタイミングを見る必要もあります。
しかし、それは父や兄に決めてもらえばいい話です。
私には私個人として、真実を知ってしまったからにはやるべきことがあります。
辺境領のカルロス様に宛てた手紙の返事が戻ってきたのはそれから1か月後のことでした。
私が一度領地を訪問させていただきたいとお願いしましたところ快く受け入れるとのお返事をいただくことができました。
私一人で行くべきか悩んでおりましたがカルロス様からのお返事には夫であるアレクや子供を含めた家族全員で来て欲しいと書かれていましたので、その通りにすることに致しました。
そしてさらにしばらく経って私たち家族は王都から馬車で1週間かかるカルロス様の領地へとやってきました。
辺境であり、良く言えばのどかな、悪く言えばさびれている何の変哲もないご領地でした。
領主館の場所を聞き、馬車で向かうと平民である我が家とはあまり変わらない、むしろややみすぼらしいと思うほどの御屋敷が目に入りました。
田舎領地ということもあって敷地は広く、広い御庭があるお宅でした。
パッと見て派手ではない御屋敷ではありましたが、近くまで行くと手入れはしっかりと行き届いていて管理がしっかりとされていることがわかりました。
広い御庭も雑草は抜かれ、芝は綺麗に刈られていて手入れに心血が注がれていることが窺えます。
馬車のまま敷地へと入り玄関口まで行きますと侍従の方が迎えて下さいました。
荷物を部屋に運んでくれるというので預けると、侍従の方からカルロス様は私とだけ先にお話をしたいのだと言われました。
私としてもそれは望むところでしたのでその申し入れを受け、カルロス様がいらっしゃるというハウスガーデンへと案内されました。
そこは綺麗な花々が植えられていてまるで王宮の中庭の様な優雅な佇まいの場所でした。
その庭の中に丸いテーブルと椅子が置かれています。
その椅子の一つには一人の男性が座られていました。
10年経っても変わっていない。
さらさらの金色の髪、ブルーサファイヤの瞳、切れ長の目、そして整った顔立ち。
私の元婚約者、元王太子で今は男爵家当主のカルロス様。
こうして会うのはあの卒業パーティーの夜以来になります。
「ご無沙汰しております」
「遠路はるばるようこそお越し下さいました。どうぞこちらに」
私が貴族の礼をとって挨拶するとカルロス様は立ち上がり、貴族としての礼を返されると私のために椅子を引いて下さいました。
「ありがとうございます」
そう御礼を言って私は椅子に座ります。
それを見届けてカルロス様は私の正面に立たれました。
「まずはあの時のお詫びを。わたしは貴女の心を、名誉を酷く傷つけた。謝って許されるべきものではないことは承知しているがそれでも謝罪をさせて欲しい」
カルロス様はそう言って頭を下げられました。
「あっ、頭を上げて下さい。謝罪を受け入れます。だからどうか!」
私は慌てて椅子から立ち上がります。
私の心も名誉も傷ついたことは事実ではありますが、真相を知ってしまえば私はカルロス様を責めることはできません。
そうこうしているうちにカルロス様のお宅のメイドがやってきて紅茶を淹れてくださいました。
二人椅子に座り黙って紅茶に口を付けます。
「それで貴女はどこまで知っているのですか?」
私はお父様の始末記のことには触れず、私の認識を話して聞かせました。
「ははっ、まいったな。そんなことまで知られてしまっていたのか」
「カルロス様、貴方様は本当に私を?」
「ああ、間違いない。口に出したことはなかったけれど、わたしは貴女を、シャルロット・アーノルドが好きだったよ。心から、そう心から愛していた」
懐かしそうに、そして恥ずかしそうにそう語るカルロス様。
その言葉に私は自責の念に駆られる。
愚かにも私はその御心に気付くことができなかった。
お互いに政略結婚であると思い込んでいた。
貴族としての常としてそういうものだと思い込んでいた。
そのためそこに愛があるなどと思いもしなかった。
いや、気付こうともしなかったと言うべきか。
私には何も見えていなかった。
隣にいたはずのこの人の想いにも。
「でも、今は違うのですよね?」
「……そうだね」
私は気付いた。
気付いてしまった。
目の前の男性から溢れるのは最早色恋のではなく親愛の情。
そして過去のこととして語られるその言葉に。
「おとうさまぁ~」
屋敷の方から走ってくるのは一人の小さな女の子。
そしてその後ろを追い掛けて走ってくるのは久しぶりに見る一人の女性。
彼女も10年経つが変わっていない。
「ローラ様、ご無沙汰しております」
「シャルロット様、こちらこそご無沙汰しております。遠路はるばるようこそお越し下さいました」
私が立ち上がって礼をするとローラ様はお手本のようなカーテシーを私に返して下さいました。
「おとうさま、抱っこ」
5、6歳くらいでしょうか。
「あの、この子は?」
「ああ、わたしと妻のローラとの、その、愛の結晶だよ。ほら、マリー、御挨拶しなさい」
「はいっ、初めまして! 私の名前はマーガレット・サルートです。5歳ですっ」
「自己紹介ありがとう存じます。シャルロット・クローディアと申します。年齢はご容赦下さいませ」
私は小さなレディーにそう礼を返した。
マリー様はカルロス様にせがんで膝の上に乗せられて今はニコニコとご満悦の御様子です。
ふと屋敷の方へと視線を送ると荷物を置き終わったのでしょう。
屋敷の方から今度は私の夫であるアレク様、そしてアレク様との間にできた私の愛しい二人の子供たちがゆっくりとこちらに向かって歩いて来るのが見えました。
「カルロス様、あれが私の家族です。私の夫と子供たちです」
カルロス様はじっと私の家族に視線を送っておられます。
いったい何をお考えになっているのかはわかりません。
そして再び視線を私に戻されて尋ねられました。
「シャル、今君は幸せかい?」
「はい、幸せです。それは間違いなく」
私はカルロス様の目を見て間髪を容れずにそう答えました。
「そうか、それは良かった」
カルロス様は心底安心したようにそうおっしゃいました。
その表情に私の心は締め付けられます。
意を決して私は逆にお尋ねしました。
「カルロス様、貴方は今幸せですか?」
私の質問に一瞬カルロス様がびっくりした表情をされます。
しかし、直ぐに柔らかな表情を浮かべられました。
カルロス様はローラ様をご自身の直ぐ近くにまで呼ぶとばっと自分の方に抱き寄せられました。
ローラ様が目を白黒されています。
相も変わらずカルロス様の膝の上に座っているマリー様はニコニコとしています。
「ああ、幸せだよ。間違いなく、ね」
カルロス様の笑顔には一片の曇りもありませんでした。
嗚呼、良かった……
私は安堵しました。
ちょうどそのとき、私の愛しい家族がこのテーブルにやって来ました。
「カルロス様、ローラ様。ご紹介致します、こちらが私の……」
これは真実の愛を貫き、そして真実の愛を手に入れた一人の男の物語。
初めまして。
拙い作品を最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回、このジャンルで初めて書かせていただきました。
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