12
中庭で行った断罪ショーの翌日、全てのしがらみから解放された私はアガステラ王国に早々と引っ越しをしていた。
名誉国民……まあ、ちょっと特別な平民、そして、アガステラ王国魔導研究所で充実した日々を過ごすために。
「いや、まあ、確かにそう思っていた時期はあったんですけれど……」
そう呟きながら私は部屋の中を見回す。
あれから月日が経ったのに慣れることのない研究所から与えられた私専用の個室を。大量の魔導具にこの広さはいったいなぜ……と、高待遇に不安を覚えながら。
何せ、私の待遇は上から数えて片手の指の数に収まってしまうらしいので。そんなに魔導具を作っていないのに……と、机の上に散乱する作りかけの魔導具になる予定のものを見つめる。
すぐに現実逃避もしてしまったが。
いつも通りに……と、魔導具になる予定のものを視界の隅に追いやり、先ほど届いた手紙を手に取る。
差出人の名前を見るなり頬が緩んでしまいも。文通友達になったサマンサ学長だとわかったから。
しかも、内容はバルサ王国の王宮内と魔導学院から膿が一掃でき、近いうち第一王子が国王になるという朗報入りで。
「つまりはやっとあの国も少しは……って、まだ、下の方に続きがあったわね。何々、ただし、バルサ王国はしばらくはアガステラ王国に管理されますが……って、それって第一王子はただの傀儡じゃないですか!」
そう突っ込みながらも王宮内のことを思い出した瞬間、あっ、やっぱりその方が良いか! と、私は手を打ってしまったが。
だって、真面目に生きている国民にとっては公平に見てくれるアガステラ王国に管理される方がきっと幸せになれるのだろうから。
今の私みたいに。
そう思いながら、PS近いうちにそちらに遊びに行きますという最後の文章に頬を再び緩めてしまう。近くに置いてあった魔導具に手を伸ばしながら。
これのおかげで今の私はあるのだと。
色々な想いがこもった魔導具が……と、魔力を通して起動する。
食卓を囲って笑っている家族だった人達の映像を見るために。
たまたま、私も含めて楽しく会話をしたあの日の……
ちなみにエリンドとアマリリス……いえ、お父様にお母様は領地の片隅に追いやられて細々と生活をしているらしい。
そして、親戚もお姉様の件で人を見る目がないと言われ続け、肩身の狭い思いを。
まあ、当のお姉様は、化け物が沢山住み着いていると言われるシルフィード修道院に行き、そのまま音信不通になってしまったらしいが。
ジョッシュやナタリアを含む侍女達みたいに……いや、彼らの場合は私への慰謝料を払い終わるまでどこかで強制労働中なのだけれど。定期的にお金が入ってくるので。それも使い切れないほど……と、口座残高を思いだす。
本当にこれで良かったのだろうかと。
まあ、すぐにアルフ達や辞めさせられた侍女達を思い出し頭を振ったが。こうしなかったらもっと被害が出ていただろうから。
「絶対にね」と、映像を止め引き出しの奥にしまう。
それから気を取り直してサマンサ学長に手紙を書き始めも。仕事をサボってしまったという昼休憩のチャイムが鳴るまでと、我に返る。
「休憩返上コース決定ね」と、魔導具になる予定のものを手に取って。
ただ、しばらくしてドアがノックされたのでいったん手を止め、そちらへ向かったが。それからドアを開け、つい笑ってしまいも。
「やあ、ベイビー、昼休憩の時間だよ!」
そう言って薔薇を口に加えた同僚のラルフがウィンクしてきたから。
しかも、私の反応を見るなり「あ、笑った笑った。大成功だね!」と無邪気にガッツポーズも……と思いきや、後ろにいた同僚のバネッサに脛を蹴られてしまう。
「うぎゃあっ!」
「全く、何してるのよ。ごめんねメリー。驚いたでしょう?」
「ううん、笑ってしまったわ。だからラルフを怒らないであげてね、バネッサ」
私はそう言いながらわざと今のやり取りをやってくれているであろう二人に心の底から感謝する。こんなに自然に笑えるようになったのは特に二人のおかげと微笑みながら。
何せ、ここに来た当初はほとんど自然に笑うことができなかったので。色々な感情が入り乱れて。
だから、研究所の同僚がこうやって笑わせてくるようになったのだ。私が自然とまた笑えるように。
そして、あの頃を思い出さないように……
「こら、また不安そうな顔をしてるわよ」
バネッサがそう言って私の背中を軽く撫でてくる。それからいつの間にかいた美丈夫ルーベントに顔を覗き込まれも。
「また、不安になってしまいましたか?」
「……ルーベント主任、はい」
「そうですか。でも、こちらに来てまだ半年ですから。ゆっくりとやっていきましょう。みんな貴女の味方ですから」
そして、ゆっくりと頷きも。全ての不安を掻き消すような笑顔を見せながら……と、私も自然と笑顔になっていく。
バネッサの「ジュエルプリンスに、フラワープリンセスが微笑みあう構図はやばいわね」という言葉が聞こえてくるまで。
「フ、フラワープリンセス?」
すると、バネッサとラルフがニヤッとする。
「花の魔導姫じゃ硬いでしょ。だから、フラワープリンセスで今広めてるのよ!」
「発案者はちなみに……この僕さ!」
「ちょっとラルフ!」と、脛を蹴ろうとすると慌ててラルフは逃げていく。満面の笑顔で……と、私は再び笑ってしまう。
「ふふふっ、全くラルフは変なことばかり考えて……」
「でも、おかげで元気が出たでしょう?」
もちろんバネッサの言葉に同意する。
「さあ、だったら今度はお腹を満たしに行かなきゃね」
それから次の言葉にはもっと激しく……と、私達は早速外へと向かう。
何を食べようか考えながら。
「メリーさん」
そう言って突然、ルーベントが手を握ってこなければだったが。
「へっ、ルーベント主任!?」
「ふふふ、私もメリーさんを喜ばせる為に頑張ります」
「わっ、メリー、やるじゃない! ひゅーひゅー」と、バネッサが冷やかしてくる。
対して私はそれどころではなかったが。何せ、父や使用人以外の男性と手を握ったのは初めてなので。
つまりは完全に固まってしまい……
すると、そんな様子に気づいたルーベントは手を離し……なんと、今度はお姫様抱っこをしてきたのだ。キラースマイルをしながら。
ぎゃあーー!
近い近い近い!
美しいお顔が近いって、私何をされているのよおーー!?
つまりはもう、頭の中がパニック状態に。
しかも降ろされた時は既に食事をするお店の中……
「よ、ようするに研究所からここまで?」
「ええ、もちろん」
「いやいや、ええ、もちろんじゃないですから!」
何せ、色々な人に見られていたことになるので。きっと、同僚や仲良くなった街の人達にも……
くうーー、恥ずかしすぎる! と、私は頭を抱える。
「メリーさん元気になりましたね」
ルーベントの言葉に思わず突っ込みも。
「これは元気と違いますから!」
まあ、実際にはかなり元気になりましたが。そう思っていると今度は小指の先程の大きさがある金属が付いたペンダントを彼が出してくる
「じゃあ、これなんてどうでしょう?」
そう言いながら……と、私は先ほどのことも忘れてくい気味に見つめてしまう。特に金属部分を。
「これって魔導具ですよね? 何の効果があるんですか?」
そして「かけてから魔力を込めればわかりますよ」との言葉にすぐさま自分の首にかけながら魔力を。ジュエルプリンスの最新作に興奮しながら。
何せ、設計図だけでなく効果もきっと華やかだろうから。
「こ、これは……」
案の定、結果は想像以上と。
魔力を流してすぐに私の服に花が沢山咲いたので。実体のない映像の花が。
しかも、くるっと回転すると花びらが舞う効果付きと。
「なるほど、こういう使い方もできるのね。しかも私の作った映像装置をあっという間に応用させるなんて……本当に凄いわ、ルーベント主任!」
やっぱり貴方は天才! と思わず拍手も。
ルーベントは惚けた顔を返してくるだけだったが。後ろにいるお客さん達と共に。
「メリーさん、綺麗だ……」
「花の精霊だ……」
「なんて美しいんだ……」
そう呟きながらと、私は自分の姿に手を打つ。
「あ、ああ、この魔導具の効果は確かに綺麗ですよね」
うんうんと激しく同意も。
これを少し弄れば色々なバリエーションが作れると興奮しながら。
ただし、ルーベントは違ってたみたいだが。勢いよく頭を振ってきたので。
「違います! メリーさんが笑いながら回転した時の表情がとても綺麗だと思ったんです!」
つまりは勘違いを……と、私は冷静に考えてしまう。自分が綺麗だとは全く思わなかったので。やっぱり、魔導具の効果でぱっとしない私でも綺麗になるんだなあぐらいにしか。
まあ、「そ、それはどうもありがとうございます……」と、お礼だけは言っておいたけど。夢から醒めなければとペンダントを取りながら。
「あっ、メリーさん。それは、あなたへのプレゼントですので」
「えっ? でも、これ試作品じゃ?」
「この技術はメリーさんのものを弄って作ったので、私に権利はありません。それにこれはメリーさんのために作ったのですから」
「私のため?」
「ええ、美しい貴女に似合うと」
そう真剣な表情で言ってくるルーベントに私は不覚にもドキドキし、先ほどの考えが吹き飛んでいく。
「メリーさん、私の事はルーベントと言って下さい」
そんなことを言われたらなおさら……えっ?
「今なんて?」
「ラルフやバネッサには呼び捨てしてますよね。私にもして欲しいのです。それに敬語も……」
更に彼は熱の籠った目で見つめてくる。私が勘違いしそうになるぐらい……
いやいや、やっぱり私みたいなぱっとしない女は……そ、そうよ、た、単にバネッサやラルフ達みたいな関係になりたいってことよね。
そう自分に言い聞かせて私は頷く。
「じ、じゃあ、私もさんはやめてね。ルーベント」と、段々冷静になりながら。
「ありがとう、メリー。そ、それで、今日なんだけど……うちにある魔導具や設計図を見にこない?」
まあ、すぐに火がついてしまったが。
別の火が……と私は「行く!」と頷く。ルーベントに詰め寄りながら。
何せ、ジュエルプリンスの描いた設計図を見たくない魔導具製作者は一人もいないので。
いや、魔導具製作者以外も……と、興奮しているとルーベントはあからさまにほっとした表情になる。
「良かった。断られるかと思ったよ」
絶対、そんなことする人いないのにと、私は首を横に振る。
「断るわけないでしょう。貴方の設計図が見れるのに」
「設計図……そ、そうだね。ただ、それ以外も……」
「あっ、ちなみに私もいくつか設計図を持って行っていい?」
「も、もちろんだ! ぜひ見たい!」と、ルーベントは勢いよく私の手を握りしめてくる。熱い眼差しを向けながら。
つまりはまた別の火が……と、私達は見つめ合ってしまう。ルーベントの顔がゆっくり近づいて来たことで思わず目を瞑りそうにも。
まあ、沢山の視線に気づき慌てて離れたけど。
何やってんの!
勘違いしちゃ駄目でしょう。
そう思いながら。
しかも、こんな場所で……と、思っているとお客さんがルーベントに向かって拳を上げる。とんでもない勘違いをしながら。
「あんちゃん、もうちょいだったな!」
「次は頑張れよ!」
「応援してるぜ!」
しかも、ルーベントはなぜか合わせてきて……
「はい、頑張ります! そして彼女を幸せにします!」
そして、こちらに向かって真剣な表情も。
つまりは……と、私はルーベントを見つめる。徐々に顔が赤くなりも。
もう勘違いではないと理解してしまったから。
彼の言葉と……いや、やはり周りの雰囲気につい口を開いてしまう。
「こ、今度は人気が少ないところでお願いします」
「わ、わかりました。それと雰囲気の良い場所にします」
「はい……」
「ヒューやるねえ!」と冷やかされながら。
いや、応援かしらと私は笑顔で返す。
明るい未来がくるのを実感しながら。
メリーはその後、ルーベントと付き合い、しばらくすると結婚して沢山の魔導具と子供に囲まれる幸せな生活を送ったのだ。
そして、フラワープリンセスとジュエルプリンスが作り出した魔導具の功績は、長きに渡って世界中に語り継がれたのである。
fin.




