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ワールド・リバーサル  作者: 亜麻猫 梓
第1章 現実世界への誘い
14/24

第14話 その心に映るもの

   10


 闇よりも深い暗黒を経て整合性の戻っていった視界の先には、東京と比べたら小さいが、それでもそれなりの規模を持った町が広がっていた。


 転送が完了したことを告げるシステムメッセージが視界の真ん中に表示された後、ようやく自由の身になったアリトは、その見慣れない町の見慣れない景色を20階ぐらいかと思われるビルの屋上から眺めていた。


 眼下には東京ほどではないにしろ幾つものビルが立ち並び、町を横断するように流れる桜川には、今日の雨がこちらにも及んでいたのか茶色く濁った水が流れていた。


「……ここが、あの納豆で有名な水戸ですか?」


 辺りを見渡しながら自分の場所を確認しつつ言う。すると。


「えぇ、茨城で1番人口があって、1番大きな町よ。確か30万人ぐらいだったかしら」


 気づいたらアリトから数歩離れた場所にいた姫塚がそれに答えた。


「へぇ……なんか地方都市って感じですね」


 特に深い意味は無くアリトは言った。

 しかし、その言葉を言った瞬間、何故か姫塚の様子が変わった。


「……ちょっと待って。あなた、もしかして水戸を馬鹿にしてるの?」


 まるで聞こえなかったから聞き直すとでも言うように、姫塚は妙に突っかかるような態度でアリトの前に立った。

 そして、それにとても嫌な気配を感じたアリトはとっさにかぶりを振った。


「え!? いやいや別にそんなことは無いですけど……」


 何だかよく分からないが地雷を踏んでしまったらしい。

 とにかくここはなだめなければとアリトは思い、何か話を逸らせるものを辺りを見て探していると。


「いい? あなたは東京からろくに外に出た事も無い都心ニートだから仕方がないかもしれないけれど……――」


 その言葉を聞いてアリトはギョっとした。


「ちょっ! ちょちょ待って!? 何でそんなことまで知ってるんですかぁ!?」


 アリトはいよいよこの姫塚という人間が恐ろしくなって、思わず一歩後ずさる。しかし、当の姫塚はそんなアリトの心情もお構い無しに言い募る。


「知らないわよそんなこと。それより、否定はしないのね?」


 姫塚はニヤリと口元を持ち上げ上目使いでアリトを見る。


「う……。た、確かに……東京から出たことはありませんけど……それより!」


 何故自分のことをそこまで知っているのか。それを聞くために語気を荒げて問おうとし。


「当てずっぽうよ」

「えっ?」


 突然そんなことを言われ、アリトは何のことだか分からずに目をしばたいた。


「ただのハッタリよ。あそこであなたが否定すれば、今度はそれに合わせて言葉を選ぶだけ」


 その言葉に愕然としてアリトは膝から崩れ落ちた。

 膝と手をコンクリート床に付いて深く項垂れる。まんまと姫塚の策略によって、自分が筋金入りのインドア派であることが露見してしまった。

 前に立つ姫塚は、愉悦といった表情でこちらを見下ろしていた。


 そうしてアリトが項垂れたままでいると、姫塚はさっきと打って変わって落ち着いた口調で話し始めた。


「……ここ、前に私が住んでた所なの。もう7年も前のことだけど」


 そう言ってどこか遠くを見つめる。その視線の先に何を見ているのかは分からかった。


 アリトはその真剣な物言いにもはや項垂れてはいられなくなり、立ち上がって姫塚の顔を見る。


 午後の吹き抜けるような風が姫塚の黒髪をサラサラと優美にたなびかせ、それがまた何とも言えない感じに映えていて、アリトはついその姿に時間も忘れて見とれてしまっていた。


 しかし、姫塚は突然目線を元に戻すとアリトに向き直り、さっきよりも真剣な顔つきで言った。


「それはそうと、ここからが本題よ」

「あ……」


 そう言われてアリトは思い出した。そもそもここに来た目的というのは、姫塚の言う真実を見るためであり、決して水戸観光が目的ではない。


「いい? これからあなたが見るのはこの世界の現実。もう一度聞くけれど……」


 そこまで言ったところで、姫塚は何故か俯き黙ってしまった。

 その姿にアリトは怪訝な表情を浮かべる。そして、こう思った。


 一体この人は何を考えているのだろうか。


 自分でここまで導いておきながら、何を今更そんな表情をするのだろうか。

 そうして理解できない行動をとるたびに、姫塚に対していつしかアリトの中では強い好奇心が渦巻いていた。


 だから……。


「……みなまで言わなくても良いです。これから何が起こるのかサッパリですけど、ここまで付いて来てしまったんですから、俺は姫塚先輩に従いますよ」


 そう言うと、姫塚は顔を上げた。

 その表情は今まで見たことも無い怯えた表情をしており、これから自らの手でしようとしていることを躊躇う不安の気持ちが他人の目からでもありありと見て取れた。


「でも……この先に進めば絶対に後戻りは出来なくなる。……自分であなたをここまで連れて来ておいてこんなこと言うのも可笑しいけど……あなたちょっと変わってるわよ。普通、こんな普通じゃないことに巻き込まれて、そんなこと言えないもの」

「あっはは……それは良く友達にも言われます」


 軽く笑いながらアリトがそう言うと、姫塚は数秒の間ポカンとした顔をして、その直後何故だか盛大に笑い出した。


「ぷっ……あっははははは!」

「え、えぇっ!? どうしたんですか先輩!? なんか俺、変なこと言いました!?」


 その余りにも想像にしにくい笑いに驚きながらオロオロしていると、姫塚はそれを堪えながら謝ってきた。


「ははは……い、いや……! ごめんなさいね、なんか可笑しくて……ふふ」

「な、何なんですか全く……!」


 アリトは訳が分からずに喚いた。そこで姫塚がようやく笑いが収まってきた様子で。


「本当ごめんなさいね。でも、良いわ。あなたやっぱり面白いもの」

「お、面白い……ですか?」

「えぇ、最っ高に!」


 そう言って姫塚は微笑んだ。思えば彼女の笑顔など学校では見たことも無かったような気がする。

 アリトはその笑顔を見ているだけで、今日はここまで着て良かったという気にさせられた。


 しかし、ここで全ては終わらない。真の目的はこの先にあるのだから。

 姫塚は一歩後ろに下がると、高まった気分の余韻に浸りながらアリトに向かって宣言した。


「もう一度問うわ! あなたは……本当の世界を見たい?」


 その言葉にアリトは一瞬も迷う事無く。


「それが俺のずっと願ってきたことですから」

「たとえそこにあるものが地獄でも?」

「知ることが叶うのなら、望むところです……!」


 その宣言をしっかりと聞いた姫塚は満足そうに頷いて、アリトに真っ直ぐ右手を差し伸べる。


 それにならってアリトもまた右手を差し伸べ握り返す。もはやいちいち疑問に思うことも無かった。

 すると今度は。


「……なら、次に私が言う言葉を復唱して頂戴」

「はい」


 その両者には一片の曇りも無い覚悟のそれがあった。

 そして……。


「シンクロ・スタート!」


 滑らかに、けれど力強くその言葉は発せられた。それに続いてアリトも。


「シンクロ・スタート!」


 恐らくは起動コマンドと思しきセリフを口にした瞬間、突然二人を光の粒のようなものが包み込む。

 それは瞬く間にアリトの視界を奪っていって、見ているもの全てを真っ白に染め上げていき。

 最後には先ほどの転送同様、身体の全感覚を遮断される感覚が訪れて、そこでアリトの意識はぶつんと途切れた。

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