01 対決! 勇者と魔王
その日、長きにわたる人間と魔族の戦いに終止符が打たれた。
――勇者と魔王の婚姻。
この衝撃的な事実によって両勢力は和解、世界に平和が訪れたのである。
しかし、誰もがこれを受け入れているわけではなかった。
「お母様ぁー!!!」
ドレスを翻し魔王の元へとひた走る一人の令嬢がいた。
彼女はただの令嬢ではない。艶やかな青い肌、血のように赤い瞳、そして天を衝く黒い角。
魔王によく似た彼女こそ、魔王のご息女にして魔界の名門貴族パクリウス家の跡取り。その名もカリーテ=パクリウスである。
カリーテは勢いよく乗り込んだ玉座の間で叫ぶ。
「お母様、これはいったいどういう事ですの! いきなり再婚だなんて……それも相手があの勇者だなんて信じられませんわ!」
そんなカリーテに魔王ブンドリナは優しく声をかけた。
「カリーテ、そのような大声を出すものではありません」
「これが黙っていられますか、どうして誇り高き魔王がこん……な……」
そこまで言いかけ、カリーテは言葉を失った。母である魔王の傍らに、宿敵であるはずの人間の男が仲睦まじく並んでいるのが目に入ったからだ。
普通に考えれば勇者なのだろう。しかしその容姿はあまりに逞しく、記憶にある勇者とは全く異なっていた。
「だだ、誰⁉ 何者ですのそのおっさんは!」
「まあ、失礼ですよカリーテ。あなたもダリルの事は知っているでしょう」
「ダッ⁉」
ダリル。確かにその名前には聞き覚えがあった。
あれは10年ほど前、カリーテがお昼寝に入る少し前の事。若く勢いだけの小僧が勇者を名乗り、ここ魔王城へと乗り込んできたのを思い出した。その時の少年の名がダリルだ。
「え? だってこんなヒゲのマッチョって……。そ、それにあの時の小僧はお母様が叩きのめしたはずでは……」
「そうですね。でもあなたがお昼寝している10年の間に彼は何度も挑んで来たのです。だんだんと強く逞しく、そして気高く成長していくダリルにママは心を打たれてしまったの。だから敗北をきっかけに、私たちは結婚する事になったのよ」
「うわ、親のそういう話って聞きたくねーですわ。……って、ママ⁉ 敗北⁉ 再婚⁉ ちょっと情報が渋滞しすぎてわけわかんねーですわ!」
混乱しつつもカリーテは必死に情報を整理しようとする。
普段のブンドリナならば「妾は偉大なる魔王であるぞ」くらいの口調だったのに、今や表情も柔らかくこれでは格好が奇抜なだけのごく普通のお母さんだ。歴代最強との呼び声も高い魔王ブンドリナが人間に負けたというのも信じがたい。
「あ、あまつさえその相手と再婚だなんて……」
あまりのショックに少しフラついてきたカリーテ。
すると今度は傍らで母娘の会話を見守っていた勇者ダリルが声をかけてきた。
「目覚めたばかりでこんな話、急だよな。よくわかるよ」
「……っ! あなたに何がわかると――」
「だが心配はいらない、俺は全て受け入れるつもりだ。俺の事はパパと呼んでいいぞ!」
――ぶちっ!
その嫌味なほど爽やかなダリルの言葉に、カリーテの中で何かが切れた。
「……もういいですわ。再婚など、このわたくしが認めません」
「カリーテ! 言葉を慎みなさい!」
「いいえ、黙りませんわ! こうなれば力づくでも阻止してみせますわ!」
言うが早いか、カリーテは弾かれたようにダリルに飛び掛かった。
魔王の娘だけあってカリーテは魔族の中でも屈指の実力を誇っている。魔界広しといえども彼女に敵う者は数えるほどしかいないだろう。
――だが、今回は相手が悪かった。
偉大なる最強の魔王ブンドリナ、そしてその魔王を凌ぐ実力を持つ勇者ダリル。この二人を同時に相手すればどうなるかなど火を見るより明らかだった。
「きょわーっ⁉」
凄まじい閃光がほとばしり、カリーテの意識はここで途絶えた。
***
「――ハッ⁉」
気が付くと、カリーテはベッドにいた。
長い昼寝から目覚めたばかりのような、少し気怠くも穏やかな空気だ。
「そう、あれは夢だったのね。……ああ良かった、寝てる間にどえらい事になっているかと冷や汗が出ましたわ」
体を起こしながら胸をなでおろすカリーテ。するとそこに何者かがやって来た。
「お目覚めですかお嬢様」
部屋に入ってきたのは細身で背の高い赤髪の男。
この男の名はクラドと言う。カリーテが幼少の頃より世話を担当している侍従で、『博識』の二つ名を持つ上級魔族。怠惰で傲慢なカリーテの世話係を勤め上げる事ができるという魔界でも希少な人材であった。
「ああクラド、ちょっと寝すぎたみたいで悪い夢を見ましたわ。わたくし、どれくらいお昼寝していたのかしら」
「そうですね、ざっと10年。プラス1日といったところでしょうか」
「1日……」
この時点でカリーテは少し嫌な予感がしていた。
「そのプラス1日とはなんなんですの?」
「もちろん、お嬢様が魔王様たちにボコられて失神していた時間です」
「うげっ」
令嬢にあるまじき声が出た。
全身が痛いのでそんな気はしていたものの、やはりあれは現実に起きた出来事だったのだ。
よく見ればここは自分の寝室ではない。部屋もベッドも質素で、普段の生活とはかけ離れたものになっている。
「ちょっと、ここはどこなんですの」
「私も正確な事は存じませんが、人間の暮らす地域のどこかです」
「人間界? どうしてわたくしがそんなところに……」
「魔王様と勇者殿、お二人の指示で私が運びました。こう肩に担いで魔法門をくぐる感じで」
「手段はどうでもいいですわ」
おそらくカリーテの存在を邪魔に感じた勇者がそう命じたのだろう。
そう考えると怒りやら何やらでよくわからない混ざりあった感情が沸き上がってきた。
「おのれ勇者め、わたくしにこんな仕打ちをするなんて。きっと実力では勝てないからっていかがわしい術でお母様を惑わせているに決まっていますわ!」
「いえ。私は魔王様の戦いを見ておりましたが、普通に負けた上で惚れられておられるようでした」
「あ……、そうですの」
ここで、クラドが何か手紙のようなものを取り出した。
「それから、魔王様より言付けががございます。ああ、正確には元魔王様ですね」
「はいはい。……ん? 元?」
「読み上げますと、「カリーテへ、ママは魔王を辞して愛に生きます。あなたももう大人、自分の道を見つけて頑張りなさい」だそうです」
「だそうです、じゃねーですわ! 実質追放されてるようなものじゃありませんの!」
「ちなみにこの家は餞別だそうです。カリーテハウスとでも名付けましょうか」
「変な名前を付けるんじゃねーですの」
「いやはや、長きにわたる人間と魔族との戦いがこのような形で終わるとは。このクラドも驚きを隠せません」
クラドは感慨深い様子であるが、カリーテは全く納得がいっていない。
「お母様たちは魔王城ですわね? 今すぐ向かいますわ、何としても再婚を解消させませんと!」
「お嬢様、そんなにお母上の再婚がお嫌なのですか?」
「当然ですわ! 再婚などすればあのヒゲ筋肉が義理とはいえ父親になってしまうじゃないの。お母様以外にわたくしより立場が上の者が存在するなど、ましてや人間だなんてあってはならない事ですのよ!」
「勇者殿は人間とは思えぬ実力の持ち主ですけどね」
「それに、お母様が魔王じゃなくなったら魔王の娘という肩書きで偉そうにできないじゃありませんの」
「であれば、空席なのですからお嬢様が魔王を名乗られてはいかがでしょうか」
「……それはほら、魔王ってああ見えて忙しいじゃない? 自分でやるのは面倒なのよ。変な連中が挑んできても困るし、ですわ」
「理由は最低ですがそれでこそお嬢様です。ですが、勝算はおありですか?」
「むぐっ」
そう言われると弱かった。
なぜならぶっ飛ばされて丸一日気を失っていたばかりなのだ、このまま再戦しても結果が変わる事はないだろう。
すると、クラドが思いがけない提案をしてきた。
「お嬢様、もしよろしければこのクラドめに一案ございます」
「……え? 協力してくれますの? あなた、それがどういう意味かわかって言ってますの?」
カリーテに協力する事、それは主である魔王と勇者の婚姻を解消させる事。つまりは主に逆らうと同時に、実現すればせっかく訪れた平和を壊す事になりかねないというものであった。
しかしクラドの返事は変わらなかった。
「私はお嬢様の執事でございます。お嬢様が望むのであれば協力は惜しみません」
「あら、良い事言うじゃない。見直しましたわ」
「それに……、私をお嬢様の専属に任命してくださったのは先代魔王様ですから」
「お父様? わたくし、お父様の事はよく覚えていないのよね」
「先代のスティーオ様が亡くなられたのはお嬢様がまだ幼い頃でしたので無理はないかと。ともかく、スティーオ様の事を思えばこの結婚を素直に喜べないというのが私の本音でございます」
「目的は同じって事ね」
「というわけで、さっそくコンサルタントを呼んであります」
「ん?」
ここで急に聞き慣れない単語が飛び出してきた。
それは何かと聞き返そうとした瞬間、部屋が眩しい光に包まれカリーテの視界を奪う。
「なな、なんですのこれは⁉」
「はぁーい、心配は無用ですよ。この私が来たからには、あなたの異世界ライフは充実したものになる事間違いなーし! はい、あなたもアーシタラー?」
奇妙な声におそるおそる目を開けると、そこにはいつの間にか一人の女が立っていた。
キッチリとした髪型にピシッとしたスーツ姿。しかしその腕は四本あり、背中には光輪を背負っている。どう考えても人間ではないし、ましてや魔族でもない。
「なんなのあなた、いきなり現れて……」
驚くカリーテにクラドがそっと耳打ちする。
「お嬢様、こちらが異世界コンサルタントの方ですよ」
「異世界……コンサル?」
「お嬢様が惰眠を貪っていた10年の間に世界は様変わりしてしまいましたから、異世界の事は異世界の者に案内させるのが一番かと思いまして」
「よくわかんねーですけど、要は案内係なんですわね」
とりあえずの理解をしたカリーテに向かい、コンサルタントの女がニッコリと微笑んだ。
「私はコンサル神アーシタラー。より良い世界、より良い生活のためコンサルティングいたします。それではカリーテ様のこれからを考えていきましょう!」
「コンサル神って、あなた神族なの?」
カリーテはちょっとだけため息をついた。
「はあ……。人間の勇者と結婚するお母様もですけれど、神族と手を組むわたくしもどうかしておりますわね」
「いえいえ、なんでも利用できるものは利用すればいいんですよー。それが賢い異世界の渡り方というものです!」
「神族のあなたがそれ言いますの? まあいいけど」
「具体的なプランですが、カリーテ様はお母上の勇魔婚を解消させたいとか。しかし実力行使しようにもその実力が足りていないというのが現状ですね」
「余計なお世話ですけどその通りですわ」
「しかしお客様は幸運ですよ。10年ほど前から人間は魔族に対抗するための戦力を異世界に求め、とにかく異世界召喚をしまくりましたからね。今や世界は人も文化もシッチャカメッチャカ!」
「人間ってアホなんですの?」
「おかげで超人の出現や飛躍的な技術の進歩もありましたので、その中から有用なものを利用する形で策を練っていきましょう。すでにいくつかピックアップしています」
「ふうん、手際がいいですわね」
「ちなみに料金は成功報酬で結構です。……さて」
するとアーシタラーは突如として立ち上がり、勢いよく奇妙なポーズを取った。
「それではご一緒に! はい、あなたもアーシタラー?」
突然の出来事にカリーテは面食らう。
「な、なな……、なんですのそれは⁉」
「なにって、決め台詞ですよー。さあご一緒に!」
張り付いた笑顔の奥にある目が怖いくらい真剣だった。
でもそれは嫌だったので、カリーテはクラドに目で合図をして逃げるように魔法門をくぐり抜けた。
こうして悪魔令嬢カリーテの再婚解消計画がスタートしたのである。




