溺愛新婚生活
朝起きたら、旦那様の巨大な首がとぐろを巻いていた。
「おはようございます、旦那様。今日もいい天気です」
窓の外を見ると、どんよりとした不穏な曇天が広がっていたが、他に気の利いた社交辞令が思いつかなかった。
「おはよう嫁! 今日もかわいいな! 寝癖まで愛らしいがな!
うんうん、分かっとる、分かっとるで。ワシが隣におるだけで、お前にとっては曇り空すら快晴に見えるっちゅーことやろがん。照れんでもええ、ワシにはお前の深い愛が脳内に伝わっとるからな!」
なるほど、私たちの間には愛があるらしい。知らなかった。
「ありがとうございます旦那様
伝わっているようで安心しました。」
「うへへ。お前はほんまに礼儀正しいええ子やなー。
よしよしよしよし」
頭を撫でられているということはこれで正解らしい。
うんうんと納得した様子で大魔物は満足そうに笑っている。
それからの生活は、奇妙の一言に尽きた。
移動する時は問答無用で抱き上げられて運ばれ、見たこともないほど上等で可愛い服を着せられ、羽の先で不器用に、けれど丁寧に髪をとかしてもらう。一日中、ずーっと一緒だ。
なるほど、これが巷で噂に聞く「新婚生活」というシステムなのか。
だが、私には一つ、どうしても看過できない重大な問題があった。
「旦那様。あまり抱き抱えられてばかりいると、私の筋力が衰え、著しく弱体化します。戦術的に見て、本当によろしいのですか?」
私の至極真当な進言に、旦那様は双頭をぶんぶんと振った。
「ええねん、ええねん!
ワシの嫁になるまでは、生き残るために大変やったんやろ?
分かる、お前のその体中の傷を見てたら、どれだけ無理して戦ってきたかワシには全部分かる。
でもな、もうワシの嫁になったんやから、お前はどれだけ弱ってもええねん。
ワシの嫁にケガをさせるような不届き者は、ワシが全員ブチ殺せばええだけやろ?
ワシの嫁に手を出すちゅーことは、ワシに喧嘩売るのと同じやろがん!
よーしよし、かわいいなー。お前はそのままで、ええんやでー」
首の鱗をすりつけながらデレデレと言い放つ旦那様。
私の心配は皆無のようだが……いかんせん、暇だ。
最近にいたっては、抱っこされたまま本を開かれ、旦那様の朗読を聞かされる始末。読書さえ他力本願になってしまった。このままでは本当に私の戦闘能力が鈍ってしまう。
「旦那様。せめて最低限の基礎トレーニングだけでも許可してください。でないと退屈です。私は体を鍛えることが、好きなのです」
「……さよか?」
旦那様は二つの頭を見合わせ、少し困ったようにしょんぼりした。
「……わかった。ただし、ワシの見てるところだけやで?
絶対に無理したらあかんのや。ケガしたら言うんやで?
ワシがすぐ治すからな」
「わかりました。負傷した際は、直ちに報告します」
よく分からないが、新婚とは恐ろしいものだ。
でも、大事にされるのは悪くないなと、私は満足していた。
――誰かに「気をつけろ」と言われたのは、生まれて初めてだった。
嬉しくて、何かお返ししたくて胸が熱くなった。
「旦那様、よくしていただいているお礼に、嫁としての勤めを果たしたいのですが、勉強不足で嫁の心得と行動がわかりません。
子を産めばよいのですか?」
分からないので、貴族と言えば後継者を生むことという話を聞いたことがあるので、聞くことにした。
が、返ってきたのは沈黙だった。
首をひねっている。旦那様が困惑しているようだ。
「なんで子を生むんや? 欲しいんか?」
「人間は妻とは後継者を産むので、旦那様もそうかと思ったのです」
「人間の命は短い言うからな!
すぐに、子供欲しくなるんやろな!
わしは違う。」
首をひねる私を見て、旦那様は納得したようにふんふんと鼻を鳴らしながら、私に体を巻き付け、スリスリと顔を擦り付けてきた。鱗の硬い感触に、少しだけ肌がひんやりする。
「後継者、わしが寿命で死ぬときに生まれるもんやで。
それにお前もわしの子産んだら身体が耐えられんから、間違いなく死ぬんやぞ?」
「旦那様死んじゃうんですか?」
思わず、声が大きくなった。自分でも、なぜそんなに驚いているのか分からなかった。
「せや、死ぬときに子を残すのが大魔族や。
まあ負けて死んだらそこまでやがな。そのうち誰かがわしのレベルまで進化するかもしれんけど、わしが死んだあとはどうでもええし、知ったこっちゃないな」
あっさりと告げられたその言葉に、なぜか胸の奥がざわついた。今までの人生で、誰かが死ぬことをこんなに嫌だと思ったことがあっただろうか。
「では嫁とは何のために持つのですか?
私の役目は何ですか?」
「好きな娘がずっと一緒で暮らしたら幸せやろがん!
好きな娘が嫁やったら嬉しいし、それが可愛い子やったらなお嬉しいじゃろ?
お前の役目は、わしから離れんと一緒に居ることや。
一緒に暮らして二人で仲良く幸せになろうなぁ」
単純な答えだった。それなのに、なぜだか目の奥が熱くなった。
「はい、末永くよろしくお願いします。」
ぎゅうっと旦那様の身体に抱きついた。冷たい鱗のはずなのに、今はどこか温かく感じた。
なるほど、私の仕事は二人で暮らすことらしい。
そして幸せになることらしい。
なら簡単だ。
だって私はすでにとても幸せなんだから。
完結




