第93話 異端審問可決す
翌週、議員会館にて
「本来なら、私が議会に介入するのは避けるべきであるのだけれど」
「それを言うなら、私も同様ですわ。ただの平民ですもの」
「中々に貴重な会合となりそうですな。国の中枢と直接会話を持てる機会など、なかなかありえませぬ」
ビアンカにベアトリス、そしてネイサンであった。それに、カトリーナ財務卿を加えた四名。正しくアリアの命運を握る四名であった。
「一通りの話はお伺いしましたわ。確かに、私単独ではシルバでの瓶詰販売の目途が付いていなかったところですの。独占販売権をアリアに限定する旨、概ね承知いたしますわ。無論、コンスタン王国との接触についてはご配慮頂く事を条件といたしますが」
「十分に配慮するわ。それに、シャトーブリアン男爵。提示した交換条件でいかがかしら?」
「問題ございませぬ。フランソワ嬢の異端審問を不問と頂く代わりに、我が経済実利会は予算案に賛成いたしましょう。これで最悪の事態は避けうるかと」
「もう一つ、強行採決に参加してもらう必要があるわ」
「コンスタン王国との国交樹立ですな。無論にございます」
「で、あれば相違なし! ただし、一つだけ条件があるわ」
「何なりと」
「フランソワを、コンスタン王国へ『国外追放』させるわ。先方には『外務特任担当』としてね」
ふっ、とネイサンが笑みを漏らした。
「流石はビアンカ陛下。人材の活用法をよく心得ておられる」
「当然でしょ、私を誰だと思っているの? 他に、議題はあるかしら?」
「恐れながら、ビアンカ陛下。私的なご相談を一つ」
「どうぞ、ベアトリスには無理を言ったもの。極力、力になるわ」
「一人、未婚の貴族をご紹介頂きたく」
そこでネイサンが渋い顔をした。
「未婚なら…確かカタルーニャ法務卿が独身だった気がするけれど」
カトリーナ財務卿を見る。
「はい、相手がいないとぼやいておりますが…ただ無作法なだけかと」
「だ、そうよ」
「いえ、カタルーニャ様のような高位な方ではなく…できれば男爵家か子爵家で、目立たない方が良いのですが」
「ベアトリス殿、政治というのは商売とは違いますよ」
「ネイサン殿、ご忠告痛み入ります。ですが、『私が嫁に入れば』経済実利会も一票、増えることとなりますけれど」
「その割り切り方、嫌いじゃないわ。それじゃ、伝統王権派から一人見繕うわよ。私にも都合がいいしね。足元を見やすそうな、貧乏貴族がいいわね?」
「ビアンカ陛下のご慧眼には恐れ入るばかりにございます。何卒」
「構わないわ、私も助かるし…。一票って重たいのよ。基本的に勢力が変わらないから」
「ビアンカ陛下、そろそろ平民への参政権もご検討頂く時期ではないかと」
「そうね…。検討に値すると思うわ」
ただ、今の議会じゃ決議を取れないけれどね。
ビアンカは内心にそう思った。
そして、5月10日
「フランソワ・アリエル・ド・シャルロイドへの異端審問の開催について、賛成多数により成立する!」
議長が堂々と宣言した。
賛成票231票、反対票181票、棄権1票である。
続いて、5月16日。
ビアンカ念願の、予算案が242票の賛成多数にて可決。
予算停止間際の、滑りこみ可決であった。
同日、ロレッツオ宮。
「父上…」
ローランが意気消沈としたシャルロイド公爵を気遣った。
アンドレア・アリエル・ド・シャルロイド。言わずもがな、フランソワらの父親である。
「良かれと思って、自然哲理を学ばせたが…誤っておったかな」
「いいえ、父上。むしろ喜ばしいことにございましょう。我らのフランソワは、ただの可憐さだけが取り柄の令嬢にあらず…。かのシルバが恐怖するほどの科学者に成長したのです。何しろ滑稽ではありませんか。まだ成人もしていない少女に、異端審問を行うほどに追い詰められたのですぞ。あの、シルバがです。おそらくは長くはありますまい」
「傾国の美女、とでもいえば良いかな?」
用法が異なるが、確かに言い得て妙である。
「しかし、議会とは魔物よ。公爵たる我が、娘の一人守れなんだ。我の一票はただの一票に過ぎぬ。せめて伝統王権派の統制程度、取れれば良かったのだが」
「否にございます。父上は棄権として意志を表明されました。きっとフランソワも認めてくださいます」
「で、あると良いが…。だが、審問までは予断を許さぬ。せめてシャルロイド公爵領での蟄居が認められると良いのだが」
「私からもカタルーニャ法務卿に直訴いたします。また、セシルも間もなく戻るとのこと。ロックバード軍務卿へも直訴いたしましょう」
「それは心強いな。二人ともよく成長してくれた。シャルロイド公爵家の未来は安泰よ、これで儂はいつでも心置きなく引退できるというもの」
「まさか。まだまだ若輩にございます」
「そうだの、せめて妻くらい娶ってくれんとな。相手はおらんのか?」
「いえ、その…まだ修練の身ですので…」
「ローランよ、跡取りたる長男がその様子では先が思いやられるぞ。セシルは相変わらずであるし」
「は、その…申し訳ございませぬ」
「モニカが良家を見繕っておるが…お前はむしろ、平民の方が良いかもしれんな」
「と、いいますと…?」
「古い伝統に縛られる必要はない、ということだ…ビアンカ皇王のようにな」
そこでアンドレアが楽しむように、僅かに口元を緩めた。




