第7話 一杯一銀貨(約1万円)
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それから、数日。
「確かに、ブラウン運動は確認できたわ。できたけれど」
盛大にため息。
「へぇ、姫さま。この動きの原因が原子なのか、はたまた水の精霊サマなのか、判別はできねぇでやす」
まずはブラウン運動について解説しておこうかしら。もしご自宅に顕微鏡があればすぐに再現できるわ。用意するのは水と花粉、といっても花粉は入手できる時期があるから、何か「細かなもの」であればなんでもいいの。金粉でも埃でも。それをステージ台のガラス面において、水を一滴か二滴垂らしたら準備完了よ。
どう? 水の中で、花粉が不規則に、カクカクと動いていないかしら?
これはつまり、私たちの主張とすれば『水の原子』が花粉を揺らしている、という事になるのだけれど。
「神学的には水の精霊様が花粉と戯れておられる、という解釈になってしまうのよね。私もこれ以上の反論が用意できていないわ。何か確実な、精霊ではなく原子の運動によるもの、と証明したいのよね…」
とは、セドリック先生の言葉。今思い出しても、ほっぺたに両手を添えた姿がとても可愛らしかったわ。ちなみに今日は不在なの。
「ねー、フランソワ」
「なぁに、エラリー」
「こういう時は思い切ってリフレッシュ、じゃない?」
「それもそうね…」
確かに、考えても思いつかない時は発想を変えるに限るわ。
「久しぶりにお茶会にしましょう、いつもの場所でいいかしら?」
「さんせーい! そしたら、レモンソーダ用意しようか?」
「エラリーはん、申し訳ないけど瓶詰めは売り切れや」
「え、そうなの?」
「この前、近衛騎士のアレフはんが持ってったやろ。あとはちょいちょい飲んでたらなぁ」
「仕方ないね、そしたらお茶にしよ!」
そういえば。
この前、セシルお兄様にコーヒーとやらを頂戴したわ。
「エラリー、飲み物なら、この前珍しいものを頂いたのよ。今日はそれにしましょう」
「あの…フランソワ様、こちらでお間違いないでしょうか…?」
そう言ったのは学食勤務のメイド、リンダよ。とっても不安そうな顔ね。コーヒーを淹れてもらっただけなのだけれど。私も初めてなのよね、コーヒーって。
「豆を砕いて、お湯を注いで、漉したのよね?」
「その通りですわ」
「なら、大丈夫だと思うけれど…」
では、とティーカップ(本場は「コーヒーカップ」があるらしいわ)を目の前に置いてくれたのだけれど。
「なにこれ?」
真っ黒だわ。まるでシオンの髪色みたい。
「は、はぁ…どうしてもこの色になってしまって」
「セシルお兄様のお勧めだし、毒ではないと思うけれど」
では、と全員分を配膳してくれたの。
その途端、アルフォンスが固まったわ。
首を傾げる。
「うぇ!? え、え、マジ!?」
今度はエラリーが口をぱくぱくさせたわ。
「ど、どうしたのよ、二人とも!」
「も、もしかしてもしかしなくても!」
アルフォンス、珍しく早口ね。
「これ、コーヒー!?」
「ええ、そうらしいわ」
「ひえええええええ!?」
「な、なによエラリー?」
「こ、これ、アリアでは超が付く貴重品なんだ! この一杯で1銀貨はするよ!?」
混乱しているエラリーの代わりに、アルフォンスが答えてくれたわ。
というか。
「はい?」
ガシャん、と激しい音。
先に飲んでたマルタが白目になったわ。ハンスも硬直してるわね。
「こ、これは飲むのに気合いがいるでぇ…!」
ニコラスが構えて。
「苦い泥水じゃん、これ」
シオンは一回ビンタした方がいいかしら?
「とりあえず、砂糖入れようぜ」
「あなたねぇ…」
でも、一理あるかも。砂糖なら紅茶にも入れるし。
「あら」
「泥水が飲み物になった」
「だから泥水ってやめなさいってば。でも、何かもう一つ、欲しいような?」
「ミルクだろ、当然」
「ミルクティーね。いいえ、ミルクコーヒーと言うべきかしら」
シオンに合わせてミルクを入れてみる。
「あら」
「美味い」
「ええ、そうね! 苦味と甘味のバランスが心地いいわ。どことなくコクも感じるわね」
「僕は君たちの胆力の方が仰天だけどね?」
と、言いつつアルフォンスもミルクと砂糖を。
「これが1銀貨の味…」
「エラリー、銀貨って言うの辞めていただけない?」
その後は雑談よ。マルタとハンスはまだカクカクしてるけど。ブラウン運動中の花粉かしら?
話題は自然と研究の話に。何かいいアイディアがあるかもしれないでしょ?
「いやー、そう言うのは専門外だなぁ。水の原子か精霊サマか、でしょ?」
いつも紅茶をぐいぐい飲んで、すぐお替りするアルフォンスが今日はちびちび、大事そうに飲みながら…とても丁寧にカップをソーサーに置いたわ。
「それを解き明かしたいのよ」
「顕微鏡、どれだけ覗いても見えへんしなぁ」
「そうなのよね。それにずっと片目だから、肩が凝るし」
「まつ毛がじゃまー」
エラリーの言う通り、顕微鏡を見てるとまつ毛が映り込むのよね…。正直邪魔なんだけど、実は自分でも密かな自慢の、ボリュームがあって自然なカールを描いてるまつ毛は気に入っているの。ちゃんと手間暇かけて育てているんだから、流石に抜くわけにはいかないわ。
「なぁ」
シオンがカップを置いたわ。
「その、ブラウン何ちゃらってのはこの泥水でも再現できるのか?」
「だから泥水じゃ…」
カップを持つ手が固まったわ。
今、シオン、とても重要なことを。
「再現…可能なはずよ、いえ、そうじゃなくて…」
魔法の五代系統
水
炎
土
風
雷
「それだわ!!!」
思わず立ち上がったわ!
「みんな、お茶会はおしまい! すぐに研究室へ戻るわよ!」
「え、え、どういうこと?」
「つまり、水以外で再現すればいいのよ!」
「どういうこと!?」
「詳しくは研究室で説明するわ!」
今は一秒でももどかしいの!
「ほっほ、研究は順調かの?」
びっくりしたわ、それは!
「が、学院長!?」
まさか学院長がこんな(貴族連中から離れた、半分裏庭のここに)来るとは思わないじゃない。
「学院長閣下のおかげをもちまして、研究は極めて順調に推移しておりますわ」
腰を折って挨拶。こういうの、自然にできてしまう自分はなんというか…今は急ぎたいのだけど。
「ほっほ、精霊論への面白い反論を期待しておるよ。ところで…」
あら? どうして学院長は精霊論の研究をご存知なのかしら?
「明日の準備はできておるかね?」
「明日?」
首を傾げて…忘れてたわ!!!!
「も、もちろんでございます、学院長閣下。光栄にもビアンカ皇王陛下がシオンへの拝謁をご所望とのこと。い、今まさに、明日の儀礼について最終確認を行っていたところですのよ、ほ、ほほほ…」
久しぶりに似合わない口調を使ったわ!
「聞いてな…イテッ!」
手の甲を思い切り抓る。黙ってなさい、シオン!
「ほっほ、よろしう頼んだよ、フランソワ嬢。それから、グランド・ディベートの件は聞いておるかの?」
「グランド・ディベート?」
これは本当に知らないわ。思わずみんなを見渡したけど、全員が首を横に振る。
「よい、よい。明日になれば正式な発表がなされるからの。めいっぱい励むのじゃぞ、皆の者!」
「はい!」
と答えると、満足げに学院長先生が去っていったわ。
「この師あってこの弟子じゃのぉ」
と、ポツリと呟いたことは聞かなかった事にした方がいいのかしら?
私ってば完全なるコーヒー党なので、この時代(イメージは啓蒙時代です)に生まれてたらきっと耐えられなかった。
※本作は「カクヨム」および「アルファポリス」にも掲載しております。




