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第7話 一杯一銀貨(約1万円)

※第一部『魔法大会編』はこちらからお願いします!

 https://ncode.syosetu.com/n0962lq/1/

 それから、数日。

「確かに、ブラウン運動は確認できたわ。できたけれど」

 盛大にため息。

「へぇ、姫さま。この動きの原因が原子なのか、はたまた水の精霊サマなのか、判別はできねぇでやす」


 まずはブラウン運動について解説しておこうかしら。もしご自宅に顕微鏡があればすぐに再現できるわ。用意するのは水と花粉、といっても花粉は入手できる時期があるから、何か「細かなもの」であればなんでもいいの。金粉でも埃でも。それをステージ台のガラス面において、水を一滴か二滴垂らしたら準備完了よ。

 どう? 水の中で、花粉が不規則に、カクカクと動いていないかしら?

 これはつまり、私たちの主張とすれば『水の原子』が花粉を揺らしている、という事になるのだけれど。


「神学的には水の精霊様が花粉と戯れておられる、という解釈になってしまうのよね。私もこれ以上の反論が用意できていないわ。何か確実な、精霊ではなく原子の運動によるもの、と証明したいのよね…」

 とは、セドリック先生の言葉。今思い出しても、ほっぺたに両手を添えた姿がとても可愛らしかったわ。ちなみに今日は不在なの。

「ねー、フランソワ」

「なぁに、エラリー」

「こういう時は思い切ってリフレッシュ、じゃない?」

「それもそうね…」

 確かに、考えても思いつかない時は発想を変えるに限るわ。

「久しぶりにお茶会にしましょう、いつもの場所でいいかしら?」

「さんせーい! そしたら、レモンソーダ用意しようか?」

「エラリーはん、申し訳ないけど瓶詰めは売り切れや」

「え、そうなの?」

「この前、近衛騎士のアレフはんが持ってったやろ。あとはちょいちょい飲んでたらなぁ」

「仕方ないね、そしたらお茶にしよ!」

 そういえば。

 この前、セシルお兄様にコーヒーとやらを頂戴したわ。

「エラリー、飲み物なら、この前珍しいものを頂いたのよ。今日はそれにしましょう」



「あの…フランソワ様、こちらでお間違いないでしょうか…?」

 そう言ったのは学食勤務のメイド、リンダよ。とっても不安そうな顔ね。コーヒーを淹れてもらっただけなのだけれど。私も初めてなのよね、コーヒーって。

「豆を砕いて、お湯を注いで、漉したのよね?」

「その通りですわ」

「なら、大丈夫だと思うけれど…」

 では、とティーカップ(本場は「コーヒーカップ」があるらしいわ)を目の前に置いてくれたのだけれど。


「なにこれ?」

 真っ黒だわ。まるでシオンの髪色みたい。

「は、はぁ…どうしてもこの色になってしまって」

「セシルお兄様のお勧めだし、毒ではないと思うけれど」

 では、と全員分を配膳してくれたの。


 その途端、アルフォンスが固まったわ。

 首を傾げる。

「うぇ!? え、え、マジ!?」

 今度はエラリーが口をぱくぱくさせたわ。

「ど、どうしたのよ、二人とも!」

「も、もしかしてもしかしなくても!」

 アルフォンス、珍しく早口ね。

「これ、コーヒー!?」

「ええ、そうらしいわ」

「ひえええええええ!?」

「な、なによエラリー?」

「こ、これ、アリアでは超が付く貴重品なんだ! この一杯で1銀貨はするよ!?」

 混乱しているエラリーの代わりに、アルフォンスが答えてくれたわ。

 というか。

「はい?」

 ガシャん、と激しい音。

 先に飲んでたマルタが白目になったわ。ハンスも硬直してるわね。

「こ、これは飲むのに気合いがいるでぇ…!」

 ニコラスが構えて。

「苦い泥水じゃん、これ」

 シオンは一回ビンタした方がいいかしら?

「とりあえず、砂糖入れようぜ」

「あなたねぇ…」

 でも、一理あるかも。砂糖なら紅茶にも入れるし。

「あら」

「泥水が飲み物になった」

「だから泥水ってやめなさいってば。でも、何かもう一つ、欲しいような?」

「ミルクだろ、当然」

「ミルクティーね。いいえ、ミルクコーヒーと言うべきかしら」

 シオンに合わせてミルクを入れてみる。

「あら」

「美味い」

「ええ、そうね! 苦味と甘味のバランスが心地いいわ。どことなくコクも感じるわね」

「僕は君たちの胆力の方が仰天だけどね?」

 と、言いつつアルフォンスもミルクと砂糖を。

「これが1銀貨の味…」

「エラリー、銀貨って言うの辞めていただけない?」


 その後は雑談よ。マルタとハンスはまだカクカクしてるけど。ブラウン運動中の花粉かしら?

 話題は自然と研究の話に。何かいいアイディアがあるかもしれないでしょ?

「いやー、そう言うのは専門外だなぁ。水の原子か精霊サマか、でしょ?」

 いつも紅茶をぐいぐい飲んで、すぐお替りするアルフォンスが今日はちびちび、大事そうに飲みながら…とても丁寧にカップをソーサーに置いたわ。

「それを解き明かしたいのよ」

「顕微鏡、どれだけ覗いても見えへんしなぁ」

「そうなのよね。それにずっと片目だから、肩が凝るし」

「まつ毛がじゃまー」

 エラリーの言う通り、顕微鏡を見てるとまつ毛が映り込むのよね…。正直邪魔なんだけど、実は自分でも密かな自慢の、ボリュームがあって自然なカールを描いてるまつ毛は気に入っているの。ちゃんと手間暇かけて育てているんだから、流石に抜くわけにはいかないわ。

「なぁ」

 シオンがカップを置いたわ。

「その、ブラウン何ちゃらってのはこの泥水でも再現できるのか?」

「だから泥水じゃ…」


 カップを持つ手が固まったわ。

 今、シオン、とても重要なことを。


「再現…可能なはずよ、いえ、そうじゃなくて…」


 魔法の五代系統

 水

 炎

 土

 風

 雷


「それだわ!!!」

 思わず立ち上がったわ!

「みんな、お茶会はおしまい! すぐに研究室へ戻るわよ!」

「え、え、どういうこと?」

「つまり、水以外で再現すればいいのよ!」

「どういうこと!?」

「詳しくは研究室で説明するわ!」

 今は一秒でももどかしいの!


「ほっほ、研究は順調かの?」

 びっくりしたわ、それは!

「が、学院長!?」

 まさか学院長がこんな(貴族連中から離れた、半分裏庭のここに)来るとは思わないじゃない。

「学院長閣下のおかげをもちまして、研究は極めて順調に推移しておりますわ」

 腰を折って挨拶。こういうの、自然にできてしまう自分はなんというか…今は急ぎたいのだけど。

「ほっほ、精霊論への面白い反論を期待しておるよ。ところで…」

 あら? どうして学院長は精霊論の研究をご存知なのかしら?

「明日の準備はできておるかね?」

「明日?」

 首を傾げて…忘れてたわ!!!!

「も、もちろんでございます、学院長閣下。光栄にもビアンカ皇王陛下がシオンへの拝謁をご所望とのこと。い、今まさに、明日の儀礼について最終確認を行っていたところですのよ、ほ、ほほほ…」

 久しぶりに似合わない口調を使ったわ!

「聞いてな…イテッ!」

 手の甲を思い切り抓る。黙ってなさい、シオン!

「ほっほ、よろしう頼んだよ、フランソワ嬢。それから、グランド・ディベートの件は聞いておるかの?」

「グランド・ディベート?」

 これは本当に知らないわ。思わずみんなを見渡したけど、全員が首を横に振る。

「よい、よい。明日になれば正式な発表がなされるからの。めいっぱい励むのじゃぞ、皆の者!」

「はい!」

 と答えると、満足げに学院長先生が去っていったわ。

「この師あってこの弟子じゃのぉ」

 と、ポツリと呟いたことは聞かなかった事にした方がいいのかしら?

私ってば完全なるコーヒー党なので、この時代(イメージは啓蒙時代です)に生まれてたらきっと耐えられなかった。


※本作は「カクヨム」および「アルファポリス」にも掲載しております。

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