第19話 カッシーニギルドの秘密、そして到達。魔物の巣、フェンリル・ベルク沖へ。
「ああ、バルタザールは確かに元々カッシーニギルド一番の腕前、と言われた測量士だよ」
日が落ちて、目標のピレーネ海峡を越えたところで船の速度ががくん、と落ちたわ。落ちたというか、一般常識レベルに戻ったというか。流石のお兄様でも二十四時間魔法を使い続けることは不可能だからね。超高速航海は日中に限っているのよ。夜間は視界が悪いから、衝突防止の意味合いもあるわ。
ということで、夕食よ。固い塩パンに干し肉。生鮮野菜は出航直後だけの贅沢ね。
「あの伝説のギルド集団に会えるなんて感激やわ!」
ニコラスはまだ興奮しているわね。カッシーニギルドは私も名前しか聞いたことがないのよ。本拠地はシルバ教国らしいのだけれど、目的は『大陸全図を作成する』ことらしいわ。
ただ、その実態は謎に包まれているの。実際に六分儀はちらほら出回っているから、存在自体はしているのだろうけれど…。構成員は何人なのか、その測量データはどこに保管されているのか…。噂が噂を読んで、実は構成員は一人だけ、とか、大陸中に散らばっている、とか、実は六分儀を製造するだけの小規模な工房だ、とか、もう色んな話が出回っているわ。
「そもそも、存在したのね。カッシーニギルドって」
「俺も本当の姿は知らないけれど」
セシルお兄様はそう前置きしたわ。
「元々は秘匿性の高いギルドだったみたいでね。ほら、測量データってそのまま軍事機密だからさ。その技術はずっと秘匿されていたんだよ。大きな声じゃ言えないけれど、シルバという場所も悪いしさ」
保守中の保守国家、シルバ教国ならあり得る話よね。大陸を解明するのは神の意志に反する…そのくらいは言いそうだわ。
「でも、どうしてお兄様はバルタダールさんとお知り合いなの?」
「それは…バルトロメの方が詳しいかな?」
もう一人の同席者は副長のバルトロメよ。海賊出身の叩き上げ、隆々とした筋肉に2メートル近い大巨漢、右耳には拳くらいありそうな大きな金ピアス。潮に焼けた浅黒い肌に、ド派手なバンダナ。ベストは熊革らしいわ。あのシオンが「でけぇ…」と言って絶句したくらいよ。
「旦那、それは勘弁してくだせぇや」
割と細身でスラリとしたお兄様とは対照的よね…。頭脳派と武闘派というのかしら。
「ということは、海賊時代?」
「お嬢にはかなわねぇや! そうでさ、バルタのじいさん、船賃弾むから亡命させろ、とか言い出しやがってさ、結局一文無しだったもんで、樽に括り付けてアザリエ海に沈めようと思ったんでさぁ! したっけ、これが金になる、いうんであのヘンテコな機械、押し付けられたんだわ」
「ヘンテコ…六分儀かしら?」
「さすがお嬢だ! その六なんちゃら、売り出そうと思ったら全部売れねぇ! テメェ、殺してやるとイキリたった時にはスタコラサッサ、姿を消していたんでさ!」
「それで…どうして再会したのかしら?」
「それが腹立たしい限りで! あっしら、心を入れ替えてセシルの旦那のためにカタギ生活してる事をいい事に、ふらりと現れたんですわ! 「売れんかったじゃろ?」って、あの野郎!」
ジョッキのワインを飲み干したわ。どん、とテーブルに。お代わりを注いであげる。
「や、申し訳ねぇ、お嬢! んで、旦那が言うには「使い道がある」らしいんで、同行させてるんでさ! いや、もう野郎どもを大人しくさせるのが!」
「5人くらい、海に放り込まれたからねぇ」
「面目ねぇ、旦那! ま、あっしにゃてんで理解できねぇが、旦那の役に立つなら俺はなんも言わねぇよ」
「地図ね」
「その通り。でも、口外無用だよ」
「もちろんですわ、お兄様」
「…ねぇ、フランソワ」
エラリーが声を顰めたわ。
「なんで平気なの?」
なんでって…。
「良い人よ?」
はぁ、と呆れたようにエラリーが首を振ったわ。
翌日は西大洋をひたすら北上。昨日よりさらに速度が上がったわ。右舷側に広がるシルバ教国は比較的平坦だから、速度は取れなかったけれど、55ノットくらいありそうね。
「海流でさぁ、お嬢!」
バルトロメが教えてくれたわ。少し沖に出たのはそれが理由ね。
「おお! イルカ!」
船に並行して、ぴょんぴょん跳ねたわ。かわいい。
「あれ、食えるのか?」
「クジラの方が美味しいわよ」
シオンは食べ物にしか興味がないのかしら?
ニコラスはずっとバルタザールさんにくっついているわ。航海中に六分儀の使い方をマスターするつもりみたい。私はお兄様の船室を借りて、研究のまとめをする事にしたわ。お兄様の船は何度か乗ったことがあるけれど、こんな長距離航海は初めてだもの。折角だし、壊血病の対策でも検討してみようかしら。船倉の見学を申し入れたら、すぐに許可が降りたわ。
積み上がった食品はパンと干し肉ばっかりね。野菜と果物もいくつかあるけれど、悪くなるまでに食べ切らないといけないわ。
「もって一週間でさぁ。フェンリル・ベルクで補給できりゃ良いんだが」
付き添いはバルトロメよ。
「普段はどうしてるの?」
「旦那が言うには、船病はオレンジが良いらしんだが…そうも言ってられねぇ時もあるな。ま、俺らはまだマシよ。旦那の魔法で嵐も高波もひとっ飛びだからよ」
「遠くにいても、すぐに寄港できるのは利点よね」
ミルドガルド大陸は国際関係が複雑で、寄港できる港は限られるのよね。特に北大洋が懸念みたいで。
「シルバに一つ、カレルというちっこい港があるんだが…それより先はなんもねぇ」
「それこそフェンリル・ベルクは?」
「あそこはダメだ、お嬢。地獄みたいな切り立った崖ばっかりでよ、浅瀬には難破した船が何隻も打ち上げられてやがる。潮も風もこんがらがっててよ、気づいたら崖に激突する船が耐えねぇんだ。それこそ、旦那の魔法でもなきゃ近寄るのも難しいわな」
「すごい場所ね…」
「海賊も軍艦も関係ねぇ。あそこは魔物の巣でさぁ」
「セシルお兄様の妹でよかったわ…あら?」
見ていると、不思議なものを見つけたわ。
「凍ってる?」
「それも旦那の魔法だわな。なんでも凍らせた方が水が腐りづれぇとか…。すぐ使う分以外は全部凍らせてんのよ」
「流石お兄様だわ。確かに温度が下がると腐敗しにくいし」
そういえば、どうして冷たいモノは腐りにくいのかしら? 空気の毒素が活動を控える? もしくは他の理由かしら。
「ディベートが終わったら実験ね」
「お嬢は相変わらずだなぁ」
「なによ、それ」
航海は順調に進んだわ。
気づいたら日の出の方向に進んでいるの。今まで北上していたのが、東に進路を変えたのね。相変わらず預かりっぱなしの方位磁針を確認。正確には北東へ進んでいるわ。バルトロメのいう「ちっこい港」カレルを通り過ぎたのは8月19日。ギルテニア出発からちょうど一週間、ほぼ予定通りだわ。景色も随分と変わって、アリア周辺のキラキラした、真夏の透明度の高い海はもうどこにも見えなくて、深い紫紺の海が広がっているの。風も乾いていて、無機質で、それに冷たくて。まだ夏場なのに、どんよりとした雲からは雪でもちらついてきそう。
「ハンスはん、こんな所に住んどるんか…」
「ええ…荒涼としてるわね」
砂浜らしいものはカレルを通り過ぎてからしばらくして、全く見えなくなったわ。ただ、崖の標高ばっかり上がっていくだけで。
「お嬢、明日の朝には到着しまさ」
バルトロメが教えてくれたわ。
「どこから上陸するの?」
「小舟だわな。徒歩で歩ける場所がないか、調査ですわ」
「なければ?」
「先遣隊に梯子をかけさせまさ。お嬢はそれに続いてくだせぇ」
「わかったわ」
「また登るの…」
エラリーががっくしと肩を落としたわ。仕方ないじゃない。
「その間、ノイエ・エーテル号はどうするの?」
「それなんですが、お嬢」
「一週間ばかし、外させてもらうよ」
セシルお兄様だわ。今日の高速航行はここまでね。止まると、海の衝撃が直接船体を揺さぶるわ。ぐらり、と傾く。
「わかったわ。それまでに蛍石を手に入れれば良いのね」
「その通り。戻ってこなかったら、捜索隊を出すからな。まぁ、一応友好国だし大丈夫だと思うけど」
「そのためのシオンよ」
「俺?」
「そ、あなた。護衛よ、光栄に思いなさいな」
「ええ…」
「今度クジラを食べさせてあげるから」
ちゃんと処理したクジラの刺身はもう、流石動物という感じで鮮血が溢れる感じなのよね。カツオもマグロもステキだけど、クジラには敵わないわ!
「ステーキだよね!?」
エラリーは私のことを野蛮人だと思っていないかしら…?
今回は真面目にタイトル書きました。(ネタが思いつかなかった)
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※この作品は『カクヨム』および『アルファポリス』にも連載しています。




