第11話 この師あってこの弟子あり
「あ、あらあら…教えてなかったかしら?」
昨日は結局ビアンカが帰るまで一緒にいたから、セドリック先生とは会えなくて。
翌日の講義の合間に尋ねてみたのだけれど。
「あの…ごめんなさいね。魔導真理学部とディベートを行うことになって…えっと、次のハーベストムーンの祝祭なんだけど」
えっと、今は7月の中旬…ハーベストムーンって9月の満月よね。ということは。
あと2ヶ月を切ってるわ!
「え、えっと…議題は…」
「今研究している、精霊論争なの。ブラウン運動は精霊論の反論にちょうど良いと思って…本当にごめんね、フランソワさん。わたし、てっきり伝えたつもりで」
この人は割と天然ボケというか、研究に全振りしてるというか。私もだけど。
ついでに、学院長の言葉を思い出したわ。
「この師あってこの弟子じゃのう」
って、私とセドリック先生のことだったのね!
「ということで、グランド・ディベートの準備をします!」
「えらい急やな」
「へぇ、姫さま。その、ぐらんど・でぃべーと、ってぇやつはどんな代物で?」
「なんか楽しそう〜」
セドリック特別室は今日もいつも通りだわ。
ざっくりと概要を説明。
「議題は精霊論と原子論かいな。丁度研究しとるテーマやな」
セドリック先生の名誉のために伏せておいたわ。グランド・ディベートのためにブラウン運動で原子論を立証させるつもりだったけど、肝心のディベートを伝え忘れてた、ってことはね。
「その通り!」
「で、いつなの? ディベートってやつ!」
「ハーベストムーンの祝祭よ!」
あら。どうしたのかしら。全員で顔を見合わせて。
「いやな、フランソワはん。来週から夏季休暇やで」
…そうだったわ!
王立学院って、大きく二学期制なのよね。春の新年から春学期が始まって、ハーベストムーンが終わると秋学期。真冬の間に休暇があって、翌年の新春祭が終わると新学期、ってこと。
夏季休暇は2ヶ月くらいあるの。学院生だ、貴族だ、と言っても実態は豪農って子も多いからね、殆どの学生が帰省して農作業と収穫を手伝うのよ。
と言っても、シャルロイド公爵家は「海と貿易の管理者」だから、私は最悪帰省しなくても大丈夫なのだけれど…。
「皆は?」
「まぁ、わいは大丈夫やな」
「へぇ、姫さま、あたしは帰省しねぇといけねぇです、はい」
「私はフリーだよ~」
マルタの実家は薬屋だったわね。
「へぇ、この時期は薬草の収穫と仕込みでやんす」
「そうよね…マルタって実家、どこだっけ?」
「シュタイル島のアマアズミでさぁ」
あら。シュタイル島なら実家側だわ。私の出身は南部にある港町なの。シャルルという、風光明媚な港町よ。
「アマアズミと言えば、シャルルから北にある山がちなところよね? 遠いわね…」
「なんもない田舎でさぁ。水と温泉だけが自慢でして」
「温泉かぁ」
いいなぁ、何年も入ってない。アマアズミってのはシャルルからだと徒歩で2、3日かしら。ごりごり山を登っていくのよね。
アマアズミの一画にはシャルロイド公爵家の別荘があってね。川魚がまた絶品なの。ちょーっと硫黄の香りがキツイのは勘弁して欲しいのだけれど。
ちなみにアリアって大きく三つの島でできているの。アリア本島は経済と政治の中心地。王都、王立学院、それからギルテニアみたいな大きな都市が多いわ。
シャルルが位置するのはシュタイル島と言って、アマアズミやシオンの実家らしいシラカヴェルが位置する、山がちな地形が特徴の島よ。最北端付近のシラカ山脈は夏の一時期を除いて、いっつも冠雪しているわ。
それにアリア本島より南西、常夏で温暖なバッサ島よ。
面積ではアリア本島が一番で、次がシュタイル島。この二島で国土の八割を構成するわ。バッサ島は一番小さいけれど、サトウキビが名産なの! 私が大好きなケーキもジャムも、バッサ島が無ければ気軽に食べられない、ってわけ。海が青くて、シャルルとは段違いに透き通っているらしいわ。不思議よね、同じ海なのに透明度が違うなんて。
また余談が過ぎたわ。
「ひとまず、三人で続けましょうか」
「へぇ、申し訳ねぇです」
「ご実家の事だもの、仕方ないわ。早速、この前思いついた方法でブラウン運動を再現しようと思うのだけれど…」
「ちょっと待って~。フランソワ、夏季休暇の前に情報だけ抑えておこうよ!」
エラリーが手を伸ばしたわ。
「情報?」
「ほら、私たちロッサム教授のこと、よく知らないじゃんか。向こうが行ってくる『精霊論』とかも詳しくないし」
「それは…そうね。でも、どうするの?」
「まずは聞き込みでしょ!」
「誰によ」
「僕も…詳しくはないけれど…」
そうね、ハンスが最適ね。シオンじゃ間違いなく答えられないわ。私たちのいつものメンバーって平民が中心だから、魔導真理学部の学院生はハンスとシオンしかいないのよね。
「えっと、大気には風の精霊、水には水の精霊、という具合に、自然現象は精霊が起こすもの、と規定されているよ」
「確か作物が取れるのは土の精霊の力、嵐が起こるのは風の精霊が人に試練を与えているから、火が起きるのは火の精霊の恵み…そんな感じよね」
うん、とハンスが頷いた。
「となると…」
セドリック先生が言っていたのはこれね。
「ブラウン運動は水の精霊ではなく、原子の存在…という事を証明すればいいのよね」
「でもさ、精霊サマもその『原子』とやらも、目には見えないんでしょ? となると、いくらでも解釈ができると思うんだけど」
「アルフォンスの言う通り、ロッサム教授の事だもの。いくらでも屁理屈を述べてくると思うわ。ハンスはロッサム教授の講義、受けたことはあるの?」
「うん…ただ、半分神学だったけれど…」
噂通りというか、イメージ通りね…。
「えっと、唯一神がこの世界を造って、精霊が現象を操作しているんだよ。上位精霊は魔法の五大系統と一緒で、水、炎、土、風、雷の五つ。この五つの五大精霊が神の代わりに世界を統べているらしい…よ。その下に下位精霊がいて、現実の事象はすべて精霊が神の代わりに代替して世界を表現している…んだって」
「つまり、水が高いところから低いところに向かうのは水の精霊が『そう動かしている』から。煙が高く上るのは炎の精霊が『そう望んでいる』から、という事かしら?」
全部物理法則なのだけれど。重力という存在を教会は認めていないから、それしか表現の仕方が無いのね、きっと。
「そういう…事だと思う」
ちなみにシオンは居眠りをしているわ! 失礼しちゃうわね。
「ありがとう、ハンス。私でももう少し調べてみるわ。ハンスも帰省するの?」
「うん…僕の地元、瘦せていて穀物が育ちづらいから…農作業も大変なんだ」
「あれ? フィヨルドよね?」
フィヨルド王国と言えば、大穀倉地帯、国の至る所に肥沃な黒土があって、穀物がじゃんじゃか採れるイメージだったけれど。
「それは中央部だよ…。僕の実家はフェンリル・ベルクってところで…北極海に面した、痩せて山がちな所なんだ…。夏でも霧が多くて、蕎麦とか粟とか、雑穀しか…採れないところだよ」
「ハンスも苦労しているのね…」
うん、とハンスが頷いたわ。
「だから、王立学院で勉強して…、両親を楽させてあげたくて」
なかなか、思う通りには行かないけどね。
ハンスはそう言って寂しそうにはにかんだわ。




