第11話 この師あってこの弟子あり
「あ、あらあら…教えてなかったかしら?」
昨日は結局ビアンカが帰るまで一緒にいたから、セドリック先生とは会えなくて。
翌日の講義の合間に尋ねてみたのだけれど。
「あの…ごめんなさいね。魔導真理学部とディベートを行うことになって…えっと、次のハーベストムーンの祝祭なんだけど」
えっと、今は七月の中旬…ハーベストムーンは九月中旬よね。ということは。
あと二ヶ月もないわ!
「え、えっと…議題は…」
「今研究している、精霊論争なの。ブラウン運動は精霊論の反論にちょうど良いと思って…本当にごめんね、フランソワさん。わたし、てっきり伝えたつもりで」
この人は割と天然ボケというか、研究に全振りしてるというか。私もだけど。
ついでに、学院長の言葉を思い出したわ。
「この師あってこの弟子じゃのう」
って、私とセドリック先生のことだったのね!
◇◇◇
「ということで、グランド・ディベートの準備をします!」
「えらい急やな」
「へぇ、姫さま。その、ぐらんど・でぃべーと、ってぇやつはどんな代物で?」
「なんか楽しそう〜」
セドリック研究室は今日もいつも通りだわ。
ざっくりと概要を説明。
「議題は精霊論と原子論かいな。丁度研究しとるテーマやな」
セドリック先生の名誉のために伏せておいたわ。グランド・ディベートのためにブラウン運動で原子論を立証させるつもりだったけど、肝心のディベートを伝え忘れてた、ってことはね。
「その通り!」
「で、いつなの? ディベートってやつ!」
「ハーベストムーンの祝祭よ!」
あら。どうしたのかしら。全員で顔を見合わせて。
「いやな、フランソワはん。来週から夏季休暇やで」
…そうだったわ!
◇◇◇
王立学院って、大きく二学期制なのよね。春の新年から春学期が始まって、ハーベストムーンが終わると秋学期。真冬の間に休暇があって、翌年の新春祭が終わると新学期、ってこと。
夏季休暇は二ヶ月くらいあるの。学生だ、貴族だ、と言っても実態は豪農って子も多いからね、殆どの学生が帰省して農作業と収穫を手伝うのよ。
と言っても、シャルロイド公爵家は『海と貿易の管理者』だから、私は帰省しなくても大丈夫なのだけれど…。
「皆は?」
「わいは大丈夫やな」
「私もフリーだよ~」
「へぇ、姫さま、あたしは帰省しねぇといけねぇです、はい」
マルタのご実家は薬屋なのよ。
「へぇ、この時期は薬草の収穫と仕込みでやんす」
「アマアズミかぁ…いいなぁ…温泉入りたい…」
マルタともアマアズミで知り合ったのよ。マルタのご実家は公爵家御用達なの。バケーションの時期なんかは私もシャルロイド公爵家のアマアズミ別邸に行ってね、のんびり過ごすのよ。
本邸があるシャルルは活気のある港町なのだけれど、アマアズミは標高もあって、特に夏場は過ごしやすいの。川魚料理がまた絶品なのよ。
「へぇ、ぜひお越しくださぇ」
「それじゃ、船便ね」
「その通りでさ、ギルテニアまで歩いて、そこから海峡を渡りやす」
王立学院はアリア本島にあるから、どうしても船で渡らないといけないの。
「ほな、ギルテニアのいい店紹介するで。寄ってってや」
ニコラスはギルテニア出身よ。
「ありがとうでやす、ニコラスさん」
「ひとまず、三人で続けるしかないわね」
「へぇ、姫様。申し訳ねぇです」
「ご実家の事だもの、仕方ないわ。早速、この前思いついた方法でブラウン運動を再現しようと思うのだけれど…」
「その前にさ、フランソワ」
エラリーが言ったわ。
「グランド・ディベートってなに?」
そうよね。
「公開討論会、らしいわ。コロシアムでやるって」
「壊れてなかったっけ?」
「壊れたのは魔力制御だけよ。観客席は問題ないわ」
「観客、入るの?」
「そうみたい?」
あんまり詳しく聞いてないのよね。
「ということはさ」
エラリーが立ち上がったわ。どこに行くのよ。
「まずは情報収集、じゃない? ロッサム教授について、もう少し調べようよ」
どうやって?
◇◇◇
「僕も…詳しくはないけれど…」
そうね、私たちよりハンスの方が詳しいわね。魔導真理学部はロッサム教授が主席教授だし。
「ロッサム教授…噂通り…魔法論というより、神学論の方が得意みたい…」
「確か兼任してたわよね、ヤーヴェ教会の司祭かなにか」
「司教だよ…」
「司教ってことは…」
「アリアの教会で、一番偉い人…」
「うそぉ」
エラリーが驚嘆したわ。ちなみにマルタは帰省の準備で外しているの。
「困ったわね。神学は私も専門外だわ」
「基本的には…魔法論と被ることがあるよ…。魔法論が実技中心だととしたら…神学は魔法の論理的な補強…っていう感じ…」
「それじゃ、聖書を読めばいいのかしら?」
「そうでも…なくて…解釈が色々あるから…結構、難しくて…ええと…」
ハンスがノートを取り出したわ。
「この前、教えてもらったのだけど…実は…神様が精霊を遣わした、みたいな言葉はどこにも無くて…」
「そうなの!?」
知らなかったわ。明記してあるものかと。
「でも…聖典には…精霊により恵みがもたらされた、みたいな文言がたくさんあって…だから、この、『主は人とありとあらゆるものを造られた』という創世記から…精霊も神さまが造られた、という解釈をするらしいんだ…でも、宗派によって微妙に違うみたいで…」
「どう違うの?」
「僕の出身の…フィヨルド教会だと…精霊は元来世界に存在して、神も精霊の力で世界を造ったって…解釈してる…。ロッサム教授のは…シルバの教皇庁の見解に…近いみたい…」
「詳しいわね、ハンス」
「ううん…ロッサム教授が言ってた…あの人、フィヨルド教会についてもすごく詳しくて…」
「根本的な対策が必要ね…ハンスは夏季休暇、どうするの? もし手が空いているなら、手伝ってくれると嬉しいんだけど…」
そう言うと、ハンスが残念そうに首を横に振ったわ。
「夏場は…実家を手伝わないと…僕のところ、名ばかり貴族で…実際は農民なんだ…」
「そうなんだ。フィヨルドかぁ。小麦畑が大地の一面に広がっているのよね。まるで黄金の海のようだ、って本で読んだわ」
そうしたらね。
「それは…中央部だけなんだ…。僕の実家はフェンリル・ベルクってところで…北極海に面した、痩せて山がちな所でさ…。夏でも霧が多くて…小麦は育たないんだ…。蕎麦とか粟とかを細々と、作っているだけなんだよね…」
「そうだったの…苦労していたのね」
うん、とハンスが頷いたわ。
「だから、王立学院で勉強して…、両親を楽させてあげたくて」
なかなか、思う通りには行かないけどね。
ハンスはそう言って、寂しそうにはにかんだわ。




