第10話 皇王ビアンカと魔力9999
「あはは! それはシオンも災難だったわね! フランソワの指導は間違っていないわ、まぁ、アタシの性格を読み切れていなかったかもしれないけれど!」
カラカラとビアンカが笑う。お茶会よ。紅茶じゃなくてコーヒーだけど。
「もう、勘弁して、というかカスティリオーネ伯爵がいないならそう言ってもらえれば!」
ヤケ気味にスコーンを齧り付いたわ。クリームもジャムもたっぷり、なのが私流よ。ビアンカは厳格なクリーム派だけど。
「すんません、ミルクもらえます?」
シオンが挙手。
「ミルク?」
「そうなの、ビアンカ。コーヒーとミルクって相性がいいのよ!」
「それなら、試してみようかしら」
アレフが手を叩くと、静々と女官が現れてミルクを持ってきたの。ヒルダ女官長よ。ビアンカお付きの女官で、ビアンカが一番信用していると言っても過言ではないわ。女官長は静かにミルクを注ぐと、再び所定の位置に戻ったわ。所作がね、すごくきれいなの。
「あら、美味しい」
一口飲んで、ビアンカがそう言ったわ。
「でしょ?」
「よく知っていたわね、シオン。セシルは知ってた? ミルクと合うの」
「いや…知らなかった。コンスタンだと砂糖は入れていたけど」
ビアンカが少し考えるような素振りをして、シオンを見たわ。
「シオンって、もしかして東の出身?」
ここでいう『東側』はアリアとは国交がないルグ教徒の国々を差すわ。アリアを含めた私たちは『西側』と呼んでいるの。
「いえ、シラカヴェルです」
「シラカヴェル?」
ビアンカが首を傾げたの。小さな村だからね。
「シュタイル島の天険、シラカ山脈の中腹にある小さな村よ」
補足してあげたわ。
「シュタイルなんだ。フランソワと同郷になるわけね。知り合いだったの?」
「知り合いというか」
シオンと顔を見合わせる。
「顔と名前は知ってる、程度よ。アマアズミで何度か。黒髪だから目立つしね」
「最初はアレだったよな。『あなた、勇者?』って聞かれたよな」
「そうそう! だって黒髪なんて初めて見たんだもん。黒髪の勇者伝説、思い出しちゃって」
「昔から知り合いなの?」
ビアンカに尋ねられたわ。
「といっても、三年くらい前かしら?」
「そうだな、俺が一人で行商に出るようになってからだから、そのくらいだと思う」
「行商?」
再びビアンカよ。
「はい、山の中なので生活に必要なものが足りなくて。それこそマルタの薬屋にシラカで採れる薬草の納品をしたり、宝石屋に珍しい鉱物を納品してました。帰りは小麦とか薬とか、足りないものを持ち帰る感じで」
「だから、たまーに、偶然街中であったら声をかけるくらいで。本格的に交流するようになったのは学院に入ってからよ」
補足してあげたわ。
「ビアンカ…皇王へいか? もフランソワと知り合いなんですか?」
シオンが尋ねたわ。
「いいわ、ここではビアンカで。仲間しかいないし」
「助かります…」
「フランソワなんて、生まれた時から知ってるわ。私の方がお姉さんだからね」
「子供の頃はいろいろ、悪戯したわ。アリア王宮でかくれんぼしたり」
「逆に、あたしがシャルルに行って街中で遊びまくったりね」
「それで、ローランお兄様とカスティリオーネ伯爵に雷を落とされるの」
あはは、とビアンカと二人で笑う。
ちなみにローランお兄様は私とセシルお兄様の兄で、シャルロイド公爵家の長男よ。今は王都の法制局で活躍されているわ。
「俺も巻き添え食らったけど。お前がしっかりしなくてどうする、ってさ」
アレフがげんなりしたわ。
「俺は落とされる側だったな」
セシルお兄様。いつもかばってくれるのよね。
「ローラン様がいつも胃痛のネタにしてた」
「長男っていうのは大変だね、次男は気楽でいいや。公爵家を継ぐわけでもないし」
「ローランお兄様はお元気なの? 最近会ってないわ」
「元気だったよ、今日も判例集を片手にバシバシやってるぜ。この前なんて、『セシル、お前も手伝え』なんて言われてさ。僕は法令より人情派、って逃げてきた」
「…今度王都に寄ったら、何か持って行くね」
ローランお兄様の苦労が目に浮かぶようだわ。
「兄弟仲良くしなさいな。またすぐ出航なんだから」
ビアンカが呆れたわ。
「確かに、お兄様がアリアにいるのは珍しいような」
「放蕩息子じゃないんだけど…。俺も一応官僚だからさ、色々あるんだよ」
「でも、すぐ出航なんでしょ?」
「少しは休んでいいかな? あいつらにも休みをくれてやらないと。俺も休みたい!」
「バルトロメさんも元気?」
元海賊で今はセシルお兄様の副官なの。ノイエ・エーテル号には何度かこっそり乗せてもらったことがあるのだけれど、いかつい見た目と違って楽しくて良い人たちよ。
◇◇◇
そんな話をしていたら、一時間くらいあっという間に過ぎてしまったわ。
いけない、とビアンカが時計を見る。
「このまま話してたら日が暮れるわね。本題に入っていいかしら?」
「いいわ。シオンに会いに来たのよね」
コーヒーのお代わりを貰ったわ。お茶菓子も頂いたの。
「そうよ。とんでもない魔力を持っているらしいじゃない。シオンのご両親も高名な魔導士なのかしら?」
補足するけど、魔力って一般的に遺伝すると言われているのよ。
「いえ、実は両親がいなくて」
「そうなの!?」
それは初耳だったわ。
「そうだよ、生まれた時に亡くなったとかでさ。叔父に育てられたんだ」
「それじゃあ、魔導は叔父様に教わったのかしら」
ビアンカが続けたわ。
「多少は。叔父は元々、どこかの司祭だか司教だったみたいです」
「叔父様も同じ魔法を使うのかしら?」
「どうなんでしょう。叔父の魔法、あんまり見たことがなくて。俺の魔法は特殊、とは言っていましたけど」
「だから王立学院に来たの?」
「はい、知人も増えるし、世界も広がるだろう、って。あー、でも、そうですね。不思議なことがあるんですが」
「不思議なこと?」
「うち、貧乏だったと思うんですが…それこそこのコーヒーっぽいのとか、あと学院の学費とか、全部『心配するな』って言って出してくれて。どこにそんなお金があるのかなぁ、と」
「資金の出所がある…?」
ビアンカが考え込んだわ。なぁ、とアレフが続ける。
「シオン君の魔法、聞くところによると『消去』する効果があると聞いたけれど、今できるものなのか?」
「できます、けど、本当に無くなっちゃうので、消えてもいいものじゃないと」
「じゃ、これはどうだ?」
セシルお兄様が小さく詠唱をしたわ。水系統の初級魔法よ。水滴を集めて大きな水たまりを作る魔法なのだけど。
「それ、こっちに投げてくれます?」
シオンが言ったわ。
「ほい」
セシルお兄様が軽い感じでそれを投げる。シオンが手を翳したわ。
ぴちょん、と水が何かにぶつかるような音がして、そのまま消滅。
私は何度か見ているから、もう驚かないのだけど。
ビアンカは目を見開いていたわ。
「ホントに消してる」
「はい」
「黒髪…勇者…あるいは…漆黒…いえ、もっと前…神話…?」
ビアンカが何かを呟いたわ。そして。
「うん!」
そう言って、手を叩いたわ。
こういう時のビアンカって、何か隠してるのよね。こういう時は聞いてもダメなの。帝王学は徹底的に仕込まれているから、話してはいけないことは絶対話さないのよ。
「楽しい会見だったわ、ありがとう、シオン。そう言えば、ロッサム教授とグランド・ディベートで論争するんでしょ。準備は順調?」
その前にね。
「学院長も言っていたけど、グランド・ディベートって何かしら?」
「あら? セドリック先生から聞いてない?」
聞いてないわ。




