第9話 皇王陛下の巡幸、そしてフランソワの全力空回り。
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「これはこれはビアンカ皇王陛下、心よりお待ちしておりましたぞ」
「学院長もお変わりなく。ご健勝そうで何よりです」
一方で、学院のレセプション・ホールではビアンカの巡幸が始まっていた。
朝廷を終え、その後の出立。学院に到着したのは昼頃。
巡幸員は最低限であった。すなわち、アレフおよびセシル、および親衛隊のみである。
外交でもなく、教会相手でもない。宿泊も予定していない、ただ母校に行くだけだ、と典礼官と侍従長の反対を押し切ったのであった。
移動時間はおよそ2時間ほど。確かに、日帰りの距離ではある。
「魔吸槽の修理費については拝見いたしましたわ。決裁をおろしましたので、後日正式な通達が下りるかと」
「陛下のご配慮、痛み入りますぞ。さ、ぜひ学院をご見学なさって下され。ご卒業後は初めてでいらっしゃいますでしょう」
「その通りですわ。本日は心より楽しみにしておりました」
「その前に、ロッサムより申し上げたい議がございます」
「許可します」
「グリムワルド伯爵家は当主、ヤーヴェ教アリア教区大司教たるヨハネス=クリストフ・フォン・ロッサム・グリムワルドにございます。ビアンカ皇王陛下の慈悲を賜り、発言の許可を頂けたこと、神に誓い心より感謝申し上げます。ビアンカ皇王陛下のご威光は四海あまねく轟き渡り、神の御名において益々の輝きを放つことでございましょう」
「……拝聴しています。先を急ぎなさい」
「近年は学院生の風俗も乱れ、神の使徒たる我々人の定めを心得ず、無視し、大衆を扇動せんとする懸念が益々高じております。つきましては改めて神の祝福に感謝すべく、大討論会…グランド・ディベートを開催したく存じます」
「ロッサム教授」
もう少し、本論だけずばっと話して欲しいんだけど。
とは立場をわきまえて言わなかったが、ビアンカが怪訝な顔をしたのは事実である。
「グランド・ディベートはヤーヴェ教、枢機卿以上の立ち合いが必要であると記憶しております。枢機卿が来国されると?」
「皇王陛下のご慧眼に震えるばかりにございます。此度は学院の教育を兼ねた私的なものと考えておりますゆえに、正式にはグランド・ディベートではなく『公開討論会』が正しいものと存じますが、討論会の開催につきましてはシルバ教国はリシュリュー枢機卿の許可をこの通り得ておりますゆえに、グランド・ディベートの名称についても許可を頂いております」
ロッサムが羊皮紙を広げた。既に紙は汎用的なものであったが、教会など、一部公式書面について羊皮紙を使用する習わしが残っている。ビアンカも目を通したが、確かにリシュリュー枢機卿の署名であった。
「であれば、許可をいたしましょう。議題はなにを?」
「ビアンカ皇王陛下に神の祝福があらんことを! 心より感謝申し上げます。議題は近年世相を惑わしております、精霊論を否定せんとす不届き者、原子論者との討論会にございます」
「出廷者を」
「精霊論はプロヴァンス侯爵家は長男、そして学院レクターたるギリアム・ランス・ド・プロヴァンスをば。原子論はシャルロイド公爵家は長女、フランソワ・アリエル・ド・シャルロイドを予定しております」
「フランソワを…」
そこで、ビアンカが口元を緩めた。
「活発な討論を期待します…ところで、ロッサム教授」
「ビアンカ皇王陛下の仰せのままに」
「朕も臨席いたしますわ」
「は…はっ?」
「聞こえてまして? 朕も臨席する、と申したのです」
「は、ははーっ。び、ビアンカ皇王様のご親臨、正しく神の意志でございましょう! 全て滞りなく、神の祝福があらんことを!」
「フランソワさぁ」
「何よ…シオン、口上は完璧…?」
「呼びに来たけど」
はい、また寝てました!
がばっ、と瞳をかっぴろげる。まずい、侍従長だったらどうしよう!
と、思ったのだけれど。
「俺はもう少し、可愛い妹の寝顔を見ていたかったけどなぁ」
セシルお兄様!?
「兄妹なんすか?」
「そうだぞ~。君がシオン君かな?」
「そうっす」
「ふーん」
セシルがじろじろ、シオンを見た。
「妹に手を出したら殺す」
「いや、遠慮しとくっす」
「なんなの!?」
「いやぁ、ぐっすり寝てるなぁ、と思って」
「い、今何時ですの?」
「三時を過ぎたところ。お茶の時間だろ」
「び、ビアンカは?」
「先に待ってるぜ」
「わ、分かりましたわ! お兄様! ご安心下さいませ! このシオンめは私がきっちり教育させて頂きましたの! 侍従長でも典礼官でも、どんと来いですわ!」
「へぇ、それは楽しみだなぁ」
そこでセシルお兄様がにやっ、と笑った理由、もう少し考えれば良かったわ。
あー、緊張する!
ビアンカに会うだけなのに、シオンったらなんか平然として…いないわね。右手と右足が同じタイミングで動いているわ。ダメ、フランソワ。ここまで来たらなんとか、どうにか、恥をかかないようにするしかないわ。
何しろ想定問答は全然間に合わなかったんだから!
シオンにはこれだけ伝えたわ(明け方の、小鳥がちゅんちゅん鳴く頃に)
「…必勝法を教えるわ」
「…なに?」
「はい、か、いいえ、で答えて…」
「それなら、できそう…」
と言う感じで寝落ちよ、寝落ち!
公爵令嬢が平民の男と一晩明かして寝落ち!
俗にいう「朝チュン」ってやつ!
古典小説、白銀物語にそんな感じの話があったような…帝のご落胤が一晩の恋、とか。
いやいや、フランソワ、それはセシルお兄様で無くても怒るわ、スキャンダルだわ。アシュレイとかに見られてないわよね!? 見られてたら一晩で噂が学院どころか王都まで届くわ! カスティリオーネ伯爵の雷の方がよっぽどマシよ!
とか、考えている内に迎賓館に着いたわ。最上階のスイート・ルームへ。ここが謁見の場らしい。
セシルお兄様がゆっくりと扉を開ける…私は最敬礼、シオンは…やってしまったわ! 入場の場面を練習してなかった! ずかずかと入室するシオンを見て、血の気が引いたわ。
あ、終わった、私。
そしたらね。
「あら、貴方がシオン?」
聞きなれた女性の声。
「し、シオンと申します。ビアンカさま。えっと…けん…がく? だっけ?」
「お、おほほ、大変な失礼をいたしましたわ、ビアンカ皇王陛下。シャルロイド公爵家は長女、フランソワ・アリエル・ド・シャルロイドにございます。こ、このシオンめ、何分卑賎の身でございまして、礼儀作法を弁えておらず…決してビアンカ皇王陛下のご威光を損ねるような意図は微塵もございませぬわ。ぜ、ぜひ、言葉足らずのところは陛下の温情にすがるばかり、どうか、どうかお見逃しを…」
「なによ、フランソワ。学院で変な教育でも受けたの?」
顔を上げると。
「…あれ?」
後ろで、セシルお兄様が大爆笑したわ。
だって! 聞いてないもの!
ビアンカとアレフとセシルお兄様しかいないって!
「ふ、フランソワ。ど、どうすれば?」
シオンが混乱したわね。
「あー、ごめん、シオン」
がっくり、肩を落としたわ。
「…普通に話していいわ」
フランソワ、空前の空回り!
そして最強皇王と魔力9999の初対面! 果たしてどうなるやら…。
※本作は「カクヨム」および「アルファポリス」にも掲載しております。




