イェネーブル王国のその後④
「陛下、ラスター王国へ留学へ行ったロバート・ロックスとクロエ・フィーリスについてラスター王国から手紙が届いておりますが、いかがいたしましょう、私が処理いたしますか?」
「……ラスター王国からだと……?」
「は、はい、ラスター王国です……」
部屋でくつろいでいる新国王ヘイリーに対し、宰相は勇気を出し声を掛ける。
彼のお楽しみを邪魔してはいけないことは分っているが、各国へ派遣した魔法使いの状況を気にしており、他国へ向かった魔法使いたちの活躍を知りたいと思っているヘイリーへ声かけをしないという選択肢は取れなかった。
それに派遣理由には他国の魔法使いを知る意味と、この国へ連れて帰る魔法使いを探し出す意図もある。魔力不足に拍車がかかり、落ち着かない日々を過ごすイェネーブル王国の国王としては一番知っておきたい情報でもあった。
何より、今回ラスター王国へは宰相の自慢の息子ロバートが出向いている。
魔法使いの子供は国の宝。
それはつまり宰相にとっても大事な宝であり、自分の子供の中でも一番大切な子でもある。
少しの情報でも欲しいと、早く手紙を開いて欲しいと願うのも当然のことだった。
「宰相、入っていいぞ」
「はっ、失礼致します」
ヘイリーの私室に入ることに少し戸惑いながら、宰相は足を踏み入れた。
嫌な予感は当たって欲しくは無かったが、やはりヘイリーは妾の一人とお楽しみの最中だったようで、部屋の中には咽るような血の香りが漂い、使用人たちが動かなくなった妾を運び出している最中だった。
ガウン姿のヘイリーは自室の異常さなど気にすることも無く、宰相の前、何事もなかったかのように返り血を浴びたまま酒を楽しみ始めた。
「それで宰相、ラスター王国はなんと?」
「は、はい、失礼させていただきます」
ヘイリーから許可が出たということで、宰相は手紙を開く。
そして内容を見て驚く、自分の息子ロバートが学園で問題を起こしたことが書いてあり、また王城へ派遣されたクロエについては仕事を全くしておらず、迷惑でしかないと掛かれている。
つまりその結果。
ロバートは停学。
クロエは停職。
国を代表して異国へ向かった者たちのあまりの処分を目にし、宰相は言葉を失った。
「宰相、どうした?」
「いえ、あの…….」
「なんだ? 私に言えないことか?」
「いえ……その……」
正直に答えていいのか宰相は悩む。
息子の不祥事だ、宰相にまで咎が及ぶ可能性もある。
「ふむ、見せてみろ」
言い淀む宰相を不審に思ったのだろう。
ヘイリーは宰相から手紙をひったくり、自らの目で確認を行う。
「ロバート・ロックスが停学? クロエ・フィーリスが停職、か? ……ロバートは確か宰相の息子だったな? 出立前に顔を合わせたあの少年だな?」
「は、はい」
「クロエ・フィーリスはフィーリス伯爵家の娘か……ふむ」
手紙を見つめ首を傾げるヘイリー。
もしかしたら息子が他国で問題を起こしたことを理由に、ロバートだけでなく自身の首が飛ぶかもしれないと宰相はゾッとした。
だがヘイリーから聞こえてきた言葉は罵声でもなんでもなく、称賛に近いものだった。
「ハハハッ、ロバートはあの国の王太子に怪我を負わせたらしいぞ、中々好戦的なようだな」
「えっ?」
ヘイリーから手紙を渡され、宰相はもう一度詳しく目を通す。
どうやらロバートは学園内で王太子の手に怪我を負わせてしまったらしく、それが理由で停学になったようだ。
自分より権力のある人物に対し、へりくだることなく攻撃的な様子を見せたロバートのことをヘイリーは気に入ったのだろう。ニヤリと悪い笑みを浮かべていた。
「ふむ、クロエの方は書類仕事を怠ったそうだ……あの国は魔法使いに書類仕事をさせるのか? それでは宝の持ち腐れではないか、愚かしい……魔法使いは魔法を使ってこそ価値があるものだ、それを机に向かわせるとは馬鹿馬鹿しいにもほどがある、これではラスター王国への留学は取りやめてもいいぐらいだなぁ」
「はい、そうでございますね……」
宰相は心からホッとしていた。
魔法使いを不当に扱えばロバートやクレオが怒るのも当然。二人に何の落ち度もない。
停学や停職はラスター王国が過剰に反応したからのことだろう。
イェネーブル王国では罪にも問われないことだ。
クロエの場合、替えの利く一般人にやらせるべき仕事を魔法使いに行わせようとしたから起きた事件。
それにロバートに至っては目上の者とはいえ非魔法使いに怪我を負わせただけで、王太子でなかったら停学になどならなかった些細なことだ。
イェネーブル王国では起きない事件に対し、魔法使いの彼らは巻き込まれただけ、ある意味被害者のように感じた。
「ふむ、宰相、クロエとロバートへ手紙を書いて事情を報告させろ。それと二人に付いている人間からもな。あの国で何があったのか詳しく知りたい、それにラスター王国の考え方も二人の目線からなら詳しく分かるだろう、今後の対策も用意せねばな」
「は、はい、陛下、有難うございます、すぐに対応させていただきます」
死の危機を感じた宰相だったが、今回の事件のお陰でロバートの名を陛下は覚えてくれたし、好戦的で優秀な魔法使いだと気に入ってももらえたらしく、宰相はホッと胸をなでおろした。
(これでロバートは帰国後にはすぐに陛下の親衛隊に入ることも可能となったな……)
ロバートという自慢の息子のお陰でロックス家の安定を確信し、宰相は笑顔を浮かべた。
そしてそれから二週間後、ロバート達から手紙が届いた。
早速ヘイリーの下へ向かい、手紙を開き内容を確認する。
ロバートの真実の言葉を読み、宰相は笑いを抑えられなかった。
「アハハ、陛下、素晴らしい報告です!」
「なんだ? お前の息子は何と言っている?」
「はい、高魔力保持者の少女を見つけ自身の婚約者に決めたと! この国の為、留学後は必ず連れて帰るとそう言っております!」
「なんだと! ラスター王国に高魔力保持者がいたのか! それにその娘を妻にするだと! 宰相、お前の息子は凄いではないか! これで次期魔法大臣はロバートに決定だな!」
「はい、陛下、有難うございます!」
このままいけばロバートはこの国最年少の魔法大臣になれるだろう。
幼いころから一流の家庭教師に習い、魔法を勉強してきたことだけはある。
ロックス家初の魔法使いは親が望む以上の成果を上げてくれたらしい。
数人の妻を娶り、魔法使いの子を作って良かったと、宰相は自慢げに微笑んだ。
「それで、クロエの方はどうだ?」
「はい、今すぐに読みます……ああ、クレオも同じようですね、ラスター王国で良き魔法使いとの出会いがあったそうです。今、その男の存在を探っているところだそうですが、必ず手に入れるとそう言っております」
「ほう、クレオも頼もしいな、成功した暁にはフィーリス伯爵にも何か褒美を与えなければだな」
「陛下、有難うございます、きっとフィーリス伯爵も喜ぶでしょう」
ロバートとクロエからの手紙を鵜吞みにし、高魔力保持の魔法使いが手に入るとヘイリーも宰相も信じて疑わない。
だがロバートは結婚の申込をしたは良いが、フリージアに嫌われとっくに断られているし、王太子であるザレックスには注意をされ、兄であるジェイソンには警戒されている。
たとえこれからどんなにロバートが頑張ってアプローチしようとも、フリージアの心を射止めることは無理に等しい。
それにフリージアの心には既にエルドレッドが住んでいる。
どう足掻いてもロバートがエルドレッドに勝つのは無理だ。
ラスター王国国内に居るロバート自身でさえそのことに気付いていないため、宰相が現実に気付くはずもない。
そしてクロエの方も同じ。
一度会ってエルドレッドの見た目を気に入り、手に入れるため仕事もせずに王城内を探し回っているが、エルドレッドが見つかるはずがない。
それに何より、エルドレッドはクロエのことを「始末してもいい程度の人間」だと判断している。
どんなに彼女がエルドレッドを気に入ったとしても、恋を成就させることは無理だと言える。
もししつこくエルドレッドを探せば、確実にフェリックスに警戒され、エルドレッド自身もクロエを遠ざけるだろう。
いっそのことクロエを消せばいいと考える可能性もある。
フリージアにクロエの存在を知られるぐらいならばと、エルドレッドならば簡単に判断しそうだった。
「フフ、宰相、イェネーブル王国はこれで安泰だな」
「はい!」
まだ何も決まっていない未来を思い浮かべ、ヘイリーはほくそ笑む。
自身が王になってやはり良かった。
これこそ天の思し召し。
無能な王を排除し、兄弟たちを追い出したことでヘイリーの治世は落ち着いたと言える。
やはり自分こそが選ばれし王なのだ。
ラスター王国からの報告は、ヘイリーをますます傲慢にするには十分な出来事であった。




