友人の紹介
お昼の時間になると、ロバートがフリージアの傍に来て笑顔を向ける。
エルドレッドの優しい笑顔とは違い、格下の女だと舐め切っているその笑顔を見てフリージアの嫌悪は深くなる。
ロバートとは出来るだけ距離を取りたい。
勝手な結婚の申込やこれまでの言動から、フリージアのロバートへの警戒心は増すばかりだった。
「おい、フリージア、一緒にお昼に行くぞ、私の付き人をお前に紹介してやる。婚約前だが破格の対応だ光栄に思え」
「……お断りします。貴方とお昼に行くつもりはありませんし、今日は先約がありますから」
フリージアに執着し始めたロバートに対し、しっかりと断りを入れるフリージア。
勝手な解釈をするロバートに取り繕った言葉は通用しない。
ハッキリと言わなければイェネーブル王国に連れていかれる、そんな不安があった。
けれどロバートの思考はどこまでも前向きで、フリージアが皆の前で素晴らしい男に突然プロポーズをされ、その上お昼にも誘われて照れている……そう思ったようで、その顔にはニヤニヤした嫌なものが浮かぶ。
「フフッ、照れている姿もなかなかいいじゃないかフリージア、控えめな女は私好みだ。まあ、先約があるなら仕方がない、今日のところは許してやるが、友人関係は今後私に相談するように、イェネーブル王国は序列に五月蠅いからな」
「……失礼します!」
相変らずの上から目線にフリージアの堪忍袋も切れそうだった。
人の話を聞かないロバートに何を言ったところで無駄。
良いように解釈されてしまう。
なので出来るだけ会話をせず、フリージアはロバートと目を合わせることもせずにアミティの席へ向かう。
「アミティ、お待たせ、お昼に行きましょう」
「あ、はい、あの、有難うございます、フリージア様」
背中に視線を感じたが、フリージアは振り返ることなく食堂へ向かう。
フリージアだけならまだしも、アミティにまでロバートからの被害を掛けたくなかった。
「……あの、フリージア様、大丈夫ですか?」
「うん、ごめんね、嫌な態度を見せて、あの人がどうしても気持ち悪くて……」
「お気持ち分かります、ロバート様ってちょっと不思議な方ですよね……言語が通じないような感じで……」
「うん、そうなの。ちょっと苦手なんだよねー……」
アミティは他国の留学生であるロバートを気遣い『不思議な方』と表現しているが、その顔色は余り良い物ではない。
自分がフリージアと同じ立場だったら。
そんなことを想像してしまったのかもしれない。
ロバートの粘着質な性格に身震いしそうな様子だった。
「フリージア様、こちらですわ」
「エイブリー様、カミラ様、お待たせしました」
食堂に着くと、入り口付近でエイブリーとカミラが待っていてくれた。
二人の笑顔を見てフリージアはやっと息が吸える。
いつもの自分の居場所に来た、そんな気持ちになれた。
「エイブリー様、カミラ様、この子がアミティ様です、私と同じクラスなので仲良くして下さいね」
「アミティ・フラーです、あの、よろしくお願いします」
エイブリーとカミラにアミティを紹介すると、アミティが名を名乗り勢いよく頭を下げる。
ロバートの行動に気持ち悪さを感じて顔色が悪いと思っていたけれど、もしかしたらエイブリーとカミラに会うことに緊張していたのかもしれない。
彼女たちは同年代の令嬢の中でも目立つ存在だ。
これまで貴族令嬢と接したことが殆どないアミティが緊張するのも当然だった。
「アミティ様、初めまして、エイブリー・ガルシアですわ、仲良くして下さいませね」
「アミティ様、私はカミラ・フィルファです、よろしくお願いいたしますね。実は魔法科の三年に兄がいますの、兄とも仲良くしてくださると嬉しいですわ」
「ひ、は、はい、よろしくお願い致します!」
緊張気味のアミティを前に、エイブリーとカミラは余裕の笑顔を向ける。
アミティの境遇を知る二人は、今後友人としてアミティを守ってくれるだろう。
心強い二人の様子にフリージアも笑顔になれた。
「色々あってお腹空いちゃった、食事を受け取りに行こうか」
「ええ」
「そうですわね」
「はい」
注文を終え食事を受け取ると、空いている席に四人で向かう。
その間も楽しい話題で会話は弾み、茶会に出席したことのないアミティを今度各家が誘おうという話になった。
「それにまたお泊り会もしたいよねー、あの日はすっごく楽しかったし」
「いいですわね、次回はアミティ様も是非一緒に」
「アミティ様、寮生でもお泊りは出来ますわよね?」
「はい、あの、前もって許可を取れば外泊も大丈夫です」
次回のお泊り会に向け四人で盛り上がっていると、「フリージア」と声を掛けられた。
声の主はフリージアの兄ジェイソンで、隣には王太子のザレックスと、もう一人緊張気味の男の子がいて、カミラがその少年を見て「お兄様?」と呟いた。
「フリージア、良かった、やっぱりここにいた」
「ジェイ兄様、それにザレックスも、どうしたの、何かあった?」
「いや、顔合わせとかしてるだろうなって思って、僕たちも便乗しようと思ったんだ」
「便乗?」
「そう、フリージアの友達にザレックスも紹介したかったし、パーカーにザレックスを紹介したかったし、丁度いいと思ってね」
「丁度いいって……」
カミラの兄パーカーが無言のままペコリと頭を下げる。
兄のジェイソンは誰とでも気軽にな仲良くなる人だけど、急に王子と顔を合わせることになったパーカーは顔色が悪く少し可哀そうだ。
女の子たちも王子の登場にさっきまでの自然な笑顔とは違い令嬢らしい笑顔を浮かべている。
ただアミティだけは別で、笑顔が消え緊張の顔に戻ってしまった。
王太子の登場はキャパを越えてしまったようだ。
「みんな、私はザレックスだ。ここでは友人として気軽に接して欲しい。学園内では僕も一人の生徒だ、学年の違う友人としてフリージアの従弟としてこれから仲良くしてくれると嬉しいかな」
「そうそう、学生だし気軽にねー」
「もう、ジェイ兄様ったら……」
取り敢えずお昼を摂るため皆で席に座る。
ザレックスの横にはジェイソンとパーカー、そしてザレックスの目の前にはフリージアが座る形にした。一番緊張しているアミティが端の席に座りホッと息を吐いている。
入学早々にロバートのことでも気苦労を掛け、ザレックスのことでも緊張をさせている。
フリージアは友人として物凄く申し訳ない気持ちになった。
「フリージア、授業はどう? ちゃんと先生の言うことを聞いてる? 迷惑かけてないかな?」
「もう、ザレックスってば揶揄って、すぐにそういうこと言うんだから……ちゃんと先生の話は聞いてます。エルトール先生の教え方は分かりやすいし、私は真面目な生徒なんですよ、ねえ、アミティ?」
「は、はい、エルトール先生の授業はとても分かりやすいです。それにフリージア様の魔法は凄くて……フリージア様、先日の魔法、本当にカッコ良かったです!」
「アミティ、有難う」
各自のクラスの授業の様子などを話し、だんだんとザレックスの存在も気にならなくなる。
パーカーは魔道具の研究を先輩たちから引き継いだらしく、その説明をフリージアとアミティにしてくれて、良かったら研究室に遊びにおいでと誘ってくれる。
「フリージアが学園で楽しそうで安心したよ、僕の妹は可愛すぎるから変に目立つんじゃないかと心配だったんだ」
「もう、ジェイ兄様ったら、またそんなことを言って……」
妹想いは嬉しいが、他の女の子がいる前で妹を過剰に褒めるのはやめて欲しい。
変な勘違いをされてジェイソンが結婚できなくなったらどうしよう。
そんな心配をしたけれど「優しいお兄様で羨ましいですわ」と女の子たちは好意的だった。
「みんな、何か困ったことがあったら僕に相談してね。一応生徒会に所属してるし、力になれることもあると思うんだ」
「困ったことか……」
「フリージア? 何かあった?」
「えっ? ううん、何にもないよ」
一瞬ロバートの顔が浮かびザレックスに相談しようかと思ったが止める。
まずはエルドレッドに相談したいし、プロポーズのことは両親に話すべきだろう。
心配顔のアミティのに頷き返し、怪しんでいるザレックスにもう一度「何でもないよ」と答えていると、「フリージア!」と大きな声で名を呼ばれ驚いた。
「えっ? ロバート? 何でここに?」
怒っているという感情を前面に出し、ロバートがフリージアに近付いてくる。
普段魔法が使えない生徒を馬鹿にして食堂には近付かないロバートとしてはあり得ない行動に、ストーカーという言葉がフリージアの脳内に浮かぶ。
兄のジェイソンが立ち上がりフリージアの前に立ち、アミティは守ろうとしてかフリージアの腕をギュッと掴んでくれた。
「君は私というものがありながら、複数の男を侍らせているのか!」
「はぁ?」
ジェイソンが嫌悪感丸出しで意味の分からないことを吐くロバートを睨みつける。
そしてロバートの後ろにいるお付きだと思われる少年は、青い顔でロバートの名を呼び止めようとしていた。
どうやら彼はジェイソンが誰であるかもザレックスがどんな存在なのかも分かっているようだ。
いけませんとロバート様と止めているが、相変わらずロバートは人の話を聞かないようだった。
「お前は誰だ?」
「お前こそ誰だ! フリージアは私の婚約者だぞ、勝手に近づくのはやめてくれ!」
ロバートの叫び声を聞き、ジェイソンとザレックスが目を丸くする。
フリージアの婚約が決まったという話は聞いていない。
家族が知らない話を赤の他人から聞かされて、何を言っているんだこいつはと驚きを隠せないようだった。
「俺はフリージアの兄だ」
「兄?」
「ああ、そうだ、兄だ。可愛い妹がお前のような礼儀のなっていない者と婚約するなどあり得ない。おまえこそ勝手なことを言って妹の名誉を落とさないでくれ。妹の結婚相手はまだ決まっていないが、常識のない君ではないことは確かだからな!」
「貴様……私を愚弄するなどフリージアの兄だとしても許せない言葉だぞ! イェネーブル王国出身の魔法使いを馬鹿にしてただで済むとは思うなよ! 今すぐ私の力で叩きのめすことも出来るんだぞ!」
「ああ! おまえがイェネーブル王国出身の魔法使いか……ハハハッ、道理で愚かなはずだ。俺の大事な妹がどんな存在かも知らずに迷惑を掛けるんだからな」
「貴様!」
ジェイソンの言葉にカッとなったロバートが手に魔力を集め出す。
こんな人の多いところで魔法を使ったらどうなるか。
ロバートの威力の弱い魔法だって身を護るすべがない生徒が受けたら無傷では済まないだろう。
「やめろ」
「なっ!」
ザレックスがロバートの腕を掴む。
魔力の集まる手の平を掴むことは刃物を掴むのと一緒。
手のひらがジュっと音を立てて火傷している気がするが、ザレックスの顔には冷たいものが浮かんでいる。
「王太子として、そして生徒会として命令する。この場で魔法を使おうとするのはやめるんだ。私は君を退学にすることも出来るんだぞ、それだけの権限が私にはある。今すぐ行動を改めなさい!」
「た、退学だと?」
退学と言われ、流石のロバートにも焦りの色が出る。
それも相手がこの国の王太子だと知り、流石に今の状況のヤバさに気が付いたようだ。
お付きの少年もロバートの腕を掴み止めようとしている。
入学したばかりでの退学は流石に自国へ報告できるものではない。
イェネーブル王国の魔法使いであり、国の代表で留学に来ているからこそ、それは恥ずかしいものだった。
「ロバート・ロックス。君には職員室に来てもらう、この状況を学園に報告するからね」
「な、なんだと、悪いのはこいつだろう! 私は被害者ではないか!」
ザレックスはロバートの手を掴んだまま問答無用で歩き出す。
その後ろにはジェイソンが続き、お付きの少年もついていった。
残されたフリージアたちは大きなため息を吐く。
何をしでかすか分からないロバートだったけれど、まさか食堂にまで付いてくるとは思わなかった。
でもそれだけフリージアに執着しているということで……
この先も付きまとわれる可能性があると思うと怖さしかない。
身震いしそうな体をギュッと抱きしめる。
「フリージア様、大丈夫ですか?」
心配する友に向け、フリージアは頷いて返事を返す。
ロバート自身が怖かったということもあるが、フリージアの大切な人達まで傷つけるロバートの考え方が怖くて仕方がない。
(私……凄く弱い……)
大切な家族であるジェイソンとザレックス。
なのにロバートという敵の前一歩も動けなかった情けない自分。
突然のことで頭が回らなかったという言い訳もあるが、何よりもこれだけの力を持ちながら、家族を守るため魔法を発揮できなかった自分に悔しさが募る。
「エルドレッド……」
誰にも聞こえない声でフリージアが呟いた名は、頼れて安心できるエルドレッドのもの。
このどうしようもない感情を今は全て吐き出し、エルドレッドに聞いてもらい、フリージアは只々甘えたかった。
こんにちは、夢子です。
地震台風と荒れておりますが、皆さま被害は大丈夫でしょうか?
皆さまが平穏に過ごされていることを祈っております。




