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「エルは……生きているのね」


 困惑していれば、女性はゆったりとした口調で続ける。


「貴方が見ているこの世界は現実……本物なの」


「これが……現実?」


 声も聞こえるのか、女性は私の言葉に頷いた。


「遠い過去……貴方は、それを見なくてはいけない。もっとも、勝手に見えてしまうでしょうけど」


「勝手に……? どうしてそんなこと」


「今は、時間が無いわ。また会えるか分からないし――これを」


 女性は目の前に、なにかを差し出す。おそるおそる受け取ると、それは小さな石の付いたブレスレット。それを右手に付けててね、と女性は言う。


「それが、証拠になるから。――エルに見せてね?」


「証拠って言われても。それに私は、エルなんて人――?」


 知らない、と口にしたはずの言葉は音になることはなく。また、目の前の景色が揺らいでいった。途端、このままでは女性と話せなくなると理解した。思わず手を伸ばしたものの、それが届くことはなくて……景色が、全て消えてしまった。


 ――――――――…

 ――――――…

 ―――…


 やわらかい感覚。なんだろうと思い目を開ければ、見慣れた天井が目に入った。

 そっか……雅さんに、送ってもらったんだっけ?

 頭を横に動かせば、そこに誰かがいる気配がした。何度か瞬きしていると、雅さんの顔が。


「ごめんね。そのまま帰ろうとしたんだけど、ガマンできなくて」


「がま、ん……?」


 まだ頭がハッキリとしなくて、どういうことなのかわからない。


「寝かして帰ろうとしたら、美咲ちゃんがうなされててさ。それが心配で撫でてたんだけど――ね?」


「何か……あったの?」


「まぁ~……あったと言えばあった、かな?」


 歯切れの悪い言い方に、私はますます何を言いたいのか分わらなくなった。


「寝ぼけてるのはわかってるんだけど、そっちから来るなんて予想してなかったから」


 戸惑う雅さんに、私はゆっくりと起き上がり、もう一度なにがあったのかと聞いてみた。

 しばらく黙っていたけど、何度か深呼吸をした後、雅さんはようやく口を開いた。


「――美咲ちゃん、オレに抱きついたんだよ」


「私から、ですか――?」


「それでオレも、つい抱き寄せちゃって。またおでこにキスしちゃったんだよね」


 女性には抱きついたけど……もしかして、それが雅さんだったの!?

 恥ずかしさが込み上げた私は、雅さんの顔が見れなくなっていた。


「ゆ、夢を……見てて。女の人に抱きついたってのは、覚えてるんだけど」


「それって、どんな夢だったの?」


 その言葉に、私は言葉を詰まらせた。自分では夢だと思っているけど、女性は遠い過去の――本物だと、そう言っていた。それをどう言っていいものかと、私は頭を悩ませていた。


「自分でも……よくわからないの。女の人と少年が出てくるんだけど、その二人を見てる感じ、かな?」


「それからどうなるの?」


「女の人が「感染してる」って言って。少年に、自分を置いて行くように言うの。女の人が一人になると、私に話しかけてきて……そうだ。確かブレスレットを渡されて」


「もしかして……それ?」


 指差す方を見れば、私の右手には、今話していたブレスレットがはめられていた。

 あれは……本当に本物だった?

 これを見てしまえば、さっきのことがただの夢でないと信じざるをえない。


「そうこれ! 女の人が「証拠になるから、エルに見せてね」って」


「それ……本当?」


「うん。確かにそう言っ、た……」


 空気が、がらりと変わる。

 正確には、雅さんから感じる雰囲気が変わったのかもしれない。初めて会った夜のように……少し怖い雰囲気を、肌で感じた。


「その人の名前、わかる?」


「確か……「エメ」って」


 その言葉を聞いて、雅さんは口元を緩める。いつもと違う雰囲気に、私の体は、次第に緊張していく。


「もし、だよ。もし美咲ちゃんが同じ立場なら……どうする?」


 どうするもなにも……女性の言い分も、少年がしたことも間違いではないと思う。だから正直に、私は思っていることを伝えた。

 なのに雅さんは、自分から聞いたにも関わらず、特に関心が無いかの素振りを見せた。


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