.
「このままで、大丈夫」
「そう? オレとしては、もっとくっついてほしいけどねぇ~」
悪戯っぽく微笑む雅さんに、私は顔を背けた。顔が赤いからって理由もあるけど、なにより恥ずかしい。
「私が先に行きますので、二人は後に続いて下さい」
そう言って、先生は部屋の奥に置かれた姿見鏡に片手で触れた。すると――鏡が徐々に、淡い光を放ち始める。どんな仕組みなのかと思っていれば、先生はあっと言う間に、鏡の中に入ってしまった。
「それじゃあ行くよ」
自然と、服を握る手に力が入る。
先生の後に続き、私たちも、鏡の向こうへ足を踏み入れた。
湖の時とは違って、なんだか浮遊感を感じる。次第に眩しくなり、目を閉じながら進んでいると、
「――――着いたね」
その声に、私は目を開けた。
空は赤く、青い月が浮かんでいて――間違いなく、私は別の世界に来たんだと実感した。
「ここからしばらく走ります。日向さん、まだしばらくそのままでいて下さい」
「はい、わかりました」
「オレはこのままでもいいけどねぇ~」
楽しげに笑う雅さんにつられ、私も笑っていた。さすがにずっとは、なんて突っ込みながら、道のりは意外にも怖いとは感じなかった。
「――ここに、何かあるんですか?」
着いたのは、朽ち果てた家が立ち並ぶ場所。雰囲気からして、村か町だったんじゃないかと思う。
私を下ろすと、雅さんは私に手を差し伸べた。
「手、いいかな?」
それに頷くと、雅さんは優しく私の手を握った。
「ホントはまだくっつきたかったけどねぇ~」
「もう……またそんなこと言って」
こうやって話しているおかげで、不安に襲われることは無かった。さり気なく気遣ってくれる雅さんに感謝しながら、先へ進み始めた。
「――――?」
足を踏み入れた途端……また、不思議な感覚が体を走る。マンションに着いた時よりもハッキリ、その感覚がわかる。
「美咲ちゃん?」
「えっ……?」
「どうかした? なんか気になることでもあった?」
「自分でも、うまく説明できないんだけど……なんかこう、不思議な感じがして。嫌な感じはしないんだけど」
話をしていると、前を歩いていた先生が立ち止まる。どうやら目的の場所に着いたらしく、先生は真剣な様子でこちらを振り向いた。
「―――日向さん」
名前を呼ばれ、私は思わずビクッと体が震えた。いつもの雰囲気とは違い、どこか緊張を帯びた声に感じたから。
「ここから、少し先に石碑があります。――分かりますか?」
指差す方向には、確かに、小さな塊のような物が見えた。それに頷くと、先生は真剣な眼差しを私に向ける。
「ここから……一人で、あの石碑に触れて下さい」
「!? ひ、一人で……ですか?」
意外な言葉に、私の声は少し震えていた。
ここから石碑まで、軽く見ても50mはあろうかという距離。
あそこまで、一人で歩くなんて……。
周りは深い木々に囲まれていて、いつなにが出てもおかしくない雰囲気。またあの影が出るんじゃないかという恐怖が、頷くことを戸惑わせていた。




