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*****


 夜も深まる頃。

 外は、雨が降りは出していた。




「――――珍しいな」




 この世界で雨が降ることは滅多に無い。

 そして、雨が降るということは、ここでは意味のあることだった。




「――――呼ばれたか」




 胸騒ぎを覚えた蓮華は、美咲の部屋を覗いた。しかし、そこには寝ているはずの美咲がいなかった。

 雨は、大地と空を行き来する。降り続く間、ここでは古き存在や、魔が住む場所と繋がりやすくなる。

 だが、それを体験出来るのは一握りの者。負の心を持つ者は、この雨の中にいることさえ難しい。




「――――雅もか」




 ぽつり、窓から空を見ながら呟く。

 しばらく部屋に留まっていれば――ふわり、花の香りが漂ってきた。


「ほう。懐かしい匂いがするものだな」


 口元を緩める蓮華。

 立ち上がると、部屋から出て木葉を呼びつけた。


「雅と美咲に、着替えを用意してくれ」


「はい。では、温かい物もお作りしておきましょう。――蓮華様も、いかかですか?」


「あぁ、頼む」


 木葉を待っている間に、雨がやんだ。

 再び花の香りがすると――ひらり、花びらが舞いこんできた。


「お前の花は、とても香しい。――そろそろ、本当の別れ時か」


 部屋に舞い込んだ花びらを手に取り、懐かしむ。




「安心して逝けよ――咲」




 花びらに口付けをすると、それを外へ放す。

 風に乗り空へ昇っていくさまを、蓮華はしばらく眺め続けた。


 /////


 美咲ちゃんを抱え歩いていると、急に雨に降られた。最初はこれぐらいの雨ならどうってことないと思ったが、雨は強さを増していくばかりで。辺りを見回せば、ちょうど雨をしのげそうな大木を見つけた。


「ごめんね。すぐに帰れなくて」


「いいえ。謝ることないです」


 疲れているのか、美咲ちゃんは目を閉じたままで会話をしていた。眠気は無いらしいが、黙ったままだと、死んでいるんじゃないかと思えるぐらい安らかな顔をしている。


「――――」


「――どうしました?」


「えっ、何が?」


「ずっと、こちらを見ているようだったので」


 ずっと見てれば、さすがに視線を感じるか。


「いや、何も無い。ただ――美咲ちゃんの顔を、見ていただけ」


「そうしていると、何かあるんですか?」


「いや、何も。だが――オレは安らぐかな」


「? 安らぐ――」


 目を開け、視線を向ける美咲ちゃん。その瞳は、薄ら色付いているように見える。


「自分を見ていると、安らぐんですか?」


「あぁ。だが、いつもってわけじゃない。安らいだり、不安になったりもする。それでも、安らぎの方が勝ってるけど」


「よくわかりませんが――自分も雅さんを見ていれば、そういう感情がわくのでしょうか?」


 じーっと、まっすぐに見つめられる。

 オレに対して何も感じていない。頭ではわかっているのに……その無垢な表情に、期待をしてしまう。


「――――雅さん?」


「っ!」


「今のは――なんですか?」


「? 何って――」


「触れた途端、今と同じような体勢で、男女の顔が近付く光景が見えました。あれが――雅さんの気持ちですか?」


「男女が顔を――っ!?」


 頭痛と共に、頭に景色が駆け巡る。

 そこでオレは、以前見た女に今と同じようなことを体験していた。

 その時もこうして雨宿りをし、オレはそいつに初めて――。


「雅さん? 雅さん?」


「――悪い、大丈夫だ」


「でも、顔を歪めていましたし」


「ホントにもう大丈夫。ありがとう」


「それならいいですが。――今見えたのは、雅さんの記憶ですか?」


「あぁ――おそらく」


「二人とも、すごくいい笑顔をしていました。顔を近付ければ――雅さんも、笑顔になりますか?」


 記憶にあるのと同じく、美咲ちゃんの片手が、オレの頬に触れる。

 表情こそ乏しいが、それは紛れもなく、あの時と同じ光景だった。


「嬉しいが、それを他のやつにやられたらイヤだな」


「他の人には、やってはいけないことなんですか?」


「悪いというか。近付くまではいいんだ。その先――顔を近付けていった先のことは、誰にでもしていいものじゃない」


「――――そうですか」


 ゆっくり、頬から手が離れていく。

 出来ることなら、この手を掴み抱きしめたい……。

 だがそれをしてしまえば、今度こそホントに、君を傷付けてしまう。

 気持ちを押し殺し、なんとか平静を保とうと心掛けた。余計なことは考えるな。考えてはダメだと、自身に強く言い聞かせる。


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