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離れの幽霊レディ  作者: 知香
12/17

12.信じてみたらどうかしら

 今日もビスクドールを愛でていた。棚の上に並べられたビスクドールは着せ替えが出来る。棚の引き出しの中に様々な洋服や小物が仕舞われており、今日はどの子をどんな服に着替えさせようかと悩んで悩んで、よしこの子!、と決めてルンルンにビスクドールを手に取ろうとした。が、あろう事かビスクドールを上手く掴めず、ぼとりと床に落としてしまった。

 慌ててしゃがんでビスクドールを抱えようと両手を伸ばしてはっとした。腕が割れていた。声にならない声が出た。



「うわあぁっ!」


 マクスが珍しく一人で私の所を訪ねて来た。そして棚の陰で壊れたビスクドールを抱き締めてしゃがみ込み、悲壮感たっぷりに落ち込んでいる私を見つけて驚きの声を上げた。集中力を欠いているせいで棚に凭れ掛かった頭はちょっとめり込んでいた。


「珍しく幽霊らしい事しないでよ!驚くじゃないか」


 幽霊なんだからそう見えたって仕様が無い。


「ビスクドールが……腕が……」


 まだ子どもであるマクスに今にも泣きそうな様子で訴えた。幽霊だから涙は出ないけれど。


「腕……?壊れたの?」

「ごめんなさい……」

「父様に修理出来ないか聞いてみるよ」

「ごめんなさい……」

「……幽霊にそんな風に謝られるとレディでもちょっと怖いからもう謝らないでよ」

「……ごめんなさい」


 一先ず壊れたビスクドールをマクスに渡した。マクスはビスクドールを受け取ると溜め息をついてからソファに座り、ビスクドールをローテーブルの上に置いた。

 いつもと違って元気が無い。それに不貞腐れた様子に怒っている雰囲気も加えられている。そして特に何も言わない。ソファに膝を抱えて座り黙り込んでいる。

 こういう時、何かあったのかと聞いてあげるべきなのか、それとも何も聞かずに話し出すまで放っておくべきなのか、とても迷う。


 ティナーリアは私に何でも話す子だった。腹が立つ事があったら私に話して少しスッキリした表情を浮かべていた子だった。

 親子と言えども同じと限らない。性別も違うし、公爵の遺伝子が影響しているのかもしれない。……という、理解してあげられない自分への言い訳だった。せっかく幽霊なんだから、壁をすり抜ける様に人の心の中もすり抜け覗けたら良いのに、なんて。


 でもそんな事を思いながらも何となくは察していた。

 公爵の新しい妻候補の方と顔合わせがあったそうだ。結婚までの準備も順調だとも聞いている。そして今日ワイアットが来ていない事を踏まえれば……


「……ワイアットが寝返った」


 マクスがポツリと言った。やっぱりかぁと思った。マクスはグッと膝を抱えている腕の力を強めた様に思えた。悔しいからか、もしくは私に告げ口している自身に迷いでもあるのか。

 マクスだけが意固地になって家族の中で孤立してしまうのは辛くなると思うので避けたい。しかし私には解決策が思い付かない。幼い頃は父の言う通りに、側妃になってからは夫である国王陛下の言うがままに、自身の意思を尊重した事など殆ど無い。考える事を放棄し顔色を伺って流されるままに生きて来た私の人生は、誰かの助けになるモノを生み出す事が出来ないのだ。

 だから私はそばで頭を撫でてあげる事しか出来ない。


「どんな方だった?」

「……レディが、相手の良い所が見れるかもって言ってたから、緊張したけど顔合わせにちゃんと出席したし、話さないとって思ってたけど……」

「けど?」

「僕達の方なんて全然見ない」

「まあ」

「父様を見てばかり。結局、格好良い父様にしか興味無いんだよ」


 あの公爵の見目の良さなら今でも女性にモテるだろう。女性の視線を集めてしまうのも分からなくは無い。しかし、社交場ならまだしも結婚に向けた顔合わせだ。公爵との結婚を決めたいと思っていれば尚更外堀を埋めるのは重要な事だ。外堀でも相手の家族程大切なものは無いだろう。そんな大切な家族である子ども達を普通蔑ろにするだろうか。


「子ども達に嫌われないか、気に入って貰えるか、不安や緊張でついつい公爵の方ばかりを見てしまったのではないかしら?」

「……そんなの、知らないよ」


 確かに知らないよね、と思う。私も全て推測だ。マクス自身で見たものがそうだったのだから、私がどうこう言った所でそうかもとはなれないのだろう。


「ワイアットは同じ様に顔合わせに出たのにマクスとは違う気持ちになったの?」

「顔合わせでワイアットと二人でなんだよってなったのに、昨日僕が授業を受けている間に一緒に遊んだらしくて、凄く懐いてて……」

「あら、まあ!」

「箱いっぱいの積み木をプレゼントされて喜んでた」


 これも推測でしか無いけれど、おそらく顔合わせで失敗したと反省したから、別の方法で子ども達と仲良くなろうとしたのではないだろうか。先ずは玩具を使ってワイアットから手懐けたといった所だろう。私が手懐け……仲良くなるのに利用したのは童話の本だったけれど。

 しかしマクスは年齢的にも玩具を利用して仲良くなるのは難しいだろう。向こうもどうしようか悩んでいるのではないだろうか。それで何も行動に移せなかったら、マクスは自分だけ除け者にされているのではと、または興味を示されないのでは無いかと、疎外感を感じてしまう恐れがある。いや、もう感じているのだろう。だから「寝返った」という表現を使ったのだ。敵対意識を持ち、自ら線引きをして壁を作ってしまっている気がする。


「ねぇ、マクス」

「……何?」


 私はまたマクスの頭を撫でた。まだ小さな頭だ。


「貴方の父様はとても賢い方よね。そしてとても優しい。子ども達の事を大切に思ってくれているわ。マクスの味方で居てくれるし、何かあれば必ず守ってくれるわ。それから、女性に騙される様な方でも無いと思うの。マクスとワイアットの新しいお母様になれる人だと思ったから結婚をするんだと思うの。だから、父様を信じてみたらどうかしら?」

「……父様を?」

「ええ。父様の選んだ女性を信じてみて。不満に思う事があれば父様に相談すれば良い。父様は決してマクスを蔑ろになんてしないわ」


 マクスは「うん」と頷いた。こんな私でも多少なりとも力になれただろうか。

 取り敢えず可愛らしい頭をまた撫でた。ワイアットは犬や猫みたいに気持ち良さそうに撫でられるけれど、マスクは子ども扱いされるのが嫌な割に恥ずかしさの中に嬉しさも覗かせて撫でられる。幽霊の私に撫でられても、人間に撫でられるのとは感触は違うらしいのに、こうして嬉しそうにしてくれるのは信頼の証の様で私も嬉しい。


「レディは、優しいね」

「そう?」

「うん。ここに来るとホッとするんだ」

「まあ、嬉しい」


 こんな私でもホッと出来る場を提供出来ているらしい。幽霊ならゾッとする場を提供してしまっていそうなのに、マクスにはそうは感じない様だ。まあ、この公爵家の使用人の中ではゾッとする場だろうけれど。だって、この離れには決まった使用人しか掃除に来ないから。



 それから暫くして再びマクスがやって来て、「良い人だったよ」と教えてくれた。言葉少なだったけれど、「信じる」と言っていた。色々と愚痴を言ってしまったのにコロリと意見を変えたのが気恥ずかしかったのかもしれない。

 話題を変えるようにビスクドールを修理に出した事も教えてくれた。


 そうして公爵家は新しい家族を迎えた。

 




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