13.取り敢えず今日は
公爵家は慌ただしい日が続いた。上級貴族の婚姻だ。費用も掛かれば準備も大変なのだろう。私が側妃に召し上がった時とは比べ物にならない程やる事が多い筈だ。ティナーリアの降嫁も大変だったし。
そんな中でも子ども達は時々離れにやって来て、新しく母親になる女性の話を聞かせてくれた。マクスはよく褒められると言っていた。ワイアットはいつも遊んでくれると言っていた。公爵邸を訪れる時はお菓子を土産に持って来てくれ、それがとても美味しいのだとか。幽霊はどんなに美味しそうでも食べられないので羨ましくて仕方が無い。どんな形でどんな味かレポートして貰って想像するだけで涎が出てくる、様な気になる。実際出ないんだけど。幽霊だから。
そして無事に結婚をして新しい公爵夫人も暮らすようになった。庭でティータイムを楽しんでいる姿や、子ども達と庭を散策している様子を離れの窓から見掛けた。高く上品な笑い声が聞こえてきて、それだけで邸が華やかに感じた。フリルがふんだんにあしらわれた可愛らしい日傘が目に入り、それがやけに眩しく感じた。
私の日々は変わらなかった。毎日使用人が清掃に来て、私は離れの部屋でビスクドールで遊んだりヘアアレンジを楽しんだり、時には本を読んだりしていた。壊れたビスクドールも直って戻ってきた。それに公爵の気遣いなのか、私の正体を知ってからは時々使用人が本棚の本を入れ替えてくれていた。人気作家の小説の続編が入ると嬉しかった。意外とそれが楽しみだったりもした。
公爵にピアノを置こうかと提案された事があった。私は幼少期に習い事をしていた事もあり、ピアノが得意だった。公爵はそれを知っていたので、離れから出られない私に対して親切心で言ってくれたのだと思う。けれど断った。だって普通に考えたら、誰も居ない離れからピアノの音が聞こえたらホラーでしか無い。いくら幽霊が居ると分かっていても、きっと公爵やマクスやワイアット、それにいつも清掃をしてくれる使用人以外の人は怖いと思うだろう。
結婚を期に子ども達はぱったりと来なくなった。まあ、そういうものだろう。私もお役御免なのだ。何のお役があったかと問われれば何も無いけれど、優先するものが変わったのだ。それだけだ。そうしていつしか子ども達も私が視えなくなって、幽霊の存在を忘れていくのかもしれない。
そう思っていたある日、子ども達が揃って離れにやって来た。ワイアットは泣いていた。
「ど、どうしたの?」
ポロポロと涙を流して止まらない様子だ。マクスは眉間に皺を寄せて怒っている様子だ。二人喧嘩でもしたのかと、私はオロオロとするばかりで二人を交互に見るしか出来なかった。
「ここ……なくすって」
「え?なくす?」
「取り壊すって」
「え?ええっ!?」
まさかの話に驚いた。
「イヤだ」
「僕もイヤだぁ!」
ワイアットは泣きながら嫌だと繰り返し言っている。
取り壊す?離れを取り壊す?
私も心がざわざわとした。幽霊でも落ち着かなくなるらしい。ワイアットの泣き声を聞くと余計に落ち着かずに助長されるばかりで、私は混乱状態だった。
ワイアットの涙が止まってから私も少し冷静になって来て、二人に「落ち着こう」と言ってソファに座るよう促した。まさに自身に言い聞かせる様だった。そしてどうにか二人から情報を得ようと思った。
「新しい母様が、この離れに幽霊がいるって聞いてから気味悪がっちゃって」
……まあ、普通の反応かもしれない。幽霊がいると聞いて喜び、幽霊との共存を歓迎するオカルト好きはそうそう居ない。ピアノを弾かなくて良かった。さらなる恐怖体験をさせてしまう所だっただろう。
「母様が大切にしていた部屋だって言ったら、もう必要無いでしょって」
……確かに、前妻の思い出を大切にされているのを見たら嫉妬してもおかしくは無い。
「今離れの部屋は使われていないのだから活用すべきだって、立派なホールを作って社交場として利用しようって」
……実に公爵夫人らしい。幽霊が住まう離れよりずっと実用的で、家の利益優先の考え方は夫人の鑑と言えるだろう。
私は安心しきっていたのだ。ティナーリアが大切にしていた部屋だから公爵もそのままの状態で大切に残していたので、この部屋が失われる可能性を考えもしなかった。子ども達が遊びに来る事を咎める事も無く自由にさせていて、室内維持の為に使用人も清掃に来てくれる。
本当に無くすつもりなのだろうか。
「父様は何て仰っているの?」
「父様は……困ってた。ダメとも、良いとも言わなかった」
まあ、そうだろう。公爵は優しい人だから新しい妻の考えを真っ向から否定も出来ないだろう。といって、愛した元妻が大切にしていたこの部屋を簡単に取り壊せない筈だ。再婚が愛し合った末の事なら違ったかもしれない。そうなら何よりも新しい妻を優先して動くだろう。どちらも簡単に選択出来ないから妻の提案に困ったのだ。
三人で何も言えなくなってどんよりとした空気の中、コンコンコンとドアノッカーの音が響いた。私が幽霊となってこの離れに来てから初めて聞いた音だった。幽霊の私以外の住人は居ないし、来客も無いのだから当然だ。清掃にやって来る使用人も子ども達も公爵も、当然の様にそのまま扉を開けてやって来る。自分の邸の離れだし必要無いのだ。それに子ども達以外は私が視えないから突然開けて失礼も何も無い。
誰が鳴らしたのか、どんな用件なのかと三人で離れの玄関の方に視線をやった。
「失礼いたします」
中年位の男性の声だった。マクスが「何?」と答えた。
玄関扉を開ける音がしてギシギシと廊下を歩く音がした。そして子ども達がいつ来ても良いとの意味も込めて開け放しているドアの手前である部屋の入り口に男性が現れて軽く頭を下げた。
「マクス様、ワイアット様。本邸の方にお戻りください」
彼には見覚えがあった。二人が二年前この離れにやって来て私に「出て行け」と言った時、木の陰から二人を見守って逃げる時には抱えていた使用人だ。雰囲気からおそらく執事とかではないだろうか。
「どうして?今日は何も無いでしょ?」
「奥様がお戻りになる様にと」
「何かあるの?」
「……失礼ながら、こちらには出入りにならない様にと」
つまり、新妻は前妻が大切にしていた幽霊の出る離れに子ども達が出入りする事を好ましく思っていないという事か。
執事風のこの男性もよく見れば手が震えている気がする。幽霊が怖いのだろう。私が居るだろうと分かっていながら「出入りするな」と言わなければならず、幽霊の機嫌を損ねたらと心配でもしているのだろうか。
機嫌を損ねたからって報復なんてしないのに。私、害の無い幽霊のつもりなんだけど。
「どうして出入りしたらいけないの!?父様はこれまで一度もそんな事を言わなかったよ!」
「それは……私には分かりかねます」
「幽霊がいるから?レディは幽霊だけど、怖くなんか無いよ!優しい幽霊なんだよ!」
「……」
マクスに詰められている使用人を見て不憫に思えた。この人は主人である奥様に言われた通りに離れに来ただけだ。本当は怖いのを我慢して。それなのに今度は子ども達に詰められ板挟み状態なのだ。
私はマクスに落ち着く様にマクスの肩を叩いた。そして私の方を振り向いたマクスににっこりと微笑んだ。
「取り敢えず今日は本邸に戻りなさい」
「でも……」
「どうすべきか、どうするのが一番良いか、きっと父様が考えてくれていると思うわ」
「……」
二人は納得出来ていない様だったけれど、渋々離れを出て行った。
二人が居なくなって急に部屋に一人で居るのを寂しく感じた。いつも一人だったのに。寂しいなんて全然思わなかったのに。離れが無くなるかもしれないという不安からだろうか。
ビスクドールを胸に抱えて寝台に寝転がった。ビスクドールを落として幽霊騒ぎを起こしてしまった時、ビスクドールを捨てられるかもと不安で、その夜ビスクドールを抱えて眠った。でも今回は捨てられるのはビスクドールだけでは無い。私も不要になったのだ。
これまでも別に入り用な訳では無かったけれど、実際孫である子ども達とは友人の様な関係で、公爵にも義母として元妃として接して貰い、幽霊でも受け入れて貰えていると思っていた。
でも私の存在は、もう不要なのだ。この部屋と共にこれからの公爵家にはあってはならないのだろう。




