第47話 要塞城の思いで
異世界の風呂は、ちょっと大きめの桶にお湯を入れて入る。といっても、これは要塞城だから出来ることであって、お湯のお風呂に入るのはかなりの贅沢だと聞いた。一般には湯船につかる風習はない。
ジェーンに案内されたのは、いつもの浴場ではなく本当に大きな公衆浴場のような所だった。
「あれ? ここは?」
「ここは公爵様がお使いになられている大浴場でございます。勇者様にお使い頂くよう公爵様から申しつかっておりますので。」
「公爵が?」
あの嫌みで欺瞞のかたまりのような公爵にしては、気が利きすぎるんじゃないのか? 何か裏でもあるのかな。といっても、もし俺を除する気ならいつでもできただろうし、それはないか。ここはお言葉に甘えて、ゆっくりと風呂に入らせてもらおうか。
俺は、服を脱いで浴場へ入る。脱いだ服はジェーンが持って行ってくれた。クリーニングに出してくれるそうだ。
「まずはかけ湯からだな。」
かけ湯をした後、俺は湯船に入る。
「いや〜気持ちが良いな。やっぱりお風呂は大きい湯船に限るな〜。」
思わず声が漏れる。それにしても異世界にもこんな大きな風呂があったんだな。これも、魔法でお湯にしているのかな。どこにでもあるものではないんだろうけど。
俺が湯船につかって、脱力していると入り口の方から何やら気配を感じる。ん? 誰か来たのか? やっぱり刺客か!
俺はそう思い、湯船の中で立って身構える。暫くすると、湯気の隙間から人影が見えた。俺は、瞬間的に湯船から飛び出し、その人影の後ろに回って首に手をかける。
「きゃっ!」
ん? 女の悲鳴? 俺は、拘束した人影を後ろから確認する。
「ジェーン?」
「勇者様。ちょっと痛いです。手を離してくださいませんか?」
「あ、ごめんごめん。てか、なんでジェーンがここにいるの?」
「勇者様のお背中を流しに参りました。」
「背中を流しに?」
改めてよく見てみると、そこにはタオルのような布だけを手に持ち、一糸まとわぬ姿のジェーンがいた。なんて素敵な光景なんだ。いや、違った。
「なんで裸なの? っていうかそんなの頼んでないし。」
「お疲れのことでしょうから、ゆっくりとお背中でも流して差し上げたいと思いまして。」
「これも公爵の命令?」
「いいえ。私の一存です。お嫌でしたか?」
「嫌というか何というか……。まずくない?」
「特に問題は無いと思いますが。さ、ヒデオ様。早速お体を洗いますね。」
そう言うと、タオルのような布をお湯に浸し、なにやら石鹸のような物を塗りつけている。
「それは?」
「これはシャボンです。ヒデオ様の世界から来た物だと伺っていますが。」
「あぁ、やっぱり石鹸か。あるんだな異世界にも。」
「特別な材料と製法でしか作れないとのことで、とても貴重な物なんですよ。」
「そうなのか。そんな貴重な物を俺に使っても良いのか?」
「ヒデオ様は勇者様ですので、当然です。」
そう言いながら、ジェーンは立ったままの俺の体を洗い出す。それにしてもさっきから気になっていたのは、俺の呼び名が勇者様からヒデオ様になってることだ。ちょっとは、親しみを持ってくれたのかな。
ジェーンが俺の背中を洗ってくれる。それにしても人に体を洗ってもらうって言うのはこんなに気持ちが良いのか。今度リナと一緒にお風呂に入りたいな。そう思っているとだんだんとジェーンが躯を密着させてくる。何か背中に当たってるんですけど……ちょっと変な気持ちになり始めた時、ジェーンの手が俺の前の方に伸びてきた。
「あぁ、ちょっとジェーンさんそこは良いです。そこは自分で洗います。」
「あら、ご遠慮なさらないでください。」
「いやいやいや、遠慮しているんじゃなくって……あ、ちょっと。ダメ……」
「あらあら、ヒデオ様。こちらの勇者様もご立派になられてますわよ。布など無粋なモノは使わずに、私の手で綺麗にして差し上げますね。」
そう言って、俺の前にまわるとジェーンは俺のGreat Sonを包み込むように、優しく丁寧に洗い始めた。
「あの、ジェーンさん? かなりまずいんですけど……いや、ちょっと……あ♡」
すると、ジェーンは一度Great Sonに付いた石鹸の泡をお湯で流すと、パクッ♡
パクッ♡ ?
「あぅ。それは、ジェーンさんマジヤバいです……。あぅ……うっ♡」
「条件を満たした為
スキル『電光石火』を取得しました。」
俺は浴場で欲情し、ジェーンに組付されてしまったのだった。それにしても『電光石火』とは失礼な!
☆
ひとっ風呂浴びて身も心もさっぱりした俺は、部屋で旅の支度をしている。旅の支度と言ってもたいした事ではない、この間リナと買い物したものをナップサック形の鞄に入れるだけだ。異世界ファンタジーものだと、荷物がいっぱいはいる便利グッズとかがあるもんだけど無いのかね? 天井を見上げながら呟いてみたけど特に変化は無かった。そうそう、都合良くはないのか。
要塞城には特にあいさつする人はいないが、ジェームズだけには城を離れることを伝えようと、騎士団の詰め所に向かった。
「おぉ、これはヒデオ殿。こんな時間にどうした?」
「要塞城を出ることになったので、一応ご挨拶をと思いまして。」
「なに? 今からか? もう日が暮れてるぞ。明日にしたらどうなんだ。」
「公爵には直ちに出るようにと言われてますので。」
「そうか。公爵様にも困ったもんだな。それで? 行く当てはあるのか?」
「いえ。ないですが、街の宿にでも泊まろうかと思っています。」
「そうか。おぉ。そうだ。ヒデオ殿に渡したい物がある。ちょっと待っていてくれ。」
ジェームズはそう言うと、一度奥に引っ込んでからなにやら紙を巻いた物を手に戻ってきた。
「それ、なんですか?」
「あぁ、これか? 地図だよ。」
そう言ってジェームズはその紙を開いてみせてくれた。確かに地図だ。
「本来は軍事機密だから、おいそれと渡すわけにはいかないんだがな。異世界のことは何も分からんだろう。地図くらいは持っておけ。」
「え? 軍事機密なんですか? そんな大切な物は貰えませんよ。」
俺がそう断ろうとしていると。
「条件を満たした為
『地図機能』がアクティベイトされました。」
メッセージが出る。
「ん?」
俺はステータス・ウインドウを開き【地図】を選択してみる。
すると前は使用できなかった地図機能が使用できるようになっていた。ベルグランデ王国の地図だ。なるほど、どこからか情報を得ると使えるようになるんだな。地図は目線を持って行った方へ自動でスクロールしてくれる。しかも、詳しくみたいと考えるだけで拡大される。ズーム機能もあるようだ。これは便利だな。まるでグルグルマップだ。
「ジェームズさん。ご厚意はありがたく受け取っておきます。ですが、この地図は受け取れません。ジェームズさんにご迷惑はかけたくないので。」
本当は地図機能がアクティベイトされたから必要ないんだけどね。これはちょっと黙っておこう。
「そうか。気にすることはないのだがな。まぁ、貴殿がそう言うならそうするか。それにしても、少し寂しくなるな。いずれまた逢うとは思うが、どうか息災でな。」
「えぇ、色々ありがとうございました。」
「おお、そうだ。王都へ向かう途中ソリスの里にも寄ってやってくれ。急にこちらに連れてきてしまったからな。シルビアやマールスも心配しているだろう。顔を見せて安心させてやってくれ。」
「はい。そのつもりです。」
俺は軽く会釈して立ち去ろうと踵を返す。
「銀の匙だ。」
と、不意に背後からジェームズが俺に言う。
「はい?」
「もし、行くところを決めていないのなら銀の匙という店に行くと良い。美味い飯を出す宿屋だ。お薦めだぞ。」
「ありがとうございます。行ってみます。では、またいずれ。」
「おう!」
こうして俺は薄闇が夜に変わる頃、城を追い出されるように出ることになってしまった。
なんだかんだと言って、居心地は言うほど悪くはなかったかもな。そんなことを思いながら、俺は要塞城を振り返り見上げていた。
あれ? 何か忘れてる気がするな。結構大事なことだったと思うんだけど……。
「あ〜!!! ゴブリン退治の報酬もらってないよ! くそっ。今から戻る気はしないな。あ〜あ。」
報酬をもらわなかったことに気づいた俺は、躯に重い疲労感がのしかかってきたように感じたのだった。




