第三十三話 戦争は、やってる時より後の方が面倒臭い
戦争が終わった。
正確に言えば、この街に攻め寄せてきた魔王軍残党の一隊を、俺たちは撃退した。
ケラトサウルスの首は正門前に転がり、残党は山の向こうへ逃げ散った。深追いは……出来なかったし、しなかった。
そこまでの余裕が無い。悲しいが、これがこの街の現実だからな……本当なら、多少無茶してでも、数は減らさないといけないんだが。
まぁ、「この程度は無茶でもなんでもないよ」とか言ってるババアが、それなりに狩って来たので、良いとしよう。
ギィが「いやアンタも相当だぞ?」と言っていたが、俺のは単にシールドライノが強いからだしな。マリンも小型をメインに、結構狩ったらしいが。
ま、それはそれ、勝ったらやる事と言えば? そう、祝勝会である。
焼け焦げた建物の骨組みに、ありったけの提灯が吊るされている。瓦礫の山はまだそこかしこに残っているが、そんなことは誰も気にしない。長机が並べられ、ありったけの酒と料理が運び込まれた。例の神父の溜め込んでいた物に、それなりの量の酒もあったからな。
戦の前に出すわけにもいかんけど、終わったなら、と、皆で取りに行った。兵士たちはそりゃぁ良い笑顔で働いてた。炊き出しの大鍋からは湯気が立ち上り、グラナが腕を振るった煮込みの匂いが広場中に充満している。
「飲めや歌えやだぜ! 今日は無礼講でいいだろ!? 遠慮する奴は水でも飲んでろ、俺がお前の分まで飲む!!」
ギィがコグマの上から怒鳴る。もう戦場ではないのに、おっさんはコグマに跨ったままだった。酒の入ったジョッキを片手に、器用にバランスを取っていやがる。もう完全に自分の一部にしてやがんなぁ……。あれ? この国でも飲酒運転は違反だよな? ……まぁ、エンジンかかってないコグマに跨ってるだけ、ならギリセーフ、か?
「ギィさん、コグマを返却して……冗談ですわよ!? なんですのその、世界が終わると聞いた時みたいな表情!!」なんて一幕もあったが。
「ギィさん、それ、何杯目ですの?」
「数えるな! 野暮だ! 酒がうめぇ! あっはっははははは!」
「ノゾミ、呑ませてやれって……一つの街を4年以上『負け続けさせる』なんて離れ業やってたんだ、気苦労も多かったろ」
「まぁ、それもそうですわね……」
ノゾミが苦笑しながら自分の飲み物——ワインを傾ける。……おかしいな。酒は飲めない年齢の筈なんだが。やけに堂が入って絵になる飲みかたしてやがんな。
「あっはっはっ、ほら、ヨウスケも飲みな! あたしのとっておきだよ!」
「はいはいグラナ、いただきますよって何コレうめぇ!? 芋焼酎か!? かぁッ! うめぇ!」
まぁ俺も人の事言えないがなー。わりと、酒が飲めないと話にならない連中多いからな、この世界。特にドワーフ。
強くはないが、俺もまぁ、飲めるのは飲める。
酒を飲む連中から離れた所では、子供たちがお菓子やジュースを手に、歌ったり踊ったりしてる。
「♪ 踊ろう 踊ろう 輪になって踊ろう 悲しい事も過ぎ去れば 楽しい思い出になるから 歌おう 踊ろう ランランラララン」
あれ、この世界の歌なんだが……なーんか、V6の歌に似てやがんだよな、曲調も歌詞も……まぁ、「輪になって踊ろう」って単純でよくある部分だけ抜き出したら、そういう事も起こりうるか。
ワンコやココも一緒に歌って踊ってるな……マミは……オヤツに夢中、か。ははっ。
「おぉ、ミローネさんも一杯どうだい、うまいよ!」
「へぇ、もらおうかね……あぁ、これは確かに美味い……」
グラナが酒瓶を持って近づくと、ミローネは杯を差し出し、きゅっと一口で飲んだ。
様になってやがんなぁ……。
「いい酒だ」
「だろ? あたしのとっておきさ!」
「俺ももう一杯もらおうかなー」
俺はそう言って、自分もその場に座り込む。……本当はいけないんだろうけどな、戦いの火照りを酒で覚ますなんざ。
でもま、今回は別だろ。勝利の美酒だ、しかも、マジで美味い酒だ、飲まない方が損って奴よ。
ミローネが酒を楽しみながら、俺に話かけてきた。
「あんた、これからどうするんだい」
「さぁ。……とりあえず、この街の片付けが終わるまでは居るつもりだが。それから先は、そん時次第かな」
「そうかい。……あんたみたいなのが、一人でふらふらしてると色々と面倒なことになるよ」
「わかってんだけどなぁ、それも。……でも、まだ、どっかの組織に属する気はないんだよなぁ……面倒くさい」
「はっ、正直なこった」
ミローネは笑って、酒をあおった。俺はちびちびと酒を舐める。これから、かぁ……何となしに見回すと、広場の中央でピザンがラウド隊の面々と話していた。デニスが少し緊張した面持ちで、ピザンと向き合っている。
「デニス。今日はよく戦った。ラウド隊の働きは見事だったと聞いた」
「はっ! もったいないお言葉です、ピザン様! ……まだまだ未熟な身ですが、これからも精進いたします!」
「あぁ。その心意気、貴殿の父君も、天より安心して見ておられるだろう……ロウ家は安泰だ、と」
「はっ!」
デニスは背筋を伸ばして敬礼する。その傍らで、ディックがにやにやしながら立っている。
なーるほど、生真面目な若隊長と、老練な軍曹って組み合わせなわけね。
「隊長、固いっすよ。祝勝会なんだから、もっと楽にしましょうぜ」
「う、うるさい。ピザン様の前だぞ」
「はは、ピザン様もそんな細かいこと気にしねぇって。ねぇ?」
「あぁ。今日は無礼講と聞いている。デニス、楽にしろ」
「は、はぁ……」
デニスはまだ少し戸惑っているようだけど、その表情はどこか嬉しそうでもある。新米指揮官にとって、この勝利は大きな自信になったのだろうな。
と、マリンの歌声が流れて来た。見れば子供たちの中心で、アカペラで歌っている。はは、ねだられたな、マリン。えぇっと、確かこの歌は……「Twinkle Days」か。「19's Sound Factory」が、初音ミクに歌わせた歌だな。
「ミクちゃんの歌の中でも、とりわけ好きなんですよー」とかマリンは言ってたっけ。
壊れそうで泣いてた日、嬉しくて笑った日、どれか一つじゃないよ、全部ボクなんだ。
昨日流してた涙、明日こぼれる笑顔、全部に意味がある、ボクの大事な輝く日々。
まぁ、そんなような歌詞の歌だ。……うん、良い歌だな……全部ひっくるめて、輝く日々、か……そう、ならないとな。
グラナが、広場の中央に立った。彼女の手には、大きな盃が握られている。
「さぁさぁさぁ! みんな! 聞いとくれ! 今日は、このメリーティアが魔王軍の攻撃を跳ね返した日だよ! 死んだ者もいる! 傷ついた者もいる! だが、それでもあたしらは勝った! あんたらは勝ったんだ! 生き残った者は、死んだ者の分まで生きなきゃなんないよ! それが、あたしらの責任だ! ……だから、今日は飲め! 食え! 笑え! 頑張るのは明日からの自分に任せな! ……乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
広場が、一つの声に包まれた。ジョッキがぶつかり合う音、笑い声歌声。メリーティアの夜は、まだまだ更ける。
「あれ? あれって俺の役目では?」
小さく呟いたギィの声は、喧騒に溶けて消えた。
三日後。街の再建計画が、本格的に動き出した。
瓦礫の山は、まだ至る所に残っている。だが、街の人々はすでに動き始めていた。壊れた建物の資材を回収し、使えるものは使う。使えないものは、新しい資材として生まれ変わる。「元は引退した大工だったんだ、俺ぁ」そんな事を言っている老人が音頭を取って、再建隊を結成した。本人がもうろくに動けない老人でも、その知識と経験は役に立つ。
「この木材、まだ使えんな。こっちの石は……ちぃと欠けてっけど、土台にゃ問題ねぇ」
「棟梁、この建物の地下室、まだ使えそうっス!」
「おぅ、じゃぁそこを物置にすんぞ。当面の資材、全部そこに集めな!」
街の人々は、実に手際が良かった。戦争で家を失った者も、店を失った者も、誰もが自分のできることをやっている。それは、この街が長い歴史の中で培ってきた、共同体としての力なのだろう。
何よりもでかかったのは、運河と河川、上水道や下水道が、それほど破壊されていなかった事だろうな。……ディーガード共には、水という資源を優先してまで狙ってはこない傾向がある。奴らの価値観がどうなっているかわからないが……人間には、幸運であった事には間違いない。
で。俺はと言うと――
「これが現金化できそうな物の目録ですわ」
ノゾミが、広げた紙をテーブルに置いた。そこには、この街の美術品や貴金属、金になりそうなディーガードの部品なんかが、びっしりと書き込まれている。
まぁなー……街一つを復興させるんだ、金もかかるわなぁ……あぁ、せちがらい。




