第四話 十八歳の春
春だった。
ルミナスの街を彩る花々が風に揺れている。
時計店の窓から差し込む陽射しは柔らかく、冬の気配はもうどこにも残っていなかった。
リュミエールは鏡の前で立ち止まる。
淡い金色の髪。
青い瞳。
そして。
十八歳になった自分。
「……なったんだ」
小さく呟く。
不思議な気持ちだった。
前世で死んだのも十八歳。
そして今世で、再び十八歳になった。
コンコン。
扉が鳴る。
「起きてるか」
聞き慣れた声。
リュミエールは思わず笑った。
「起きてるよ」
扉が開く。
アシュレイが立っていた。
黒いシャツ。
銀の混じった黒髪。
灰色の瞳。
目が合う。
数秒。
沈黙。
「……アシュレイ?」
彼は何も言わない。
ただじっと見ている。
そして。
「参ったな」
額を押さえた。
リュミエールは吹き出した。
「何それ」
アシュレイは深く息を吐く。
「十八歳になったな」
低い声。
六年間。
ずっと待っていた人の声。
リュミエールの胸が熱くなる。
「なったね」
アシュレイは少しだけ笑った。
「長かった」
「本当に?」
「本当に」
即答だった。
リュミエールは笑う。
「平気じゃなかったんだ」
アシュレイは目を逸らした。
「だからずっと言ってただろ」
「聞いてない」
「聞け」
二人とも笑う。
こんな穏やかな朝が来るなんて、前世では想像もできなかった。
戦争もない。
死の恐怖もない。
ただ好きな人がいて。
同じ家で暮らしていて。
同じ朝を迎える。
それだけで幸せだった。
その日の夜。
店を閉めたあと。
リュミエールは窓辺に立っていた。
春風がカーテンを揺らす。
後ろから足音。
振り向かなくても分かる。
アシュレイだ。
六年間聞き続けた足音。
「リュミ」
名前を呼ばれる。
前世から何度も夢見た声。
リュミエールは振り返った。
アシュレイは少し困ったように笑っている。
珍しい顔だった。
「何?」
「確認だ」
リュミエールは首を傾げる。
アシュレイは真っ直ぐ彼女を見た。
「まだ俺が好きか」
心臓が跳ねる。
六年。
待った人の問い。
リュミエールは少しだけ笑った。
「聞く?」
「聞く」
即答。
彼女は一歩近付く。
「好き」
また一歩。
「前世からずっと」
アシュレイが息を止める。
「今世でもずっと」
沈黙。
長い沈黙。
そして。
アシュレイが静かに目を閉じた。
まるで長い旅が終わったみたいに。
「……参ったな」
また同じ言葉。
でも今度は意味が違う。
彼はゆっくり手を伸ばした。
六年間。
頭を撫でることしか許さなかった手。
その手が。
そっと頬に触れる。
リュミエールは思わず目を見開いた。
アシュレイは苦笑する。
「これだけで緊張する」
「嘘」
「本当だ」
耳が少し赤い。
リュミエールは笑った。
そして次の瞬間。
アシュレイが静かに彼女を抱き寄せる。
初めてだった。
子供としてではなく。
守るべき存在としてでもなく。
一人の女性として。
抱きしめられるのは。
「……おかえり」
低い声。
胸の奥が熱くなる。
リュミエールは彼の背中へ腕を回した。
「ただいま」
それは前世で言えなかった言葉。
六年越しの答えだった。
窓の外では春の風が吹いている。
長い冬は終わった。
今度こそ。
二人の恋は、ここから始まる。




