第一話 また、あなたを見つけた
前世で想い合いながら死別した私が転生したら、かつての想い人は四十歳になっていました。
しかも再会時の私は十二歳。
保護者として一緒に暮らすことになったけれど、彼は「大人になるまで待つ」と言って絶対に一線を越えてこない。
でも私は前世からずっと好きで――。
年齢差と前世の記憶に揺れながら、ゆっくり恋を育てていく、じれ甘転生ファンタジー。
雪が降っていた。
白銀の都を包むように、静かな雪が空から落ちてくる。
石畳。
ガス灯。
蒸気機関の煙。
魔導列車の汽笛。
古い時代と魔法文明が混ざり合う国――エルシア王国。
その街角で、一人の少女が立ち尽くしていた。
淡い金色の髪。
深い青の瞳。
年の頃は十二。
けれど、その瞳だけが不自然なほど大人びている。
少女の名は、リュミエール。
彼女は十歳の時、突然思い出した。
前世を。
燃える戦場。
黒い空。
崩れ落ちる神殿。
そして、一人の男。
アシュレイ・ヴァンディル。
彼は戦場医師だった。
王国と帝国の長い戦争の中、命を救い続けた人。
優しくなどなかった。
むしろ不器用で、口数も少なく、愛想も悪かった。
けれど誰よりも命を大切にしていた。
リュミエールは彼を愛していた。
彼もまた、きっと同じだった。
でも二人は最後まで想いを伝えなかった。
戦争の時代では、“未来を約束すること”は残酷だったから。
十八歳で、リュミエールは死んだ。
神殿への空爆。
瓦礫の下で、彼の名前を呼びながら。
――そして今。
十二歳になった彼女は、ようやく見つけたのだ。
「ヴァンディル時計修復店」
古い真鍮の看板。
雪の積もる店先で、一人の男がランタンを直している。
銀混じりの黒髪。
長い指。
黒いコート。
そして。
あの横顔。
リュミエールの呼吸が止まった。
前世で、何度も見つめた背中。
戦場で血に濡れながら、それでも人を救おうとしていた人。
アシュレイ。
「……っ」
声が漏れる。
男がゆっくり振り返る。
その瞬間。
手にしていた工具が、石畳へ落ちた。
カラン、と乾いた音。
アシュレイは、信じられないものを見る目をしていた。
灰色の瞳が震えている。
「……そんな、馬鹿な」
掠れた声。
リュミエールの胸が苦しくなる。
忘れられていなかった。
彼も覚えている。
「……久しぶり」
涙を堪えながら笑う。
アシュレイは数秒、動けなかった。
やがてゆっくり近づいてくる。
その足取りは、まるで夢を恐れているみたいだった。
彼はリュミエールの前で止まり、震える指先を伸ばしかける。
でも触れない。
触れたら消えてしまうものを見るように。
「……リュミエール?」
その呼び方。
前世で何度も聞いた声。
彼女は小さく頷いた。
「うん」
その瞬間、アシュレイが苦しそうに目を閉じた。
「……俺は、あの日からずっと」
彼の声は震えていた。
「お前が死ぬ夢ばかり見ていた」
雪が静かに降り積もる。
リュミエールは泣きそうになりながら笑った。
「今度は、生きてるよ」
その日の夜。
リュミエールはアシュレイの家にいた。
時計店の二階。
古い暖炉。
薬草の匂い。
静かな部屋。
独り暮らしの男の家らしく、物は少ない。
「……温かいうちに飲め」
差し出されたカップから甘い香りがした。
ホットミルク。
リュミエールは少し笑う。
「またこれ」
アシュレイの手が止まった。
前世でも、寒い夜にはこれを淹れてくれた。
『子供は甘いもの飲んで寝ろ』
そう言って。
懐かしさに胸が締めつけられる。
やっと会えた。
もう二度と会えないと思っていたのに。
「……お前、本当に十二なんだな」
アシュレイが低く呟く。
「うん」
「……参ったな」
額を押さえる姿に、リュミエールは思わず笑ってしまう。
「困ってる?」
「困るだろ」
アシュレイは深いため息を吐いた。
「前世で愛した女が、今世では十二歳の子供だぞ」
その言葉に、リュミエールの心臓が大きく跳ねる。
愛した。
ちゃんと口にしてくれた。
前世では最後まで聞けなかった言葉。
でも。
「……今の私は、子供だよ」
リュミエールが静かに言うと、アシュレイは苦しそうな顔をした。
「ああ」
彼は視線を逸らす。
「だから俺は、お前に触れられない」
暖炉の火が揺れる。
静かな沈黙。
リュミエールは知っていた。
アシュレイは真面目なのだ。
不器用なくせに、誠実で、優しくて、自分に厳しい。
だから絶対に一線を越えない。
どれだけ想っていても。
「……ねえ」
「なんだ」
「もし私が前世のまま十八歳だったら、どうしてた?」
アシュレイが止まる。
それから、長い沈黙。
やがて彼は、小さく笑った。
諦めたみたいな笑みだった。
「……結婚してた」
リュミエールの息が止まる。
アシュレイは暖炉を見つめたまま続けた。
「戦争が終わったら言うつもりだった」
低い声。
静かな後悔。
「好きだって」
リュミエールは泣きそうになった。
前世で聞きたかった言葉。
ずっと欲しかった未来。
でも今の自分は十二歳。
心は前世の続きなのに、身体だけが幼い。
だから二人とも苦しい。
「……ずるい」
リュミエールが小さく呟く。
「何が」
「今そんなこと言うの」
アシュレイは困ったように笑った。
「仕方ないだろ。もう隠せる気がしない」
彼はそこで真剣な顔になる。
「だが、リュミエール」
「うん」
「俺は待つ」
暖炉の火が、灰色の瞳を照らす。
「お前がちゃんと大人になるまで」
その声音は穏やかだった。
欲望ではなく、愛情だった。
リュミエールの胸が熱くなる。
嬉しい。
嬉しいのに、少し苦しい。
今すぐ抱きしめてほしいと思ってしまうから。
するとアシュレイが、そっと彼女の頭を撫でた。
あくまで子供にするみたいに。
でもその手は、前世と同じくらい優しい。
「……長いなあ」
リュミエールがぽつりと言う。
「何が」
「大人になるまで」
アシュレイは少し笑った。
「前世よりは平和だ。待てるさ」
その言葉に、リュミエールも笑う。
そうだ。
今世には未来がある。
戦争もない。
明日死ぬかもしれない恐怖もない。
だから今度こそ。
焦らなくていい。
雪の降る夜。
暖炉の前。
二人は静かに、失われなかった未来を見つめていた。




