プロローグ:ボクサー志望
はじめて書いてみました。
下手な文章ですが、読んでいただければありがたいです。
後楽園ホール。第1ラウンド終了のゴングが鳴る。
興奮が冷めやらない様子の選手が青コーナーに戻る。苛立ちを隠さない。一足先に赤コーナーに座っている迫田は対戦相手のその姿から目を離さない。
(第1ラウンド。精度、99%。完全支配。)
第1ラウンドでは、相手が繰り出すあらゆる打撃を確率の波として処理し、それらの未来を網膜上のシミュレーターで確定させていた。ジャブの風圧、踏み込みの角度、筋肉の収縮。それらすべてが迫田には「確定した線」として見えていた。
無傷。被弾ゼロ。迫田は2分間、一度も心拍数を乱すことなく、最短の回避と最小のカウンターだけで相手を蹂躙した。
(…だが、『支配』の代償は、想定以上に重かった。)
最終第2ラウンド開始ゴングが鳴る。
迫田はスツールから立ち上がり、正面の対戦相手を見据える。視界は、観客の熱狂から切り離されたモノクロの演算世界。
現実の第2ラウンド。迫田の内側には、行き場のない排熱が滞留していた。脳温の上昇。情報の処理効率が、一分前とは比較にならないほど落ちている。
(演算解像度が低下している。並列シミュレーションを5系統から3系統まで削減。第1ラウンドでの投資がここに響く。)
迫田の網膜には、常に冷徹なインジケータが表示されていた。
(ラウンド残り、1分30秒。…残存ネゲントロピー、0.18。)
それが0.00になれば、思考は止まり、全身はただ重力に従う。迫田が自らに課した限界――「熱死」の境界線。
「迫田! いけッ! 倒せッ!」
この窮地に声援は迫田にとっては演算処理の障害になる。外部ノイズを遮断し、意識を内側に閉じ込める。だが、その維持だけで、残存ネゲントロピーがさらに削られた。残り、0.17。
その一瞬の隙――演算を簡略化した「シミュレーションの死角」から、高密度の体格が突進してくる。
(……チッ、計算が追いつかない!)
回避動作が遅れる。大腿筋の収縮ラグ。迫田が「最終出力」のために蓄えていたスタミナが、相手の右ストレートによって完全に崩壊した。ガードを突き破り、硬い拳が迫田の側頭部を捉える。
(……ッ!?)
【致命的損傷:内部ネゲントロピーの急速な減衰】
脳が揺れる。迫田の脳内カウンタが、かつてない速度でゼロへと加速する。
(待て! マイナス50%……60%……!? 意識を繋ぎ止めるだけで、なんでこれだけのネゲントロピーが削られる!?)
脆弱な肉体という「容器」。その損傷を修復しようとする本能的なリソース消費が、迫田の全リソースを底から引き抜いていく。たった一発の被弾。それが、第1ラウンドで積み上げた「完璧」を、一瞬で負債へと書き換えた。
(残り、0.07……ラウンドはあと一分近くあるのに、俺に残されたのは、一回の呼吸分だけか……?)
相手は勝ちを確信し、トドメの右を大きく振りかぶる。
迫田の演算機は「生存率:0%」を叩き出した。普通に動けば、拳が届く前に迫田は意識を失ってマットに沈む。
(……いや、計算を切り替える。『生存維持』を棄却。全ベクトルを右拳の一点へ集約。)
視界が消え、音が消える。体温維持すらも停止し、迫田は肉体の全質量を運動エネルギーへと置換した。迫田の右拳は放り出されている。が、右フックの軌道は相手の顎を僅かに手前に逸れている。
右フックとほぼ同時に迫る相手の右ストレートが顔面を捉える。衝撃を、迫田は避けない。その『外力』が、迫田の首を左に捻る。左足を軸に首から伝わる回転が、右肩を前方に滑らせる。既に放られている右フックの軌道に、相手の顎が乗る。このベクトルの同期が一撃の威力をブーストさせる。
「……ッ、はあぁ!!」
迫田の拳が、相手の顎へ突き刺さる。
骨が悲鳴を上げる。相手の質量に、自分の構造が耐えきれない。だが、迫田はその『構造破壊』を、さらなる出力を生むための摩擦熱として再利用した。
【残存ネゲントロピー:0.001】
ドサリ、と重苦しい音が響いた。沈んだのは、迫田ではなかった。
「……カッ……!」
レフェリーが駆け寄る中、迫田の脳内カウンタは、ついに熱死へと辿り着いた。
【残存ネゲントロピー:0.000 ……物理的帰結】
(……誤差、3.8秒。……気を失ってたか……最後の一撃は物理法則を越えたな……。)
「…5…6…」
(立つ、立つ、、)
「迫田、立てるか?」
(た、、、つ、、、、、)
「だめか。ストップ。では審査に移ります。」
迫田は自分の全ネゲントロピーを消費して、プロの世界へ入れるか『実験』した。けれど、その『結果』は失敗に終わった。立ち上がれなかった瞬間に、すべてが元に戻った。




