【閑話】第11話 帝国の凋落
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私にガソリンをください!!
オルティア帝国の空は、かつてよりも薄く霞んで見えた。
魔素濃度の低下は、目に見える形で世界を変えつつあった。
転移門が起動してから――5年。
帝国は、ゆっくりと、しかし確実に崩れ始めていた。
最初の異変は、誰も気づかないほど小さかった。
帝都の朝。
市場の露店で、魔導灯がふっと明滅した。
「……あれ? またかよ」
果物屋の主人が、灯りの根元を軽く叩く。
青白い光は1度だけ強く輝き、すぐに弱々しく揺れた。
「最近、灯りの持ちが悪いんだよなぁ。
魔石の質が落ちてんのか?」
隣の肉屋が肩をすくめる。
「質が落ちたんじゃなくて、魔石そのものが減ってるらしいぜ。
採掘量が去年の半分だとか」
「半分? 冗談だろ」
「冗談ならよかったんだがな」
2人の会話は、朝の喧騒に紛れて消えていった。
* * *
冒険者ギルド。
「最近、ダンジョンの魔物が外に出てくる頻度が増えてますね……」
受付嬢が書類をめくりながら呟く。
「魔物が……外に?」
新人冒険者が驚いた顔をする。
「ええ。
本来ならダンジョン内部の魔素が濃いから、
魔物は外に出る必要がないんだけど……
最近は内部の魔素が薄くなってるみたいでね」
「魔素が薄いと、魔物はどうなるんです?」
「生きるために、濃い場所へ移動するのよ。
つまり――地上へ」
新人冒険者は青ざめた。
「そ、それって危険じゃ……」
「危険よ。
でも、帝国は“問題ない”の1点張り。
魔素の枯渇なんて認めたら、
国が揺らぐからね」
受付嬢はため息をつき、
窓の外の空を見上げた。
「……空の色も、昔より薄くなった気がするわ」
* * *
帝国中央魔導塔の地下深部。
軍務省と魔導院が合同で使用する作戦会議室には、
重苦しい空気が漂っていた。
長机の上には、各地の戦況報告書が山のように積まれている。
そのどれもが、かつての帝国では考えられない内容だった。
「……では、北方戦線の報告を」
軍務卿が促すと、鎧を着た将校が立ち上がった。
その顔には疲労と焦りが滲んでいる。
「北方第二師団、魔導障壁の維持が困難になっています。
魔導炉の出力が安定せず、障壁が“弱まる”現象が頻発しています」
「薄くなる……? 魔導炉の故障か?」
「いえ、魔導炉そのものは正常です。
問題は――魔素が薄くなっていることです」
会議室がざわめいた。
「魔素が……足りないということか?」
「はい。
魔導障壁は周囲の魔素を取り込みながら維持されますが、
その魔素が薄いため、出力が落ちていると考えられます」
軍務卿が眉をひそめる。
「魔導障壁が弱まれば、兵の損耗は増える。
実際の被害はどうだ?」
将校は言葉を詰まらせた。
「……前年度比で、損耗率が3倍に増加しています」
会議室の空気が一段と重くなる。
「次に、魔導騎士団の報告を」
別の将校が立ち上がる。
彼の鎧はところどころ焦げ、魔導刻印が黒ずんでいた。
「魔導武具の出力が著しく低下しています。
特に“魔導剣”の刃が安定せず、
戦闘中に魔力刃が消失する事例が増えています」
「魔力刃が……消える?」
「はい。
魔導剣は魔石を媒介に魔素を刃として形成しますが、
魔素が薄いため、刃が維持できないのです」
軍務卿が机を叩いた。
「そんな馬鹿な!
魔導剣は帝国軍の象徴だぞ!」
「承知しております。
しかし、現場では“ただの鉄剣”として戦わざるを得ない状況です」
「鉄剣で魔物と戦えるか!」
「……戦えておりません」
沈黙が落ちた。
「魔導砲兵隊からの報告を」
魔導技師長が立ち上がる。
彼の手には、砕けた魔導結晶の欠片が握られていた。
「魔導砲の暴発が増えています。
魔素が薄いため、魔導結晶が過負荷を起こしやすくなっているのです」
軍務卿が顔をしかめる。
「暴発の頻度は?」
「……10回に1回です」
「10回に1回!?
そんなもの、戦場で使えるか!」
「現場では、すでに“使っていない”部隊もあります。
魔導砲を撃つより、暴発の危険を避ける方が優先されているのです」
「帝国軍の主力兵器が……使えない?」
技師長は深く頭を下げた。
「魔素が薄い限り、改善は不可能です」
軍務卿は震える声で言った。
「……では、どうすればいい?
魔素を増やす方法はないのか?」
魔導院高官は答えなかった。
答えられなかった。
代わりに、技師長が静かに口を開いた。
「魔素は……
転移門を通じて、異世界へ流れ続けています」
会議室の空気が一瞬止まった。
「つまり――
帝国軍の弱体化は、
“我々自身が引き起こしている”ということです」
誰も反論できなかった。
ただ、沈黙だけが会議室を満たした。
帝国軍の弱体化は、
もはや隠しようのない現実だった。
そしてそれは、
帝国の崩壊の序章にすぎなかった。




