第89話 合体技
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
――爆ぜる。
水と炎がぶつかるたび、白い蒸気が爆発的に吹き上がる。
視界は揺れ、地面は焼け、空気が沸騰するように歪む。
陽平は木刀に纏う水を握り直し、荒い息を整えた。
「……っは……まだ、いける……!」
目の前には、灼門鬼。
全身に走る黒いひび割れの奥で、赤熱した光が脈動している。
呼吸するだけで火花が散り、熱が地面を黒く焼く。
陽平の身体を包む、水の膜――沙羯羅の加護。
だが、すでに薄くなっていた。
(出し惜しんでる暇はない……!)
灼門鬼が吠え、胸の裂け目から炎が奔流となって吐き出される。
「水操:壱式――難陀!」
陽平の木刀から伸びた蒼い蛇が、牙を剥いて突進する。
灼門鬼の炎槍と水蛇がぶつかり合い、視界が白い壁に変わった。
――ボフッ!!
蒸気が爆発し、視界を塞ぐ。
陽平は即座に後退し体制を整ええる。
(……持久戦は無理だ。魔素の減りが早すぎる)
そんな時だった。
――視界の端を、黒い影が走った。
「大丈夫か!!」
直哉だ。
猛スピードで灼門鬼に接近し――
「オラァッ!!」
白銀の光を纏ったバットが唸る。
だが。
――ジュボッ。
灼門鬼の炎が横薙ぎに吹き出し、直哉の腕へ迫る。
「うわっ!? 熱ッ――!」
焼け焦げる臭い。
直哉は慌てて後ろへ跳び、腕を庇う。
(……ッ! まずい!)
陽平は木刀を握りしめ、叫んだ。
「水操:弐壱 跋難陀!!」
次の瞬間、陽平の木刀から水が消えた。
そして直哉の目の前に水の蛇が顕現する。
水の蛇は空中でとぐろを巻き、炎から水の盾のように直哉を守る。
水の蛇の盾は、炎が触れれば、ジュッと音を立てて蒸発し、熱を遮断する。
「……すげぇ。助かった……!」
陽平はほっと息を吐く間もなく、木刀を構え直した。
「神谷君! 接近しすぎると焼かれる!」
「……分かった、俺は援護にまわる!」
直哉は更に距離を取り、深呼吸して意識を集中させた。
(『発動準備、整いました。いつでもどうぞ』)
「――識界」
直哉を中心に1メートル超の魔素領域が広がる。
「くそ、まだまだ狭いな!」
(『識界に指向性を与えます』)
イチカが魔素の放出をコントロールし、円形だった識界が――
まるで槍のように、直哉から正面へ向けて伸びる直線へと変化した。
その範囲は約4メートル。
(ナイスだ、イチカ! これなら……!!)
直哉は陽平へ叫んだ。
「陽平、俺があいつの動きを止める! お前は全力で叩け!!」
「動きを止めるって――わかった、任せたよ!」
(イチカ、どこを“止め”れば一番効く?)
(『……初の試みですが、灼門鬼周辺の空気の分子の動きを止めましょう』)
(ぶ、ぶんし……?)
(『難しい説明は省きます。――“風の流れを止める”と思ってください』)
(わかんねぇけど、わかった!)
(『ただし、広すぎると魔素が枯渇します。
対象は上半身の1メートル四方。
そこに限定して風の流れを止めてください。
それでも1秒で100以上の魔素を消費します。
タイミングを合わせて……1秒以内で終わらせてください』)
「陽平、奴の頭だ!
上から全力で攻撃してくれ!!」
「わかった、信じる!
――身体強化:剛、水操:壱式 難陀!!」
ギュルン、と木刀の周囲で水が膨張する。
水蛇が大蛇へと肥大化――まるで映画に登場する大蛇のような太さだ。
「行けえぇぇ!!」
陽平が木刀を振り下ろすと、水蛇は天から弧を描きながら、灼門鬼へ襲いかかる。
* * *
「行くぞ!!」
直哉は灼門鬼を識界の射程へ捉えるため、疾走した。
距離が縮まり――
「止まれぇ!!」
識界に灼門鬼が入った瞬間、直哉は空間の“時”を止めた。
灼門鬼の上半身――
空気の分子が止まり、熱が奪われ、炎が凍りつくように消え失せる。
その頭上へ、陽平の水蛇が轟音を立てて降り注ぐ。
識界に触れた瞬間、水蛇は一瞬で“氷の大蛇”へと変貌する。
ガブリ。
巨大な顎が灼門鬼の頭部を丸呑みする。
バキバキと噛み砕く音が鳴り、牙の隙間から凍気の奔流が零れ落ちる。
灼門鬼が反射的に火を纏おうと胸を膨らませる――が。
熱を出しても直哉の識界に触れた瞬間に炎が消える。
「うぉぉぉぉ!!」
陽平が水蛇にさらに魔素を込める。
水蛇がうねり、ひと回り、ふた回りと体躯を増していく。
バキ、バキ、バキィィィ――ッ!!!
氷が灼門鬼の上半身を瞬く間に侵食し、灼門鬼の体が、氷の像へと変わっていく。
次の瞬間――
轟ッ!!
膨張した蒸気が灼門鬼を内部から爆発させ、氷の破片がキラキラと光る。
光る氷片の中で、下半身だけになった灼門鬼がポリゴンとなって風に散った。
* * *
武虎の周りには、緑色の毒霧が渦巻いていた。
皮膚が焼けるような痛み、視界は曇り、肺は痺れ、肌が毒に侵食される。
「ぐぉぉぉ、断裂猛襲ッ!!」
赤いオーラが爆発し、武虎に虎を象った赤い魔素が重なる。
バリバリと黒い稲妻が表面を走り、それに触れた毒霧が――じゅっ、と音を立てて消滅する。
毒霧が武虎に襲いかがるが、断裂猛襲がそれを防ぐ。
「ケタ、ケタ」
毒霧に変化した穢門鬼は、武虎の周囲を楽しげに漂っている。
攻撃しているでもなく、ただそこに存在し、毒をまき散らす。
「あそぶ、気かよ……!」
武虎は歯を食いしばり、纏った赤虎の爪で毒霧を切り裂き、蹴散らす――
だが、毒霧が広すぎる。
「……足りねぇッ!」
追いつかない。
散らしたそばから、別の場所で広がる。
そんな武虎の背後から――
「動き鈍ってんぞ、筋肉」
振り向くと、真弓が片手をこちらに向け、魔弾を撃ち放っていた。
ドンッ!!
魔素弾が毒霧を貫くが、効果が薄い。
「真弓……!」
「くそっ、やっかいな野郎だぜ」
「おい、筋肉。
あたしがアイツをまとめる。
まとまったところを――お前が、その技で消し飛ばせ」
「……できるのか?」
「はっ、誰に言ってやがる。
こっからは大サービスだぜ」
真弓は空へ跳び上がり、両手のグロック17を構えた。
緑色の魔素が銃口に溜まっていく。
「――行くぞ。魔弾」
引き金が引かれる。
次の瞬間――
2発の魔素弾が、毒霧へ飛び込んだ。
ひとつは前へ。
ひとつは後ろへ。
霧を囲むように走り回り、追い立てる。
まるで牧羊犬だ。
無秩序に広がる毒霧を、ひとつの円へ追い込んでいく。
「逃げんなよ、毒カビ野郎!」
魔素弾は凄まじい速度で旋回し、まるで毒霧を囲む檻となり、逃げ道を完全に塞ぐ。
魔素弾の檻は少しずつ範囲を狭めていく。
やがて――
毒霧がひとつの塊にまとまった。
真弓が叫ぶ。
「筋肉っ! 今だ!!」
武虎は息を吸い込み、大量の魔素を練り上げる。
「――うおおおおおッッ!!」
身体強化:剛。
断裂猛襲。
2つの力が重なり――
赤虎のオーラが爆発的に膨張した。
オーラの虎が牙を剥いて天を裂き、地響きのような咆哮を上げる。
武虎は獣を叩きつけるように掌を突き出す。
「喰らえ――断裂猛襲ォォ!!」
象ほどもある巨大な赤虎が地面を抉りながら跳躍し、一直線に毒霧へ突っ込む。
真弓の魔弾で形成された檻を噛み砕き、赤い軌跡が霧を焼き払うように進む。
触れた瞬間――
断裂猛襲の“存在を削り取る”特性が穢門鬼の全身を侵食していく。
「ケ……タ、ケタ……」
毒霧の中で穢門鬼が笑い声上げる。
悲鳴ではない。嘲りでもない。
ただ狂った玩具のように、空洞の声が響く。
「ケタケタ……キャキャ……」
笑いながら、穢門鬼は最後の欠片すら残さず――跡形もなく消滅した。




