第66話 識界《しきかい》
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
放課後、《藤堂心眼流迅術》の道場へ向かった。
最近は少しずつ暖かくなってきて、だいぶ春っぽい気温になってきたが、夜だとまだ寒い。
冬休みは会津ダンジョンと修業でなかなか来られなかったので、約3週間ぶりだ。
畳の匂い、木の柱の温もり――懐かしい空気が胸に広がる。
「お久しぶりっす!」
扉を開けると、道場に響く声と笑いが迎えてくれた。
「おー、久々だな」
「トラ坊から聞いたぞ、いいダンジョン見つけたらしいな」
「神谷君、あとで組み手やろうな」
仲間たちの声が重なり、空気が一気に賑やかになる。
その温かさに、直哉は自然と笑みをこぼした。
「おー、トラ、久しぶり」
道場の隅で柔軟していた武虎が、こちらを見た。
「おぅ、1ヶ月ぶりぐらいか。久々だな。何してたんだ?」
「ふっふっふ、ちょっとばかし修業をね。
実は新しいことを練習中なんだ」
「ほー、新しいこと。どんなんなんだ?」
「あとで見せるよ。ちょっと着替えてくる」
* * *
着替えを終え、畳に足を踏み入れると、心が静かに研ぎ澄まされていく。
「剛も能力特化ももちろん練習してるんだけど、今練習しているのはこれなんだ」
直哉は深く息を吸い、魔素を展開する。
空気がわずかに震え、畳の上に淡い気配が広がる。
30秒後、半径1メートルの範囲が完成した。
視覚では捉えられないが、確かにそこに“何か”がある。
静かな圧力が、空間を満たしていく。
「……こんな感じ。わかる?」
武虎が目を丸くする。
「おぉ、まじかお前! 識界じゃねぇか!!」
「しきかい?」
「えっ、知らずにやったの?」
その時、背後から低い声が響いた。
「驚いたよ。まさか、自力で覚えたのか」
振り返ると、道場主・藤堂柳太郎がゆっくりと近づいてくる。
その眼差しは鋭く、しかしどこか愉快そうだ。
「押忍!!」
直哉は背筋を伸ばし、自然と声が出る。
「あの、藤堂先生、しきかいって……?」
「ちょうどいい。次の段階を教えよう。」
* * *
「神谷君、君がさっきやったのは魔素の展開だろう。
まさか独学とは恐れ入ったが。
実はそれも体系化された技なんだ。
三界という」
直哉は眉をひそめる。
「さんかい……?」
柳太郎はうなずき、冷静な声で続ける。
「うむ、三界だ。
翼界、識界、無識界の3つがある。
その中の識界。
簡単に言えば、範囲内に概念を加える技術だ。
空間のルールを、自分仕様にする。」
「ルールを……上書き?」
「そうだ。
例えば、魔素を自分の体から飛ばすだけなら識界は不要だ。
だが、離れた対象に直接何らかの効果を及ぼさせる場合――これには識界が必要になる。」
直哉は息を呑む。
「それっす!それがやりたくて、いろいろ試行錯誤してるんす!!」
「ははは、なるほど、神谷君には識界で何かやりたいことがあるんだね」
柳太郎は笑いながらさらに説明する。
「識界は基本、自分を中心に円形で発生させる。
だが、慣れてくればその形も自由に変えられる。
前方だけ、後方だけ、対象と自分を結ぶ直線――という具合にな」
* * *
「聞いてばかりでもつまらないだろう。
では、神谷君。もう一度発動してみてくれるかな?」
「押忍!!」
直哉は意識を集中させ、魔素を展開する。
魔素はゆっくり、ゆっくり広がっていく。
「おぉ、1メートルほどか。
展開に時間がかかっているが、素晴らしい、ちゃんとできてる」
「あざっす!!
もっとしゅぱんと早くやりたいんですが、なかなか速度が上がらなくて」
「そればっかりは反復練習あるのみだな。
陣系もだが、型に落とし込み、考えるよりも早く発動できるようになるまで、繰り返すしかない」
「そうなんすね、わかりました!」
「ちなみに身体強化と識界を同時に行なうことはできるか?」
「あ、そういえばやったことがないっす」
促されてやってみるが、まったくできない。
「ぜんぜんできない……。身体強化をすると識界が消えるし、
識界をすると身体強化が消えちゃいます」
「識界の難しいところはそこだ。
身体強化で魔素を展開し、識界でも魔素を展開する。
2種類の魔素を同時に展開しなければ、実践では使えない」
「そうっすね……」
「まぁどちらも練習するしかない。
慣れれば呼吸するように発動することができる。
よし、まずは見せよう」
柳太郎は畳の中央に立ち、小さく息を吐く。
次の瞬間――直哉はゾクッとした。
(……入った)
目には見えないが、確かに何かが変わった感覚。
柳太郎の識界だろう。
展開速度は驚異的で、気づいた時には範囲内にいた。
「こういう技は、言葉で教えるのは難しい。
自転車と同じだ。見て、感じて、真似するしかない。」
柳太郎は何度も展開と解除を繰り返し、直哉に感覚を刻み込ませる。
「識界は範囲内の概念を上書きするが、相手も識界を使える場合、さらに上書きされる。
だから、一瞬で発動し、気づかれる前に攻撃するのがセオリーだ。」
(……魔素って奥が深い。一つ覚えたらまた覚えなきゃいけないことがどんどん増える!)
直哉はうなずきながら、心の奥で燃えるものを感じていた。




