第40話 3つの強化法則
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
探索者たちは肩で息をしながら、互いに視線を交わす。
剣士の刃には血が乾き、槍兵の鎧には煤がこびり付いている。
最上は剣を鞘に納め、栗色の髪を指で払った。
「……終わったわね」
その声には、戦場の緊張を解き放つ安堵と、わずかな疲労が滲んでいた。
俺もバットを肩に担ぎ、深く息を吐く。
(終わった……)
リーダーが声を張り上げる。
「全員、残敵が潜んでいる可能性がある! 奥まで確認するぞ!」
(『戦闘終了後の油断は、死亡率を12%上げます。警戒を維持してください』)
(了解、イチカ)
* * *
指令室の奥、巨大な両開きの扉が静かにそびえていた。
高さ3メートル、幅2メートル。黒鉄の板に古代文字のような刻印が走り、隙間から淡い光が漏れている。
だが、その光よりも――皮膚を刺す感覚が先に来た。
(……魔素だ)
空気が重く、粘性を帯びている。見えない力が、扉の隙間から溢れ出していた。
「……感じるか?」
篠崎が低く呟く。
最上も眉をひそめる。
「濃いわね。まるで液体みたい」
他の探索者は何も気づいていない。
魔素を感知できるのは――俺、篠崎、最上の3人だけ。
(『魔素濃度、通常の約18倍。結晶体の存在が推定されます』)
(結晶体……じゃあこの先に目標が)
扉が軋む音を立てて開いた瞬間、圧力が解放され、空気が震えた。
* * *
円形の巨大な空間。黒曜石の壁、床には古代の魔法陣。
その中央――
浮かんでいたのは、ひし形の結晶体。
一辺が1メートルを超える巨大な魔石結晶が、重力を無視して宙に漂っていた。
色は深い群青、内部には赤い脈動が走る。
まるで心臓が鼓動しているかのように、淡い光が周期的に明滅していた。
「……でけぇな」誰かが呟く。
俺は息を呑む。
篠崎が腕を組み、低く笑う。
「良質な魔石を生成しそうだ、これ1個で砦を維持する価値があるな」
最上が視線を細める。
「魔素の濃度、尋常じゃないわ」
その時、後方で探索者たちが低く声を交わした。
「……やっぱりあったな、心臓部」
「これで任務はほぼ完了だな。あとは回収だけだ」
「質がいいな……報酬、ちょっと期待できそうだな」
「気を抜くなよ。こういう時に限って、最後の1匹が出る」
「わかってる。……でも、正直ホッとしたわ」
「同感だ。ここまで来て空振りだったら笑えねぇ」
笑いはないが、声のトーンには張り詰めていた糸が少し緩む気配があった。
プロの探索者たち――任務完了の安堵を胸に抱きながらも、視線はまだ鋭く結晶の周囲を警戒している。
俺は結晶を見上げ、深く息を吐いた。
(……これが、魔石結晶か)
(『この結晶、換金価値は推定で8,000万円以上。ただし魔素の利用価値はそれ以上です』)
(……マジかよ)
* * *
砦の掃討は完了した。
第1部隊と第2部隊、そして俺たち魔素能力者3名は帰還。
第3部隊は代わりの部隊が来るまで砦を維持する。
ダンジョンの外、冷たい風が頬を撫でる。
職員が駆け寄り、満面の笑みを浮かべる。
「ご苦労様でした! あとはこちらにお任せください」
リーダーが報告を済ませると、職員は深々と頭を下げた。
「報酬は魔石結晶の査定後に振り込みます。期待してください!」
俺は篠崎と最上に声をかけた。
「……2人に、相談したいことがあるんです。魔素能力について」
篠崎が片眉を上げ、最上が興味深そうに視線を寄越す。
「ふむ、いいだろう」
「ついでだから、ダンジョン課の地下施設を借りましょうか」
最上が提案する。
* * *
ダンジョン課の地下――そこにはもう一つのダンジョンがあった。
第1層しかなく、モンスターもいない。
魔素能力者の訓練場として開放されているらしい。
入口を抜けると、岩壁に囲まれた巨大な空間が広がった。
天井は高く、無数の穴が岩壁に穿たれている。
それぞれの穴はアリの巣のように入り組み、予約制で利用できるらしい。
入口付近にはカフェと訓練場が併設され、探索者たちが談笑していた。
篠崎がカフェのカウンターを指差す。
「まずは座って話そう」
俺たちはテーブルに腰を下ろし、温かいコーヒーを手にした。
「……実は、必殺技を開発中なんです」
俺は正直に打ち明けた。
「拙いながらも、なんとか形になってきたんすけど。
でも、2人の技は桁違いで……どうやって訓練したら、あんな風になれるんですか?」
篠崎が低く笑い、カップを置いた。
「必殺技は結局、内在魔素の量で決まる。
ある程度の差は技術で覆せるが、圧倒的な魔素量の前では、どんな技も無効化される」
彼は指を鳴らし、炎の残滓を小さく灯す。
「俺の《インフェルノ・ロード》は鋼鉄を溶かすが、それでも魔素量が倍以上ある奴には効果を打ち消される可能性が高い」
最上が肩をすくめ、微笑む。
「だから私は必殺技じゃなく、身体強化に全振りしてるの。おかげで、身体強化は篠崎さんより高い水準にあるわよ」
俺は思わず問い返した。
「でも、2人より魔素量が多い人って……いるんすか?」
篠崎が苦笑し、最上が淡々と答える。
「3層なら俺たちはトップクラスだ。だが、4層、5層になると話は別でな」
「一般的に第3層の魔素量は200~800。それが4層になると1,000~2,500、5層だと5,000以上もいるって話よ」
俺は息を呑む。
(桁が違う……)
(『魔素量の差は、戦闘力の差を約80%決定します』)
(……やっぱりそうか)
(『直哉の内在魔素量は185。藤堂様の魔素量は自己申告ですが557でした』)
篠崎が指を突きつける。
「つまり、まずは魔素量を鍛えろ。それが全てだ」
* * *
「魔素の基礎鍛錬には師匠がいたほうがいい。お前、そういう人はいるのか?」
篠崎の問いに、俺は頷いた。
「師匠じゃないんすけど、藤堂心眼流迅術でお世話になってます」
最上が目を見開き、篠崎が笑みを浮かべる。
「あー、藤堂師範か」
「あの人ね、4層の上澄みにいる。それはそれは立派な化け物よ」
篠崎が真顔で言った。
「本格的に弟子入りしたほうがいいんじゃないか?
魔素を鍛えるなら、あの人以上の適任はそうそういない」
俺は最上に視線を向けた。
「最上さんの動きも素早くてすごかったです」
言った瞬間、自分で苦笑する。
(すごいって感想、なんかバカっぽいけど……)
最上は軽く笑って、カップを指で回した。
「ねぇ、知ってる? 身体強化には3つの強化方法があるのよ」
「3つ?」
「ええ。1つは持続時間。君の身体強化は5分程度かしら?でも私や篠崎さんは1時間越えよ」
「……そんなに?」
(『直哉の身体強化の平均持続時間4分32秒。アクセルバースト時は約2分に短縮されます』)
(結構長くなってきたと思ってたけど、まだそんなもんか……)
「まぁこればっかりは魔素量と日々の練習、それしかないわね」
「もう1つが方向性」
「方向性?」
「ええ、君もやってたでしょ。敏捷特化の身体強化」
「あーー」
(『確かに通常時は全ステータスが1.22倍に強化されますが、アクセルバースト時は敏捷が1.54倍に強化され、その他は1.1倍程度強化されます』)
(そうだったんだ!?)
「通常の身体強化の魔素の色は白。白はいわゆる、全ステータス強化ってとこね。
でも、それを敏捷に寄せると青くなり、筋力に寄せると赤くなる」
「なるほど」
「そうやって5つのステータスの強化を1つにまとめることができるわ。
例えば全ステータスを1.1倍ずつ強化していたものを、一つにまとめて1.5倍、みたいにね」
「全振りするのはそれはそれで技術がいるけどな」
「へー、勉強になるっす」
「そして最後が強度よ」
「強度?」
「えぇ、強度。君、身体強化ってどうやってやってる?」
「えぇっと、なんて言うんですかね。
こう、強化!って感じで力を入れて魔素をぐわーっとする感じです」
(『直哉、言語化能力も強化しましょう』)
「ふふ、まぁ言わんとしていることはわかったわ。
でもそれだと垂れ流しの状態なのよ」
最上は目の前で魔素を開放し、実演してみせた。
「これが君の身体強化、でしょ?」
「はい、そうっす」
「3層の魔素能力者は大体これね。
でも、この状態だとステータスの強化率は1.2倍、よくて1.3倍ってとこかしら」
(『直哉の通常強化率は平均1.22倍です』)
「確かに、俺も1.2倍ぐらいの強化率です」
「でも、これに強度を追加するとこうなるのよ」
最上の纏っていた魔素が炎の揺らめきだったようなものから、勢いを増し噴き出すようになる。
「この状態に持っていくと1.5倍から1.7倍の強化ってとこかしら」
篠崎が笑って肩をすくめる。
「俺がまさにこれだ。強化率は1.8倍ってとこだな」
「でも、さらにこの上があるの。」
最上は目を細め、さらに魔素を研ぎ澄ませた。
キーーンという澄んだ音と共に、噴き出していた魔素が圧縮され、硝子のような薄い膜になる。
「これで2.5倍よ」
俺は思わず息を呑んだ。
「……え、えぐい」
最上は軽く笑った。
「まぁ私の場合、ある意味これが必殺技かもしれないわね」
「2.5倍って、ステータスどのくらいになるんですか?」
「それは秘密。でも3層に来たばかりの人たちは、ステータスの最大値が30ぐらい。
それが4層に突入する頃には80ぐらいまで成長する、と言われているわ。」
「最上さんって、4層にいけるぐらいなんですよね……ってことは最大ステータス200超えなんスか?」
「ふふふ、どうかしらね」
(……き、気になる)
(『直哉の最大ステータスは、通常の身体強化で敏捷が54、敏捷特化で68、瞬閃三連撃時は、時穿つ瞳の効果も相まって、136です。』)
(全力出して、かすりもしないのか、ははは……)
「でも、じゃんけんみたいなものよね。私の身体強化は確かに強力よ。
ステータスだけならたぶん、篠崎さんの倍近くになるかしら。
指でピーンよ」
「おいっ!」
「でもね、篠崎さんにインフェルノ・ロードを発動されたら、私は近づけない。
近づくだけで燃やされちゃうもの。
だから逃げて逃げて、引き分けを狙うしかないわね。」
「なるほど……」
「でも、お前も素質あると思うぜ。
そもそも第3層から魔素を使える奴は少ないし、その上覚えてからまだ数か月なんだろ?」
「数か月で必殺技を使える人なんてなかなかいないわよ。
それにあの技、実は2つの能力を発動させてるでしょ?」
(うげ、一度見ただけでそこまでわかるのか。)
「複数の能力を発動させるなんて、それこそ3層レベルじゃ無理。
私たちでも結構ギリギリだもの。」
(イチカさまさまだな)
(『私はそのために存在しておりますので。』)
「必殺技ってのは、どんなにすごい能力者でも3つまでってのが定説だ。
それ以上は覚えても実践じゃ使い物にならない、ってな。
お前は今の段階で、もう2つ使えてる。練度はまだまだだけどな。」
「そうそう、それってすごいことなのよ?」
「へー、そうなんすか。」
「能力の並列起動、もしかしたらそういう方面に才能があるのかもしれないな」
「ありがとうございます、参考になります」
俺はカップを握りしめ、深く息を吐いた。
(――次の道が見えた)
(『はい。魔素量強化プランを提案しますか?』)
(……あぁ頼む。お前との並列起動もな)




