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現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
第3層“起” 魔素能力者

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第38話 砦攻略戦 ― 汚泥の砦

内部の建物へと続く正門が、鈍い音を立てて開いた。

石造りの壁の隙間から、冷たい空気が流れ込み、血と鉄の匂いが混ざった戦場の残渣を運んでくる。

広場の戦闘は終わった。

約500匹のゴブリンを蹴散らし、主ゴブリンを討ち取った探索者たちが、今度は砦の奥へと視線を向けていた。


「突入人数、34名!」

リーダーの声が響く。

第1部隊13名、第2部隊18名、そして俺と篠崎、最上――魔素能力者3名。

第3部隊は外に残り、入口付近の階段を確保し、砦の維持を担当する。


(『残存戦力、十分です。第1部隊と第2部隊の士気は高く、負傷者は軽度のみ』)

(了解……でも、緊張するな)


砦の入口から覗く内部は、暗く、異様な空気を漂わせていた。

崩れた壁の影が歪み、湿った風が鼻を刺す。

遠くで水滴が落ちる音が反響し、静寂を不気味に切り裂いた。

その奥に何があるのか――想像するだけで、胃がきしむ。


「第1部隊、左へ! 第2部隊、右だ!」

リーダーの号令が飛ぶ。

篠崎さんと俺は第1部隊に合流し、左側の通路へ。

最上さんは第2部隊とともに右へ進む。

階段の確保は第3部隊の一部が担当し、俺たちは1階の制圧を任された。


イチカが静かに告げる。

(『内部構造は複雑。視界不良、臭気強度高。呼吸を整えてください』)

(……臭気強度って言うなよ、余計に気になるだろ)


指先が汗で滑り、ホルダーの感触が妙に重い。

俺は深く息を吐き、ホルダーを確認した。

発明品はすべてチャージ済み。

(よし、行くぞ――)


石畳を踏みしめ、俺たちは砦の暗い通路へと足を踏み入れた。


* * *


砦の内部は、外観からは想像できないほど広かった。

石壁に囲まれた空間が、まるで廃墟になったショッピングモールのように広がっている。

高い天井には鉄製の梁が走り、そこから垂れ下がる錆びた鎖が、かすかな風に揺れて軋む音を立てていた。

崩れた看板が瓦礫に埋もれ、かつて何かを示していた文字は黒ずんで判読できない。

床は石畳だが、ところどころに黒い染みが広がり、乾ききっていない血の跡が靴底にぬめりを残す。


壁際には粗末な木箱が積まれ、壊れた陶器や錆びた刃物が散乱している。

その間に、腐った食べかすと骨片が無造作に転がり、鼻を突く悪臭が漂っていた。

糞尿の臭いが湿った空気に混ざり、喉の奥に重くまとわりつく。

遠くで水滴が落ちる音が反響し、静寂を不気味に切り裂いた。


(『生活痕跡を確認。糞尿、食残り、骨片――ゴブリンの巣と推定』)

(……うわ、マジで臭いな。これ、人間の住む場所じゃない)

(『正確にはゴブリンの居住区です』)

(そういう問題じゃねぇ!)


視線を横にずらすと、崩れた棚の上に黒ずんだ布切れが積まれていた。

寝床だろうか――藁と布が絡み合い、そこに染み込んだ液体が乾いて黒く固まっている。

その上には、何かの骨――小動物か、人間か、判別できない。

胸の奥がざわつき、胃がきしむ。


「気にすんな、こういうもんだ」

前を歩く剣士が肩越しに笑った。


「掃除は後で職員がやる。俺たちは片付けるだけだ」

その言葉に、他の探索者もうなずく。

慣れた様子――この不潔さを、彼らはもう何度も見てきたのだ。

俺だけが、初めてこの現実に足を踏み入れた。


(『心拍数が上昇しています。精神的負荷と推定』)

(そりゃそうだろ……こんな場所、二度と来たくねぇ)


(『記録しますか?』)

(やめて!)


その時、影が動いた。

ギャアアアッ!


ゴブリンの咆哮が響き、盾を構えた前列が飛び出す。

その背後には弓兵、さらに奥で赤い魔法陣が淡く光る。

ホブゴブリンの巨体が2体、槍を握って前進してきた。


(『敵構成:ゴブリン14、弓兵6、ホブゴブリン5、マジシャン2。脅威度、低』)

(よし、片付ける!)


「行くぞ!」

剣士が駆け、ゴブリンの盾を弾き飛ばす。

槍兵がホブゴブリンに突き、弓兵が矢を放つ。

第1部隊の連携は滑らかだ。


俺は後方で閃光弾(フラッシュ・ピン)を投げた。

「フラッシュ!」

閃光が炸裂し、ゴブリンが目を覆う。


「うぉぉりゃ!」

俺はバットを握り、全力で振り抜いた。

ズガァン!

ゴブリンの盾が砕け、体が宙を舞う――そして、光の粒子となって消えた。

ポリゴン化した残骸が床に散り、やがて霧のように消える。

(……死骸が残らないのは助かるけど、臭いはどうにかならねぇのか)


篠崎が前に出た。

バスタードソードが淡く光り、魔素を纏った刃が空気を裂く。

ザシュッ!

一閃でホブゴブリンの槍を断ち、返す刃で喉を切り裂く。

進退の妙――一歩踏み込み、半歩退き、斜めに切り上げる。

その動きは、まるで舞うようだった。


「クリア!」

剣士が声を上げ、瓦礫の奥を確認する。

ゴブリンのポリゴンが霧散し、床には糞尿と食べかすだけが残った。

その不潔さに、胸の奥がざわついた。


(『左翼探索、第1区画制圧完了。次の区画まで15メートル』)

(了解……この先も似たような光景か)


俺は深く息を吐き、ホルダーを確認した。

篠崎が剣を肩に担ぎ、低く笑った。

「まだまだ奥があるな」

俺も苦笑しながらうなずいた。

「2階に上がる前に、全部掃除だな――いや、俺たちは戦うだけか」


瓦礫の向こう、暗い通路が続いていた。

その先に、次の戦場が待っている。


* * *


通路を抜けると、視界が広がった。

床には黒ずんだ布切れや骨片が転がり、腐臭が鼻を突く。

湿った空気に、獣の体臭と血の匂いが混ざっていた。


靴底がぬめり、視線を落とすと、乾ききっていない血溜まりが広がっていた。

壁際には粗末な寝床――藁と布切れが積まれ、黒い染みが広がっている。

(……うわ、マジで臭いな)


「敵影、前方」

剣士の声に、視線を上げる。

暗がりから、ゴブリンの群れが姿を現した。

数は30数匹――盾を構えた前列、弓兵が後列に8体。

さらに奥で、ホブゴブリンが10体以上、武器を構えていた。


(『敵構成:ゴブリン16、弓兵8、ホブゴブリン12。脅威度、中』)

(了解。軽く片付ける)


「ホブゴブリンが多いぞ、気をつけろ!!」

「前衛、展開!」

剣士が駆け、ゴブリンの盾を弾き飛ばす。

槍兵がホブゴブリンに突き、弓兵が矢を放つ。


俺は後方で煙幕弾(スモーク・カプセル)を投げ、弓兵の視界を奪った。

「スモーク!」

煙幕が充満し、ゴブリンが目を覆う。


(イチカ、頼むぜ!)

(『了解、輪郭補佐をします』)

煙の中、直哉の右目が淡く光を放ち、動きに合わせて光の帯を描く。

「俺の右目から逃げる術はないぜ……!」


その後も多少の手傷を負いながらも、危なげなく殲滅した。

(『左翼探索、第2区画制圧完了。構造的にあと4区画ほどありそうです』)

(了解……ここからが本番だな)


* * *


瓦礫を踏みしめながら、俺たちは階段前の敵を押し切った。

ゴブリンのポリゴンが霧散し、鉄と血の匂いが濃く漂う。

剣士が最後の一撃でホブゴブリンを斬り、静寂が戻る。


(『階段確保しました。敵の抵抗は消失』)

(ふぅ、数は多いけど何とかなるもんだな)


その時、右側の通路から足音が響いた。

最上率いる第2部隊だ。

彼女は栗色の髪を後ろで束ね、白シャツに血の飛沫を浴びながらも笑みを浮かべていた。


「お疲れ、こっちは終わったわ」

最上が軽く肩をすくめる。

「主ゴブリンの討伐完了。マジシャンも全滅ね」

その言葉に、広場に歓声が広がる。

「さすが最上さんだ!」

「早すぎるだろ!」

声に安堵と興奮が混ざる。


最上は得意げに続けた。

「主ゴブリンの追加報酬、しっかりいただいたわよ!」

腰のポーチを軽く叩き、挑発的に肩をすくめる。


篠崎が剣を肩に担ぎ、笑った。

「こっちも片付いた。大体100匹ぐらいか、全部沈めた」

最上がうなずき、視線を階段へ向ける。

「次は2階ね。ここからが本番よ」


俺はホルダーを確認した。

発明品はすべて回収済み、チャージも完了。

イチカが静かに告げる。

(『魔素残量、74%。戦闘継続に問題なし』)

(よし……)


篠崎がちらりと俺を見て、声をかけてくる。

「なぁ、初めての大規模戦闘だろ? 勝手が違って戸惑ってねぇか」

彼の眉がわずかに寄り、剣を肩に担いだまま俺の様子を探る。


最上も笑みを浮かべ、軽く顎をしゃくる。

「そうそう、2階はもっと混乱するわよ」

その口調は軽いが、視線は真剣で、血の飛沫を浴びた頬に自信の色が残っていた。


俺は肩をすくめ、余裕を見せるように笑った。

「大丈夫です。まだ余裕あるし、動きもつかめてきました」

言葉に力を込めると、2人の視線が一瞬だけ柔らかくなる。


篠崎が満足そうに鼻を鳴らし、口角を上げた。

「ならいい。1階は少し気遣って俺が前に出ていたが、2階からは好きにしろ」

その声には、信頼と期待が混ざっていた。


最上はにこっと笑い、腰のポーチを軽く叩く。

「頼りにしてるわよ。君が暴れてくれたら、こっちも楽になるからね」

その笑みは挑発的だが、どこか安心した色を帯びていた。


入口付近の階段は既に第3部隊が押さえている。

退路は確保済み。

残るは、この階段を越え、2階を制圧すること。


リーダーが声を張り上げる。

「第1部隊、第2部隊、準備完了! 2階に上がるぞ!」


俺は深く息を吐き、篠崎さんと視線を交わした。

最上が笑みを浮かべ、探索者たちが武器を握り直す。

緊張と高揚が胸を満たす。

残すは2階のみだ!

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