第197話 血のほころび
気づいたら主人公がまったく登場しない話になってた。
ということで、敵方がメインの話しは断章とし、話数を振りなおしました。
断章はメインの話しと同時並行、という感じです。
本日も断章とメインの話しをアップしています。
「行くぞ、畳みかける!」
直哉の声に、3人が同時に動いた。
武虎が飛びこみ、断裂猛襲を纏った拳をマグナス伯爵の胸へ叩き込む。
黒い稲妻を纏った一撃が脇腹を抉り、伯爵の体が大きく仰け反った。
「くはっ――ぐぅっ」
胸に空いた穴から血が噴き出すが、まるで逆再生するように戻っていく。
しかしその一瞬の隙を陽平が逃さなかった。
「――これならどうだ!」
赤黒く染まった難陀が伯爵の首元へ絡みつき、そのまま力任せに巻き付く。
頸椎が軋む音がして、頭部が不自然な角度に曲がった。
* * *
マグナス伯爵は槍を振るい、絡みついた難陀を強引に引きちぎろうとする。
だが陽平は緩めなかった。
「もっとだ、もっと締めあげろ!」
歯を食いしばりながら、さらに魔素を注ぎ込む。
水蛇の力が締め上げを強め、マグナス伯爵の首がさらに深く軋んだ。
そこへ直哉が回り込み、隙だらけの胴体へバットを叩き込む。
ゴギッ――!!
骨の折れる音とともに、マグナス伯爵の体が横へ大きく傾いだ。
* * *
「そろそろ退場の時間だぜ、ワガハイ老害様よ」
真弓の魔弾が目を正確に撃ち抜く。
弾けた頭部が再生を始めるが、その途中へ直哉のバットが叩き込まれた。
ドゴォッ――!!
バットの一撃で頭蓋が完全に潰れ、マグナス伯爵の体がぐらりと傾ぐ。
『直哉、再生速度がさらに低下しています。
血のプールの残量、開戦時比で約7割まで減少』
「くそっ、まだ7割もかよ!」
* * *
武虎が再び踏み込み、右腕をマグナス伯爵の脇腹へ突き入れる。
消滅の力を纏った拳が肉を抉り、内臓ごと持っていくような感触が手に伝わった。
「うぐぅっ……」
さすがのマグナス伯爵も、苦悶の声を隠せなくなっている。
腕が半ばまでめり込んだところで、マグナス伯爵の槍が武虎の脇腹を掠めた。
「ちぃっ」
浅く裂けた傷を無視し、武虎は腕を引き抜く。
真弓の砕陣弾が肩口を撃ち抜き、爆発とともに肉片が飛散する。
その隙間を縫うように、直哉がマグナス伯爵の懐へ潜り込んだ。
「いい加減に倒れろ!」
バットを振り上げ、渾身の一撃を首筋へ叩き込む。
骨と肉を断つ手応えとともに、マグナス伯爵の首が半ばまで裂けた。
「くふ……くふふふふ……」
千切れかけた喉から、笑い声が漏れる。
「くはは、くはははははは!!」
哄笑が広間に反響した。
致命傷を負うたびに深まっていた笑みが、ついに歯止めを失った。
* * *
「良い……実に良いぞ!!」
マグナス伯爵が両腕を広げると同時に、全身から血が噴き出し始めた。
傷口という傷口から溢れ出す血が、皮膚を、肉を、骨を溶かすように包み込んでいく。
「……なんだ、あれ」
武虎が構えたまま後退る。
みるみるうちに、人型を保っていた体が輪郭を失い、どろりと崩れ落ちていった。
衣服も鎧も肉も、区別のつかない赤黒い液体へと還っていく。
甘ったるい血の臭いが、それまでとは比較にならない濃さで広間に充満した。
最後に残った赤い瞳だけが、しばらく虚空に浮かんだまま4人を見据えていたが、やがてそれも血の中へ沈んでいった。
* * *
『マグナス伯爵の生体反応が消失。
――いえ、正確には、広間全体の血のプールへ拡散したものと推測されます』
イチカの声に、緊張が走る。
「消えたわけじゃねえってことか」
「たぶんな」
直哉が周囲を見渡す。
広間を埋め尽くす血のプールが、以前よりわずかに脈打つように波立っていた。
* * *
次の瞬間、洋館全体から声が響いた。
壁の奥から、天井の隙間から、床の下から――館そのものが唸るように、マグナス伯爵の声が響き渡る。
「くはははは、こんなに楽しいのは久し振りだ。
しかし残念だ、貴様らが吾輩だと思っていたのは仮初の姿。
この洋館こそが吾輩の体。
貴様らは既に吾輩の腹の中というわけだ!!」
その言葉と同時に、壁の表面が波打ち始めた。
石造りの壁が肉のように蠕動し、天井からは赤黒い管のようなものが幾筋も垂れ下がる。
床のタイルが盛り上がり、内側からめくれ上がるように牙めいた突起が突き出した。
饐えた血の臭いが広間全体に満ち、壁という壁が脈打つように収縮を繰り返す。
シャンデリアの鎖が生き物のようにしなり、天井の漆喰がぼたぼたと剥がれ落ちていく。
「――っ、まじかよ!」
武虎が叫んだ瞬間、壁から伸びた触手じみた腕が四方から一斉に襲いかかった。
『全方位からの攻撃を確認。
広間そのものがマグナス伯爵の体内と化した可能性が高いです』
「洋館ごと化け物かよ、反則だろこれ!」
真弓が舌打ちしながら飛び退り、瞬陣弾を乱射する。
壁から伸びる触手が弾け飛ぶが、傷口からすぐに新たな突起が生えてくる。
陽平が木刀を構え直し、荒く息を吐いた。
「――終わってないどころか、これからが本番かよ」
四方から迫る血の壁を前に、4人は背中を寄せ合うように立つしかなかった。




