【閑話】第16話 迷い込んだ者たち
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異世界アル・テラス大陸に、奇妙な噂が広がり始めたのは、2年ほど前のことだった。
ダンジョンに、異世界に繋がる門が出現することがある——。
最初は酒場の与太話として流れた。
信じる者より笑い飛ばす者の方が多かった。
しかし噂には、妙に具体的な話が混じっていた。
第2層の通路で青白い光の揺らめきを見た。
その光に近づいたら気がついたら知らない場所にいた。
戻ってきたら仲間が消えていた。
語る者はどれも、真顔だった。
真相は、こうだ。
15年前に転移門が龍脈と同化した。
エルド・フェルミナが封印の際に転移門を龍脈へ溶け込ませたことで、転移門の性質が龍脈の魔素に刷り込まれた。
そして15年という年月が経つうちに、その魔素が熟成し、転移門と同じ現象を起こすようになった。
モンスターが生まれるように。
鉱脈が生まれるように。
それは龍脈の魔素が時々引き起こす、自然現象だった。
ただしその門は気まぐれだ。
いつもそこにあるわけではない。
どの層にも出現し得るが、条件も法則も不明で、気づいたら現れており、気づいたら消えている。
一度潜り込んだ者は、出口を自力で見つけなければならない。
噂はゆっくりと、しかし確実に、大陸中に広まっていった。
* * *
それから約2年後のことだ。
カルナス王国の冒険者チームが、ダンジョンに潜っていた。
リーダーのゾラは槍使いの女で、20代半ば。
後衛のクロムは大地使いの青年で、細身に似合わず胆力がある。
最年長のバーグは元傭兵の盾役で、無口だが判断が早い。
3人はいずれもB級上位で、ギルドの査定官からは「次の昇格は時間の問題だ」と言われていた。
A級まであと一歩のところまで来ている、実力のあるチームだった。
いつものように、第5層に向っている途中、第3層を踏破し、さらに奥へ進んだところで、ゾラが足を止めた。
「……あれ、なんだ」
通路の壁面に、青白い光が滲んでいた。
揺らめいている。
波紋のように広がっては収束し、収束しては広がる。
クロムが息を呑んだ。
「……まさか、噂の」
バーグが低く唸る。
「気まぐれな門、か」
3人は顔を見合わせた。
逡巡は短かった。
ゾラが一歩、踏み込んだ。
光が全身を包んだ。
* * *
気づいた時、3人は薄暗い通路に立っていた。
「……嘘だろ」
クロムが呟いた。
本当に転移した。
頭では噂を知っていたはずなのに、実際に体験すると言葉が追いつかない。
足元の感触は確かにダンジョンの石畳だ。
しかし、何かが違う。
壁の素材が違う。
照明の色が違う。
空気の流れ方が違う。
魔素の濃度が明らかに薄い。
「本当に飛んだ……」
ゾラも声が出なかった。
バーグだけが、ゆっくりと周囲を見渡して短く言った。
「……状況を整理するぞ。
ここがどこかは、まだわからない」
クロムが周囲の魔素の反応を確かめる。
「魔素が薄い。
でも、魔物の気配はある。
とりあえず、探索しよう」
3人は慎重に進み始めた。
出てくる魔物は見覚えのない種類だったが、さほど強くはない。
ゾラが1体を槍で仕留めた瞬間、3人は同時に動きを止めた。
魔物の体が、細かな光の粒になって空気の中に散っていく。
血の1滴も、毛の1本も残らない。
「……消えた」
クロムが眉を寄せた。
「噂どおりね。
ねえバーグ、クロム——ここじゃ死んでも生き返るって噂よ?」
「ははは、じゃあお前が試すか」
「何言ってんのよ」
「俺もそう思う」
ゾラが苦笑して槍を構え直した。
笑っていても、3人の目は真剣だった。
* * *
さらに奥へ進んだところで、別の光の揺らめきを見つけた。
先ほどと同じような青白い光だ。
壁面に滲み、波紋のように広がっている。
クロムが目を輝かせた。
「帰れる、かもしれない」
3人は迷わず飛び込んだ。
* * *
光が弾け、3人はダンジョンの通路に出た。
「戻った——か?」
しかし、魔物を倒すとまたポリゴン状に砕けて消えた。
死体を残さない、あの現象だ。
「……まだ戻っていない」
バーグが呟く。
クロムも黙って頷く。
「なんだったのよ、さっきのは」
ゾラが首を振った。
答えは出ない。
別の転移先に飛ばされたのか、それとも元の場所に近づいているのか、まったく見当がつかない。
とにかく1層を目指すしかなかった。
* * *
何度か階層を上がり、第1層にたどり着いた。
そこで3人は立ち止まった。
軽装の人間がモンスターと戦っている。
装備は簡素で、とても戦士や冒険者には見えない。
若い男女が、そして子供が当たり前のようにモンスターを倒し、何事もなかったように歩いていく。
「……なんだここは」
クロムが目を丸くした。
バーグも珍しく表情を崩した。
ゾラは口を開けたまま、しばらく何も言えなかった。
* * *
ダンジョンを出ると、立派な建物に続いていた。
掲示された案内が目に入る。
文字が読めた。
アル・テラスの文字とは形が違うのに、意味が頭に入ってくる。
なぜ読めるのか分からないが、読める。
案内に従って進むと、換金窓口があった。
魔石を差し出すと、係員が端末を操作し、紙と硬貨を返してきた。
「ドル……?」
見たことのない通貨だ。
数字は読めるが、この金額が多いのか少ないのか、まったく分からない。
3人は人気のない隅に移動した。
クロムが魔石を1つ取り出し、手のひらの上で転がした。
「鑑定してみよう」
魔石に意識を集中し、問いかける。
——このお金の価値を教えてくれ。
魔石がほんの少し温かくなった。
頭の中に、断片的なイメージが流れ込んでくる。
食料の値段。
宿の相場。
物の値打ち。
「……わかった」
クロムが顔を上げた。
「換金したお金、思ったよりずっと多いな。
当面は食うに困らないぜ」
ゾラが息を吐いた。
「まず、飯と宿を確保しよう。
それからここがどこなのか、考えよう」
バーグが短く頷く。
3人は建物を出た。
頭上には、見覚えのない空が広がっていた。
* * *
異変に気づいたのは、換金から数日後だった。
政府のダンジョン管理部門に、1件のフラグが立った。
3人が売った魔石は、通常の魔石とは純度が違った。
地球産の魔石の基準値を大きく超えていた。
さらに3人が身につけていた装備や所持品のいくつかも、既存のどのメーカーとも一致しない素材でできていた。
調査が始まった。
3人の外見の記録映像、取引の詳細、立ち寄った場所の情報。
それらを照合した結果、出てきた答えは奇妙なものだった。
国籍が存在しない。
入国記録がない。
顔認証のデータベースにも存在しない。
どこの国にも、この3人に該当する人物の記録がなかった。
スパイの可能性が最初に挙がった。
しかしスパイにしては行動が杜撰だ。
それに所持品の素材はどこか古臭く、魔石の純度は現在確認されているどのダンジョンとも符合しなかった。
スパイという説明では、辻褄が合わない部分が多すぎた。
「彼らも情報を探っているようです。
しかも、どれも一般常識のようなものを、です。
ダンジョンに足しげく通っているので、まずは専任のダンジョン職員を配置してはどうでしょうか?」
「そうだな。
もしかしたら新たなダンジョンが出現した可能性もある。
まずは慎重に接触してくれ」
ダンジョン管理部門は3人への接触を決めた。
3人はまだ、それを知らない。
今日もどこかのダンジョンに潜り、魔石を売り、見知らぬ世界で生きている。




