第107話 灼熱の遺跡
「……乗れ、と言っていル」
グリーンドラゴンが言った。
視線は直哉たちに向けられており、鱗に覆われた広い背中がそこにある。
直哉は武虎と顔を見合わせた。
「え、いや、本当に乗っていいのか?」
「徒歩では半日かかル。貴様らの足では遺跡に着く前に日が暮れル」
「……そういう話じゃなくて」
「嫌なら歩ケ」
直哉はもう一度武虎を見た。
武虎は無言で肩をすくめた。
陽平はなぜか目を輝かせている。
真弓は既にグリーンドラゴンの背に向かって歩き出していた。
「じゃあ乗る」
「お前は早いな」
「楽でいい」
* * *
グリーンドラゴンの背中は、思ったより広かった。
4人が並んでも、まだ余裕がある。
鱗の感触は硬く、ひんやりとしている。
「落ちるなヨ。助けてやる義理はなイ」
グリーンドラゴンは翼を広げた。
ゴウッ——空気が一気に押しのけられ、地面が遠ざかる。
「おお……!」
陽平が身を乗り出した瞬間、真弓が即座に首根っこを引っ張った。
「わわっ」
「落ちるぞ」
「でも見て、あそこに——」
「座りな」
直哉は2人のやりとりを横目で見ながら、風を切る感覚に身を任せた。
上空から見る森は、緑の絨毯のように広がっている。
その奥に、山並みが連なっていた。
『北西方向、山間部との境界付近に熱源を検知しています。気温は徐々に上昇傾向です』
「あの辺か」
飛行時間は20分ほどだった。
* * *
グリーンドラゴンが降下した先は、森と岩山が混ざり合う場所だった。
その岩山の根元に、半分以上が地面に埋まった石造りの構造物が見えた。
「……ここか」
「そうダ」
グリーンドラゴンは言いながら、しかし足を止めた。
「……熱い」
遺跡に近づくにつれ、空気の温度が上がっている。
今でも40度近い。
「あんたは下がっていてくれ」
「そうすル」
グリーンドラゴンは来た方向へ数歩戻り、日陰に腰を下ろした。
「原因を取り除いたなら、吠えロ。聞こえれば来てやル」
「了解」
* * *
遺跡の入口に足を踏み入れた瞬間、熱気が壁から滲み出るように押し寄せてきた。
「あつっ……!」
陽平がたまらず顔をしかめた。
「これは無理だな」
直哉が言いかけた時、陽平が木刀を構えた。
「水操:参式 沙羯羅」
木刀に纏わりついていた水が、意思を持ったように隆起した。
刀身から、ずるり、と形を変え——水でできた蛇が生まれる。
蒼く、透明な蛇。
それは一度、宙でとぐろを巻き、すぅっ、と四方へ分かれた。
4匹がそれぞれ直哉、武虎、真弓、陽平の周りをぐるり、ぐるりと旋回する。
蛇たちは一斉に静止し——スゥッ、と霧のように溶ける。
同時に4人の身体の輪郭に、水色の膜が浮かび上がった。
「……涼しい」
「水の層が熱を吸収します。ただし長時間は持ちませんので、急ぎましょう」
「了解——行くぞ」
* * *
通路は思ったより広かった。
代わりに、壁そのものが赤みがかった光を放っていた。
「……熱を帯びた石だな」
武虎が壁に手をかざす。触れていないのに、じわりと熱を感じた。
『壁材に特殊な鉱物が混在しています。
帰り道に冷えていれば試してみる価値はあります』
「おお、そうなのか。帰りに寄ろう」
通路を進むと、床に亀裂が走る空間に出た。
「気をつけろ、床が脆くなってる」
武虎が端を回るように進む。
全員が慎重に亀裂を避けながら通り抜けた時——
ズドンッ!
後方の天井から、何かが落ちてきた。
岩のように見えた塊が、4本の脚を持って立ち上がる。
体長は2メートルほど。全身が赤みがかった鱗に覆われ、尻尾の先端が炎のように揺らめいている。
「……トカゲ?」
『サラマンダーです。体表温度が高く、直接触れると火傷します』
「神谷、右だ」
武虎が既に動いていた。
サラマンダーの尻尾が薙ぎ払いを放つ——直哉は蜻蛉飛びで跳躍し、空中でバットを振り抜いた。
「クリムゾン!」
グレートソードモードが展開し、砕陣を重ねて叩きつける。
ザシュッ!!
サラマンダーの首が横に吹き飛び、動かなくなった。
「先が長いぞ」
一行は先へ進んだ。
* * *
坂を下りると、鉱脈があった。
岩壁から突き出た、青白く光る鉱石の塊だ。
『希少鉱物です。
純度次第では1,000万円を超える可能性があります』
4人が目を輝かせる。
* * *
さらに進むと、3メートルを超える人型の影が現れた。
全身が炎をまとったような赤みを帯び、腕には太い棍棒を持っていた。
『イフリートです。炎の精霊の一種で、火属性の攻撃は逆に回復します。
物理攻撃または水属性が有効です』
「陽平!」
「聞こえてました!」
「ここ狭い」
真弓が呟く。
「正面から行く! 陽平と真弓は後方支援!」
イフリートが棍棒を振り下ろす——床が爆ぜ、炎が通路を這うように走り岩壁を砕く。
直哉は蜻蛉飛びで跳び越えながら突き進む。
武虎が断裂掌を叩き込んだ——赤いオーラと黒い稲妻が爆ぜ、腕に穴が開く。
陽平の難陀が足元を絡め取り、真弓の砕陣弾が肩口で爆発する。
「今だ直哉!」
「おおおっ! インパクト!!」
砕陣を重ねた鉄球が頭部へ唸りを上げて叩き込まれる。
ドゴォォォンッ!!
イフリートは岩壁に叩きつけられ、沈黙した。
「さすがに硬かったな」
「前より随分楽に倒せたぞ」
* * *
イフリートを倒してさらに進むと、通路が急に開けた。
天井が吹き抜けになっている。
岩山の頂部が開口しており、そこから夕暮れの空が見えた。
赤みがかった光が、広間へ差し込んでいる。
円形の広間。直径は100メートル以上ある。
そして中央に——
「なんだ、あれ」
岩の台座の上に、赤黒い結晶体が鎮座していた。
幾つもの結晶が結合したような形で、その隙間から赤い光が脈動している。
まるで心臓が鼓動しているかのように、周期的に明滅していた。
『あれが熱源の本体のようです。魔素の結晶体が活性化しています。
下手に刺激すると爆発を起こしますので、慎重に』
「どうすれば止められる?」
『結晶体に直接触れ、魔素の流れを強制的に止めることができれば——ただし、直哉様の魔素と私の魔素を合わせて使う必要があります』
「やってみよう」
直哉は広間の中央へ歩き出した。
熱がドンドン強くなる。
沙羯羅がじわじわと削られていくような感覚があった。
「陽平、ここで待っててくれ」
「わかった。何かあればすぐ動くね」
直哉は台座の前に立った。
赤黒い結晶体が、目の前で脈打っている。
『手を当ててください。サポートします』
「頼む」
直哉は右手を結晶体に向けて伸ばした。
触れた瞬間——熱と光が炸裂した。




