11.王宮
翌朝、ジャニィが燻る暖炉の炭を足で踏み潰していると、王子がフラフラと起きてきた。
「おはよう。早いね、ジャニィ」
「ああ、出発するぞ! お前も早く準備をしろよ」
「えっ! 出発って、王宮に戻るの?」
王子はテーブルの前にある椅子に座りながら言った。
「そうだな。今から出れば夜には着くだろう」
ジャニィは暖炉の火を消し終わると、テーブルの上に置いてあったパンを王子の前に差し出した。
王子は、そのパンを取ると、小さくちぎり口に含んだ。
「あのさ……、ジャニィ」
「うん? なんだ? 飲み込んでから言えよ」
王子は何事かを考えているのか、えらくゆっくりとパンを飲み込んだ。
「ジャニィ……、ちょっと言いにくいんだけどさ」
王子は、またそこでパンをちぎった。
「なんだよ?」
ジャニィは王子の言葉を待った。
「王宮に戻るのは止めにしない?」
「はっ! なんでだよ? 祭事長に話を聞くんだろ?」
ジャニィは王子の提案に面食らった。
「そうなんだけどね。昨日は言い忘れてたんだけど……、『真王の証』の旅ってさ、言葉を得るまで帰っちゃ駄目なんだよね」
王子はそこまで言うと、手に持っていたパンをゴニョゴニョと丸め始めた。
「なんだよそれ! しきたりなのか?」
「うん、だから僕は王宮には行けないんだよね……」
王子は申し訳なさそうにモジモジしている。
ジャニィは少し考えてから言った。
「そうか、じゃあ、俺一人で行くよ」
「えー! それは嫌だよ!」
「はっ? お前は行けないんだろ? だったら、俺一人で行くしかないだろうが! お前は、その間にでも『真王の証』の旅をしてろよ!」
「いや、それも無理じゃん! だって紋章無いんだよ。それに、僕は命を狙われてるんでしょ? ジャニィの護衛がないと、僕死んじゃうよ」
王子が屁理屈のような我儘でジャニィに迫った。
ジャニィにしてみれば、一刻も早く祭事長から事の真相を聞き出したかったが、王子の言っていることにも一理あると思った。この状況で、こいつを一人にすれば、確かに命を狙われる可能性もあるだろう。
「うーん……、じゃあ、どうすんだよ」
ジャニィは唸った。
「シンクフォイルを追わない?」
王子は、先ほどから丸めていたパンを口に入れると、そのまま続けた。
「シンクフォイルに会えばさ、紋章も返してもらえると思うんだよね。そうすれば、僕の『真王の証』の旅もできるし。それに、マスケスに何を言われたかも聞けるんじゃないかな?」
ジャニィは腕を組んで本格的に悩みだした。
シンクフォイルか……、たぶん徒歩で旅をしているはずだから、そう遠くまでは行っていないだろう。それに、王子が直接会って、生きていることを知れば、確かに紋章は取り戻せそうだよな。しかし、祭事長に何を吹き込まれたかは聞けても、祭事長の目的を知ることにはならないだろうな……。参ったな。
そのとき、王子がまた話しかけてきた。
「ねえ、ジャニィ、紋章を取り戻して、僕が直ぐに言葉を刻めば『真王の証』を得る旅は終わらせられるよ。そしたら、王宮にも戻れるんだからさ。やっぱ、そっちのが良くない?」
ジャニィは顔を上げた。
そこには呑気にパンを頬張る王子の顔があった。
「おまえは相変わらずだな……、調子の良いことばっか言いやがって。分かったよ。取り敢えずシンクフォイルを探してみるか」