7.王子として
マスケスの前に立つシンクフォイルは既に抜け殻のようだった。
呆然と立ち尽くし、その目は開いているが何も見ていなかった。
「シンクフォイル殿、まずはこの薬を飲んで頂けないですかな?」
マスケスは先ほどアルバに飲ませた薬の残りをシンクフォイルに飲ませようとした。
しかし、シンクフォイルは依然微動だにせず、マスケスの言葉も耳に届いてはいなかった。
「シンクフォイル殿、お気持ちは痛いほど分かりますぞ。しかし、ここであなたまで病魔に侵されることを、御父上やアルバ殿はお望みになられますかな?」
シンクフォイルはアルバの名に少しだけ反応を示した。
「きっとアルバ殿は最後まで病魔と闘っていたと思いますぞ、そんなアルバ様の兄であるのなら……シンクフォイル殿、あなたも戦わねばなりませんぞ」
マスケスが無理やりシンクフォイルの手に薬瓶を握らせた。
すると、シンクフォイルは定まらぬ焦点のまま、握った薬の小瓶を口元に運ぶと、一口でそれを飲み干した。
「ご立派ですぞ! シンクフォイル殿」
マスケスが微笑みながら空の薬瓶を受け取ると、シンクフォイルは突然ベッド脇へ歩み寄った。
まだ暖かさの残るアルバを一度抱きしめ、恐怖と苦しみに見開かれたままの目を、そっと閉じてやった。
そして、シンクフォイルは少しずつ話し出した。
「マスケス先生、私はもう、ここでは生きていけません。
父が死に、ダウリカが死に、そしてアルバまで死んでしまいました……この家には思い出がありすぎます。
この中で私だけ一人で生きていくことなんて、到底できません。
かといって、ここを出て暮らせと言われても、それもできるとは思えません。もう私には……生きる理由がありません……」
そこまで言うと、シンクフォイルは立ち上がり、マスケスの顔を見つめた。
マスケスは、絶望にさいなまれるシンクフォイルの顔をまじまじと見つめ返していた。
その顔は、できることなら、この場で殺してくれ、と訴えているようだった。
マスケスは一度だけ目を瞑ると、小さく頷いて一言だけ呟いた。
「では、王子として生きなされ」
マスケスは、どこからともなく年輪の仮面を取り出すと、仮面の表面を外側から中心に向かってスルリと撫でた。
年輪の仮面が青白く光り出す。
マスケスは発光する仮面をシンクフォイルの顔にそっと当てた。
すると、切り株の根がヌルヌルと生え、瞬く間にシンクフォイルの顔を覆っていった。
ひとしきり頭部を覆いつくすと、仮面の中から嗚咽が聞こえた。
それは、シンクフォイルの悲しみなのか、単純な苦痛なのか、マスケスには分からなかった。
年輪の仮面は、なおも青白く発光し、その表面を走る年輪が中央の一点に向かいどんどんと萎んでいった。




