11.オーロラのクレバス
ああ、私はこんなところで何をやっているのだ?
部屋に一人残された私はこれまでの出来事を振り返っていた。
真王の証も得られず、半島をふらつき、挙句にフッカ王を見失い。ジェニーまでこんな目に合わせて……。何も達成出来ぬまま日々だけが過ぎ去って行く。
私は本当にヴォーアムを背負う王に成れるのだろうか?
私はテーブルの上のボトルから、ウォッカを勢いよくグラスに注ぎ、一息に飲み干した。
――
オーロラが発生する日まで、私とイソダムは、ジェニーの為に過ごした。
イソダムが幻導力でジェニーの見ている世界を少しだけ調整し、パニックに陥らないようにしているらしいが、私にはそれがどういうものなのかは分からなかった。
だが、次第にジェニーは持ち前の明るさと好奇心を取り戻し、ちょっとした疑問があると、私やイソダムにしつこく質問をした。それはやはり一〇歳の子供特有の行いにも見えたが、私には新聞社で、はしゃいでいたジェニーの顔と重なり少しの辛さを覚えた。
また、ある時には、イソダムが喜んで私に報告してきたこともあった。
子供は吸収が早い。それに疑うことを知らないから、幻導力を扱うには理想的だ。さらに大人の体力があるジェニーは難なくやってのける。これは期待ができますよ。
そんなものなのだろうか?
自分で選んだ記者の道を強制的に捨てさせられ、見知らぬ土地で子供に戻り、また一から別の道を歩みさせられる。これは幸福なことなのだろうか? 何も分からぬジェニーの顔は幸福そうに見えるが、将来、何かのきっかけで私のことを思い出した時はどう思うのだろうか? きっと激しい憎悪とともに恨みの念を抱くのだろう。そんなことも分かりつつ、私は一人で未来に逃げ帰る。この卑怯さを許してくれとは言わないが……、せめて私の顔くらいは覚えておいてもらいたい。そう思うのは私の我儘だろうか?
「イソダム!」
私は庭先でジェニーと楽しそうに遊んでいるイソダムを呼んだ。
イソダムは振り返り、じゃれるジェニーをなだめて私の元にやってきた。
「なんですか? 王子?」
「イソダム、これをジェニーに」
私は白熊を撃ち抜いた真っ赤なジェニーのレインボーガンをイソダムに手渡した。
「これは?」
イソダムは初めて見る未来の技術に目を丸くしている。
「レインボーガンだ。未来でジェニーが使っていたものだ。今のジェニーには危ないものだが、きっと大きく? いや精神的に大人に戻った時には必要になるだろう。だから、時が来たらおまえからジェニーに渡してやってくれ。それまでは、お前の研究対象にしても構わんが、決して壊すなよ」
イソダムは興味津々でレインボーガンを眺めている。
「これは……、なるほど! 凄い技術ですね」
「だろうな。私の時代でも中々珍しいものだからな」
「武器としてもそうですが、原理が素晴らしい! これなら新しいエネルギーが考えられるかもしれません」
イソダムの学者の目が輝いている。
「そうかもしれんな。それもジェニーからの贈り物だと思って大切にしろよ」
私は最後に小さな願いを込めてそう言った。
三日後、北雪の高台に今年初めてのオーロラが輝いた夜、大地に巨大なクレバスを刻んで、私は未来へ帰って行った。




