3.取材
ジャニィは、老人と連れ立って、湖畔を歩いていた。
葬儀の横で、長々と立ち話をするのも不謹慎だからと、老人に諭されたので、どこに行くでもなく、ゆっくりと、その場を離れて行った。
その間、アイソレシアを休ませている、小屋の前も通り過ぎたが、戸が閉まっており、中の様子を伺うことはできなかった。
ジャニィが、一通り出まかせの湿地帯情報を知らせると、老人は、ほっとした顔を浮かべていた。
少しだけ、胸の奥に苦い痛みのような物を感じたが、嘘の話でも、不安を取り除いてやれるのなら、それも悪いことではないだろう、と無理矢理に自分を納得させた。
「じゃあ、今度は、こちらから、いくつかお伺いしても宜しいでしょうか?」
ジャニィは、懐からペンと手帳を取り出しながら尋ねていた。
「んだ、なんだべ?」
「お気を悪くされたら申し訳ございません。先に謝っておきます。ですが、これは、気候変動の調査の一環として、是非、お答え頂けると助かります」
ジャニィは、あくまでも、調査員を装っていた。
「先ほどのもそうですが、あちこちで行われている葬儀は、やはり、あの大雨で亡くなった方たちでしょうか?」
「大雨? いんや……やつらさぁ……」
老人は、なぜだか、言い淀んでいる。
「やつらは?」
ジャニィが促すと、尚も渋々と答えた。
「病だぁ。みぃんな、病で死んじまったべ」
「病? では、流行り病でしょうか?」
「いんや、そうでねぇ、そうでねぐて……」
やはり、歯切れが悪い。
何か知られたくないことでもあるのだろうか?
「病気であれ、なんであれ、それが気候変動に伴うものであれば、我々で支援できることもあるかと思います。市内の幻導大学や、オボステムタイムズにも伝手がありますので」
八割方嘘だが、オボステムタイムズに伝手があると言う部分だけは本当だ。
「そうなのけ……」
まだ、何か逡巡しているようだ。
「んだば、おんめぇの出身さぁ、オボステム市け?」
「出身? ええ、まあ、そうですよ。しばらく帰れてませんが、北区には実家があります」
これも本当のことだ。
「あんら、んだば、オボステム市についても詳しいのけ……うーん、そだ、支援ばぁ、お願いしてみるのもありなんけ? こんも、何かの御縁かもしれんけ……」
そこで、何かを決心したのか、老人が顔を上げた。
「そだば、おんめぇ、人魚粉ばぁ、知ってるけ?」
「人魚粉?」
「あっ、そだべ! 市内だと、マーメイドパウダーとが、ハイカラな名前ばぁ付けているがもしれんけ……
だば、呼び方さぁともがく、オボステム市の薬屋に卸していたけろ……
うーん、なんだったべか? ユンガルでねぐて、ヤンゲル? 違うべ……」
「ユングル薬剤商ですか?」
「だば! そんだ!」
確か、時計塔の側にあった、ユガレス系列の大きな薬剤屋だった気がするが……人魚パウダー? なんだ、それは? そんなものは、聞いたこともないぞ。
「今年も、そごに、ごごで余った分の人魚粉ばぁ渡す手はずだったんげども……困ったごとに、それが出来んぐなってしまったけろ」
「ええ」
ジャニィは、頭の上に疑問符がいくつも浮かんでいたが、冷静さを装って相槌を打った。
「そだば、その損害賠償だぁなんだべ、たぐさん金ばぁ掛がってしまったけろ。そんりゃもう、ごれはごれで、食うにも困る状態だべ。
だば、まあ、ここいらじゃ、魚ばぁ取れるべ、そういう意味じゃあ、本当に食い扶持に困るけさぁ、ないだべが……」
何が可笑しいのか、そこで老人は、汚い歯を見せて笑った。
訛りが酷く、ジャニィには、何が可笑しかったのか分からなかった。
「んで、本当に困ったごとさぁ、人魚粉ばぁ無いごとなんけろ。いんや、薬屋へ卸す分じゃねぐて、オラたちばぁ使う分だべさ」
使う分だと? 薬屋ってことは、人魚パウダーは薬ってことか?
しかし、なんだ? 何の薬なんだ? それに人魚だと?
話を聞けば聞くほど、疑問が積み重なっていくばかりだ。
「あっ、あの……」
意思とは別に、ジャニィのまとまらない思考が、そのまま口から漏れていた。
「ん? なんだべ? 一気に話しすぎたべか?」
老人がジャニィの顔を覗き込んだ。
確かに、老人の話は、すんなりと頭に入って来ることはなかった。
それに、話の着地点が、まるで見えない。
「いっ、いえ……少しメモを取る時間を頂けないかと」
ジャニィは、自身を落ち着かせるためにも、ゆっくりと手帳に、今までの話のキーワードを書き込んでいった。
人魚粉、ユングル薬剤商、集落で使用する薬。
「すみません。上司にも、調査票は、しっかりと作れ、と言われていましてね」
ジャニィは、調査員を装っていることを思い出し、そんなことを言いながら、ペンを走らせた。
その間、老人は、じれったそうに、ジャニィの手元を見つめていた。
「お待たせしました。では、続きを……えーと、集落で使用する人魚パウダーがないのでしたね?」
「んだ」
老人は、一度頷くと、神妙な顔つきになって続けた。
「だば、お願いばぁ一つけろ」
「お願い?」
「そうだべ。おんめぇら支援してぐれるんだべ?」
確かに……。しかし、そんな顔で言われてしまうと、少し気が引ける。
「ええ、まあ」
「んなら、オボステム市の薬屋から、人魚粉ばぁ買い戻して来てほしいけろ。まだ去年の分ばぁ残っているはずだべ、そだ、買い戻せないこともないべさ」
「買い戻す? 人魚パウダーを?」
「そんだぁ、あればぁ無いと、集落の者が、まだまだ死んでしまうべさ。もう、ジライのとこで、最後ばぁしたい。あの子ばぁ、ああ見えて、まだ十歳だったけろ」
「あの子?」
「んだば、おんめぇばぁ見てた葬式だべ」
ああ、あの子か。アイソレシアと同い年くらいかと思っていたが、もっと幼かったのか。
「そうでしたか、あの子……残念でしたね」
「んだ」
老人は目に涙を浮かべていた。
「それで、もし、その人魚パウダーがあったら、あの子は、死なずにすんだと?」
「そんだぁ、人魚粉さえ飲ませてれば、死なずに済んだけろ。あれさぁ、万病に効く薬だべさ」
老人は悔しそうだ。
しかし、ジャニィは、それよりも気になることがあった。
「万病に効く薬?」
「ん? そうだべ。おんめぇさぁ、オボステムなのに、そんことも知らないのけ? 人魚粉さぁ煎じて飲めば、たちどころに、どんな病気や怪我も治っちまうべさ」
老人は袖で目元を拭っている。
「怪我までも?」
「そりゃそうだべさ。量としてさぁ、ほんの少しだば、なんせ、乾燥させた人魚を挽いた粉だけろ、それを飲むってごとさぁ、不死の人魚ばぁ喰らうのと同じ行為だべ?」
「乾燥させた人魚? 喰らう? そんな……」
「ん? おんめぇ。本当に知らないのけ? ごれだがら最近の若いもんは……」
ブツブツとなじる老人を無視して、ジャニィは、手帳に追記した。
人魚粉、ユングル薬剤商、集落で使用する薬、どんな病や怪我も治す、その元となるのは不死の人魚だと?




