4.取引
王子は少し間を空けてイソダムに尋ねた。
「なあ、戻る方法はないのか?」
「戻る方法? まあ私の仮説が正しかったのであれば戻る方法は無いこともないのですが……」
イソダムは何か言い淀んでいる。
「あるのか?」
「そうですね。あるにはあるのですが、戻られてしまっては私の研究成果としての証拠がなくなってしまいます。アカデミーからつまはじきにあい、こんなところでひっそりと研究する生活もそろそろ終わりにしたいと思っていたところなので……」
そう言うと、イソダムは少し考えてから唐突に言った。
「王子、では代わりにジェニーさんをください」
「はっ? ジェニーを?」王子は虚をつかれたのか声を張り上げていた。
「そうです。王子の話しからするとジェニーさんもまた未来から飛んできたのでしょう?」
「そうだが……、なぜ?」
「証拠ですよ。王子を未来に戻す代わりにジェニーさんを置いていってください。私には生きた証拠が必要なのです」
「生きた証拠だと? ジェニーは既に……」王子がそう言いかけると……。
「ええ、既に死んでいます。が、生き返らせればいい」とイソダムが続いた。
「生き返らせるだと? そんな事が可能なのか?」
「普通では無理でしょう。ただ、王子、あなた方は普通ではありません。現に王子が生きているのですからね」
「そうだが……、どうすれば?」
「まずは、ジェニーさんを連れてきてください。この家から少し東に行くと大きな木があります。そこまで行ったら北へ向かってください。断崖の手前あたりにいると思います」
「分かった。が、その後はどうする?」王子が質問した。
「後で説明しますよ。今はジェニーさんです。白熊に食われてなければ良いのですが……」
イソダムがポツリと不吉な事を言った。
王子はイソダムの家を出ると、言われたとおり雪原を東に進んだ。
辺り一面は雪に覆われ、ところどころに背の低い木々が見える。
雪が降っていないせいか視界も良好だ。
一時間くらい歩いただろうか、遠くにクリスマスツリーのような大きな木が見えてきた。
あれだな? イソダムの言っていた木というのは。
王子は大きな木までたどり着くと一休みし、そこから今度は北を目指した。
北の断崖まで辿り着くのに、また一時間くらい歩く事になった。
断崖に着くと、そこには王子の倍はありそうな大きな白熊が鼻先を雪の中に突っ込み、何かを探っていた。
まずい。ジェニーを食っているのか?
王子は雪に足を取られながらも急いで白熊の元へ走り出した。
王子が雪を踏みしめる音に気づくと白熊はすっと顔を上げてこちらを向いた。
その白熊の顔は赤く染まり、口元からは血が滴っていた。