3.時間とは
「なるほど。それは興味深いですね」
そう言うと、イソダムは一度部屋を出て行き、しばらくすると、大量の本を持って戻ってきた。
イソダムはその本を先ほどのテーブルの上に置くと、その中の一冊を広げて王子に見せた。
「王子、これを見てください」
「なんだ? 密教か?」
王子は本のページに怪しげな模様の上に人が寝そべっている挿絵を見ている。
「ええ、古いものなので、お伽話か何かと思っていたのですが……」
そう言うと、イソダムは別の本を広げ始めた。
「王子、こっちも見てください。これと組み合わせると、お伽話とも言えなくなるのです」
「組み合わせる?」王子が二冊目の本のページを見ながら質問した。
「ええ、そちらは私の研究ノートです。幻導力と時間の関係をまとめたものです」
「幻導力と時間の関係? 難しいな?」
「ええ、確証はありませんが、王子の話しを聞く限りですと、たぶんこれが起こったのでしょう」そう言って、イソダムは研究ノートのページをめくった。
そこにはびっしりと文字が書かれており、ところどころにある図形の下には、これまた複雑な計算式のようなものが書かれていた。
「さっぱりだ。簡単に説明してくれないか?」王子はイソダムに求めた。
「簡単に、ですか……、そうするとまず、時間について説明しなければなりません。まず、時間というのは光である光子が幻子へと反転する際に発生します」
イソダムは授業を行う教授のような口調で喋り始めた。
「ちょっと待て? もう分からない。光子が幻子へと反転する?」すかさず王子が質問する。
「そうですね。もっと簡単に言うと、光が消える事です。見えているものが見えなくなる事です」
「見えなくなる?」王子にはまだ理解できない。
「ええ、昼から夜になると暗くなるでしょう。あれは時間が経過するから暗くなるのではありません。その逆です。光が見えなくなるから時間が経過するのです」
「なるほど。そういうものなのか?」王子は半分だけ納得した。
「はい、ですので、その逆を行えば、時間もまた逆戻りします」
「時間が逆戻りする?」王子の疑問は深まるばかりだ。
「そうです。幻導力で発生した虹を反転させる事は、いわば幻子を光子に反転させることです。通常の流れとは逆の事を無理やり行っているのです。まあ、ごく小さな反転であればほとんど気づかないと思いますが、王子が仰ったような大きさだと、人一人くらい過去に飛ばす事は可能でしょう」
「過去に飛ばす? まさか!」王子には信じられない。
「王子、今年は何年です?」イソダムがそっと尋ねる
「真歴一四九九年だ」
「やはり……王子、今は新暦九九九年です。王子のいた時代の五〇〇年前になりますね」
「そんな……」王子は絶句した。
「しかし、素晴らしいですね。やはり私の仮説は正しかった」
イソダムは俯向く王子を無視して話し続けた。
「これで幻導力が単なる幻覚でない事を証明できますよ。あなたという生きた証拠まであればきっとアカデミーも反論できません」
イソダムは王子を見たが、相変わらず俯いたままだ。
「王子、聞いてますか?」
「ああ、ちょっと信じられない話しだが……」