5.赤いベレー帽の女を探せ
王子とムリダが連れ立って詰所を出ると、辺りは夕焼けに染まっていた。
王子達は、女性が走り去った川下に向かって歩きだした。
川沿いの道の往来は少なく、捜索の手掛かりも少なそうだ。
「ムリダ、この街の出身なんだろ? あの女性を見かけたことはないのか?」
王子は後ろを歩くムリダに尋ねた。
「うーん、顔は見たことないが、あの赤いベレー帽はきっとオボステムタイムズの記者じゃないかな?」ムリダは記憶を辿るように言った。
「オボステムタイムズ? 新聞社か? どこにあるか分かるか?」王子が続けて尋ねる。
「昔は、南区の港の方にあったが、最近は分からないな。なんせ街のこちら側に来たのだって四年ぶりだからな」ムリダは辺りを見回していた。
「そうか、では港の方へ向かうか」
王子達は、川沿いの建物、裏通りの建物、と広い街の中から新聞社の建物を探し出すのに苦労していた。既に日は完全に落ち、街には幻導力灯の仄かな灯がともっている。
そんな灯の届かない曲がり角の暗闇から突然野良犬に襲われた時はさすがに肝を冷やしたが、ムリダと二人がかりでなんとか追い払うことができた。
ムリダが言うには、昔からこの街には野良犬や野良猫、まれに人に非ざる者など、夜になると危険を伴うものが現れるらしい。警備隊の仕事は、このようなものから夜の街をふらふらと歩く酔っ払いなどを守ることが主な任務だったと愚痴を言っていた。先ほどの野良犬を退けたあとには、なんだか懐かしい気分になったと顔を綻ばせてもいた。
何かの亡霊みたいなものを倒し、三人目の酔っ払いを救出した後だった。
この酔っ払いからオボステムタイムズの場所を聞き出すことに成功した。
それは港の港湾監査局の隣にあると言っていた。
王子は港湾監査局の場所を知らなかったが、どうやらムリダは知っているようだった。
王子はムリダに案内を頼み、港の港湾監査局へ向かった。
南区の港には、高い建物が建ち並んでいた。川を挟んで北側には倉庫のようなものが多いがこちら側は事務所などが多いのだろう。
ムリダは海側から見て一番左の建物が港湾監査局だと言った。
王子はその隣の三階建ての建物に目をやった。
看板などはなく、ここが本当に新聞社なのか疑わしかったが、扉の前まで来ると中から微かにインクの匂いを感じた。
「ここか?」王子とムリダは目を合わせた。
「ムリダ、キミはここで待っていてくれ。追いかけていた当人がやってきたと分かればまた逃げられるぞ」
ムリダは少し考えてから言った。
「そうだな、分かった。俺はその辺に隠れていよう」
一息つき、王子が扉をノックすると、中から例のベレー帽の女性が現れた。
女性は王子を見ると、あっと驚き、急いで扉を閉めようとした。
咄嗟に王子は剣の柄を扉に挟み込み、扉が閉まるのを防いだ。
「ちょっと、何してるの!」女性が声を荒げる。
「話しを聞きたいだけだ」王子は扉に手をかけ無理やり開けようとした。
「話しってなに? 誰なのあなたは?」女性はなんとか扉を閉めようと必死になっている。
「安心しろ、兵士ではない。さっきユガレスの奴らに追いかけられてたのを見て心配になって来たんだ。宿屋の前ですれ違っただろ」
「さっき? ああ」女性は王子の顔をちらっと見て、思い出したのか、力尽きたか分からないが、扉から手を離した。
「分かったわよ。少しだけよ」と言ってベレー帽の女性は王子を中に招き入れた。