1.宿屋
王子は宿屋の二階の窓から、ぼんやり外を眺めていた。
夕日が反射しキラキラと光る川面を一槽の小舟が滑るように上流へ向かって行く。
市街を流れるボアム川は海へと合流する直前で川幅も広い、少し上流の市庁舎前でムン川の支流と合流していることも、その理由の一つだ。
オボステム市は、半島で最大の規模をほこる文化的な街である。
街の歴史も古く、始まりは先史時代にさかのぼる。
半島の先住民であるオコイ人が港を開いたことに始まり、そこに商人や職人、船乗りや冒険家などが集まった。そして独自の文化を育みながら発展していった。
約五〇年前に市制が導入されると、街は急激に拡大し、半島の諸王国にも匹敵する領土を獲得していった。この巨大な都市は選挙により選出された議員により運営され、その代表である市長は議員の中から選ばれた。市長の力は絶大で、諸王国との貿易も有利に行っていた。
――が、それも四年前までの話しである。
フッカ王の強襲により市長は殺害され、街は戦場と化した。
数か月の激戦の後、戦況は膠着状態となり、街は分断されたが一時的な落ち着きを取り戻した。
市街を東から西に流れるボアム川を堺に南側の半分は王子の故郷であるヴォーアム王国が、北側のムン川を挟み西部をオークオコイ連合王国が、そして東の市庁舎のある地域をユガレス王国がそれぞれ占領した。
小舟が市庁舎前のY時の三叉橋にかかると、橋の上を全速力でこちら側へ走ってくる女性の姿が見えた。派手な赤いベレー帽を左手で押さえながら、時々後ろを振り返っている。
後ろからはユガレス特有の三叉の槍を持った二人の番兵が追ってくる。
「何ごとだ? あいつら橋を渡りきるつもりか? 市民ならまだしも……、番兵はまずいぞ」
王子は後ろの番兵の行動が気になっていた。橋のこちら側は我が領土だ。
安易にこちら側にでも入れば、ただではすまないぞ。
王子は急いで部屋を出て、転びそうになりながらも、いっきに階段を駆け下り、宿屋の扉を開けた。