2.三叉橋
ベレー帽の女性はすでに橋を渡りきり、警備兵の詰所を正面に右へ曲がったところだった。
それに続き、二人の番兵も橋を渡りきった。
王子より先にこの事態に気づいていたヴォーアム国の警備兵が一斉に詰所から飛び出してきた。
ヴォーアムの警備兵は緑をベースとしたチュニックに籠手と脛当てだけの軽装だった。
大柄な警備兵長は数人の部下に女を追わせると、残りの兵を従えて、橋を渡ってきた番兵の前に立ちはだかった。
「ここはヴォーアム王国の領土だぞ。勝手に立ち入ることは許さん」
警備兵長が大声で二人の番兵に向かって叫んだ。
「ちっ、あの女を捕らえねばならないんだ、そこをどけー」
番兵は足を止め、槍を構えながら続ける。
「これは、領土の問題ではない、我がユガレス国の王、フッカ王暗殺未遂事件に関わることだ。ヴォーアム王国とは関係のない話だ。だからそこをどいてもらおう」
番兵は国の権利を主張する。
「そうはいかん、確かに貴国の問題のようだが、我が領土を自由に歩かれては困る」
警備兵長は柄に手を当てる。
「そういうことなら力づくでも」
番兵が槍を握りしめ、戦闘態勢を取ろうとしていた。
王子が宿屋から躍り出ると、目の前をベレー帽の女性が走り抜けた。
「おいっ」と王子が女性を呼び止めると、女性はちらっと振り返り一瞬だけ目があった。
王子がどこか見覚えのある顔だな。と思っていると、バタバタと警備兵が王子の前を横切っていった。
王子は女性の追跡を警備兵に任せて、怒号が飛び交う橋の袂へ急いだ。
「どうした!」
王子が声を張り上げて近づくと、今にも斬りかかろうとしていた警備兵長は剣を下ろし、こちらを振り向いた。
「うん? 王子か?」警備兵長は走り寄る王子の顔を見た。
「どうしたと聞いている」王子は命令口調で警備兵長に尋ねた。
「はっ、ユガレスの兵が我が領土に侵入するところでしたので、これを制していました」
「それは見れば分かる。なぜユガレス兵が市民を追っていたかを聞いている」
「追っている理由? それは……」
警備兵長が口ごもると、槍を握りしめたままのユガレス兵が続けた。
「あの女はフッカ王の暗殺を企てた者かもしれないんだ。取り逃がすわけにはいかない」
「だまれ! お前らには関係ない!」と警備兵長はユガレス兵を恫喝する。
「兵長、落ち着け」今度は王子が警備兵長をなだめる。
「そっちの髭のユガレス兵、話を聞かせてくれないか。女性が市庁舎を出て橋を逃げるのをそこの宿屋の二階から見ていた」と王子は先ほどまでいた宿屋の二階を指しながら言った。
「そんな時間はない、もうあんなところまで」髭のユガレス兵は川沿い走る女を目で追っていた。
王子が振り返ると、川沿いをなおも下流へひた走るベレー帽の姿があった。その後を追う警備兵はみるみる離されていく。
「早いな」王子は独り言のようにつぶやいた。
「大丈夫だ、我が警備兵が後を追っている。捕らえ次第彼女を渡すと約束しよう」
「王子!」警備兵長が不服の声を上げる。
「捕らえ次第と言っている」王子の含んだ口調を読み取ったのか、警備兵長は納得したようだった。が、ユガレス兵は渋々だ。
「兵長、その髭のユガレス兵と話しがしたい。詰所を貸してくれないか?」王子はそう言うと、橋の正面の詰所へと歩きだした。
「もう一人の方はどうしますか?」警備兵長が王子に指示を仰ぐ。
「市庁舎が手薄だと教えてやれ」王子は振り向きもせずに言った。
「なあ、おい、やつは王子なのか? ヴォーアムの?」
先ほどのやり取りを聞いていたのか髭のユガレス兵が警備兵長のあとを追いながら尋ねた。
「ああ」と小さく返事をする警備兵長。
「こりゃ、たまげた。なぜここに? 街の警備長官は王子なのか?」と目を丸くしながら髭のユガレス兵は続けた。
「いや、この街の責任者は私だ」と警備兵長は自分自身を確かめるように言った。




