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つながった記憶2

 彼女は公園の隅にあるベンチまでわたしを連れていくと、長い髪の毛をかきあげた。


「最近、義純と会っている?」

「会っていません」

「それって義純のお父さんと関係ある?」


 彼女はわたしと彼のお父さんがあったことを知っているのだろう。

 わたしは頷いた。


 わたしは川本さんのお父さんと会ったこと、わたしの父親と顔見知りだったらしいことをさらりと話した。そのうえでこう言葉を続けた。


「お互いに会おうという話にはならなくて、電話では話をしていますけど」


 彼女は唇をそっと噛んだ。


「そっか。わたしがここまでするのはお節介だと思ったんだけど、このまま義純とあなたが気まずくなるのも嫌ね。今から言うことは誰にも言わないでくれるかな」

「言いませんけど、話の内容によるかもしれない」


 彼女は苦笑いを浮かべた。


「話をする前から誰にも言うなというのも無理な話よね。義純のお父さんのこと。わたしのお父さんも義純のお父さんと同じ会社に働いていたの」

「わたしのお父さんもその会社で働いています。今もですが」


「らしいね。義純からこの前聞いた。あなたのお父さんはかなりやり手だったってね。義純も気にしていた。お父さんが会社を辞めた理由をあなたに言えなくて、あなたが気分を害したんじゃないかってね。わたしは話をしていいと言ったけど、義純はどうも気が進まないみたいだった」


 彼女は言葉を切ると目を細めた。


「わたしも無理に聞こうとは思っていません。ただ、両親が川本さんのお父さんのことを気にしていて、理由もわからないわたしにはどうすることもできません」


 わたしは言葉を濁らせた。


「少なからず罪悪感を覚えてしまうかな。わたしも詳しくは知らないけど、義純のお父さんが会社を辞めたのは、わたしのお父さんがミスしたのを庇ってのことらしいわ。義純のお父さんはわたしのお父さんより立場がうえで、それで庇ってくれたみたい。ただ、ミスが大きければ大きいほど、謝れば済むという状況にはならないでしょう。誰か責任を取る人が必要になる」


「それはなんとなく分かります。だから、わたしのお父さんを恨んでいたんですか? お父さんもそのことに関わっていたんですか?」

「あなたのお父さんはわたしや義純のお父さんの直属の上司だったからだと思う」


 わたしは小さく声を漏らした。

 霧の中にある真実の断片を少しだけ垣間見た気がしたのだ。


「もちろん、あなたのお父さんが悪いわけじゃない。会社の利益を選択したというだけ。それが正しいとは思っているわ。会社員としても、たくさんの部下を持つ立場としてもね。会社を辞めたことで、わたしの家族も、義純の家族も大きく変わってしまったからだと思う。もしかすると、もともと確執があったのかもしれないけど、それはわたしにはわからないかな」


「そんなに変わったんですか?」

「そうね。わたしも義純も割と恵まれていたと思う。それが今ではバイトもしないといけないし、わたしのお母さんも亡くなってしまったの」

「香苗さん?」


 わたしの口から思わず名前が漏れた。

 彼女は驚いたようにわたしを見た。


「川本さんのお父さんが言っていたんです。香苗さんという人が亡くなった、と。わたしのお父さんが殺した人だ、と」


「香苗というのはわたしのお母さんの名前なの。わたしのお母さんが闘病中で保険適用外の治療を受けていたの。でも、会社を首になったことで治療費もままらなくなってね。そういう治療に手を出していたぐらいだから、病状はあまり芳しくなかったの。だから、お母さんの死と首になったのには直接的な因果関係はないの」


 彼女は苦笑いを浮かべると、髪をかきあげた。


「おじさんは自分がもっとうまく立ち回っていれば、わたしのお母さんを死なせずに済んだんじゃないかと思いつめていた部分はあったと思う。義純も気にしているんだと思う。わたしからしてみれば、仕方ないことなのにね」


「ごめんなさい」

「あなたのせいじゃないのよ。だから、義純は言いたくなかったのよ。あなたが気にすると思ったから」

「香苗さんという人は川本さんのお父さんにとって特別な人だったんですか?」


 彼女は少しの沈黙のあと、頭をかいた。


「これをわたしが言うのはどうかと思うけど、義純のお父さんとわたしのお母さんは幼馴染で、義純のお父さんはわたしのお母さんのことがずっと好きだった。でも、お母さんはお父さんと高校生のころからずっと付き合っていて、身を引いたとずっと前におじさんが笑いながら話をしてくれたの。義純の両親はお母さんが亡くなって、少しして離婚したのよ。義純のお母さんにしてみれば、当然だと思う。幼馴染の、それも他の人と結婚していた人を家族の誰よりも大事にしているのだから」


「川本さんはお父さんに引き取られたんですか?」

「お父さんを放っておけなかったのもあるし、義純のお母さんは彼を引き取るのを嫌がったみたいだった。顔が似てるもの」


 その気持ちは過去のものではなかったのだろうか。だから、父親を恨んでいたのだろうか。そして、彼の母親や川本さんの気持ちを思うとやるせなかった。


 川本さんはどんな気持ちだったのだろう。両親への、そして江本さんへの気持ち。ただの幼馴染という言葉に苦い表情を浮かべていたのは、彼の中に罪悪感のような気持ちが存在していたのだろうか。


「いろいろごめんなさい」

「あなたが謝ることじゃないわよ。気になっていたことは少しは分かった?」


 彼女はわたしの表情から何かを悟っていたのだろう。

 わたしは首を縦に振った。


「はい。ありがとうございました」


 わたしは頭を下げた。


「気にしない。ずっと気になっていたの。わたしのお父さんがミスをしなければ、しても義純のお父さんを巻き込まなければ、今みたいな状況にはならないですんだんじゃないかとね。義純も自分の夢をあきらめずにすんだんじゃないかってね。わたしも誰かに話ができてほっとした」


 彼女は寂しそうに微笑んだ。

 川本さんだけではなく、彼女も罪の意識を抱き続けていたのだろう。

 だから幼馴染という言葉を連呼していたのだろうか。


「義純に好きな人ができて、付き合うことになったと聞いたときはびっくりしたよ。恋愛に興味がない人で、どんな可愛い子に告白されても、まったく心を動かされなかった。だから、嬉しかったんだと思う。あなたも義純のことが本気で好きなんだと分かったもの。だから、義純をよろしくね」


 わたしは頷いた。

 親に反対されても、わたしは彼を好きでいよう。絶対に。

 そう考えたとき、頭の奥が痛んだ。


 同じようなことを考えていた。

 でも……。


 わたしの中に蘇ったのは赤く染まった布を見たときの記憶だ。

 お父様の部下だった人がそれをもって屋敷に戻ってきた。

 義高を討ち取った、と。


 いや、あれは夢の続きで、現実ではない。違う。現実ではあるが、今よりもずっと昔の話で……。


 そう理屈では考えるが、心が別の場所で拒否していた。

 わたしの目頭が熱くなる。大粒の涙が勝手に目から零れ落ちた。

 わたしは何に泣いているのか自分でもわからず、泣き出していた。


「太田さん?」


 彼女は驚いたようにわたしに駆け寄ってきた。


「唯香?」


 いつの間にか近くに来ていた榮子の手がわたしの肩を抱いた。


「あなた、唯香に何を言ったの? 唯香を傷つけたらわたしが許さない」


 このままだと彼女が原因だと勘違いしてしまう。彼女が悪いわけではないのに。


「違うの。榮子」


 わたしはやっとの想いで言葉を絞り出した。


「大丈夫だから」

「でも、泣いているじゃない」

「本当に違うの。彼女はただわたしが気になってくれていることを教えてくれただけ。泣いているのは別のことなの」


 なぜあの夢の中のできごとがこうして鮮明によみがえるのだろう。


 まるで自分で見てきたかのように……。


 榮子は唇を噛んだ。


 彼女は江本さんを見ると頭を下げた。


「ごめんなさい。つい、わたし」

「いいのよ。でも、大丈夫? 体調が悪いなら病院に行ったほうがいいよ」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 わたしは首を横に振った。


 そのとき、江本さんの携帯が鳴る。彼女は発信者を見て顔を引きつらせた。電話を取ると言葉を交わしていた。


 そして、携帯を片づけると頭をかいた。


「そろそろバイトに戻らないといけない。ごめんね」

「いいえ。こちらこそありがとうございました」


 わたしと江本さんはそこで別れることにした。


「本当に大丈夫?」


 榮子は心配そうにわたしを見た。


「大丈夫」


 榮子に全て話をしてしまったほうがいいだろうか。頼朝の娘の夢を見ているということを。


 だが、それはやめておいたほうがいい気がした。余計に彼女に心配をかけさせてしまうし、夢の話をされても困るということはたやすく想像できたためだ。


 榮子はわたしの肩を抱いた。


「本当に何かあったら言ってね。今度は絶対にあなたを守るから」


 わたしは榮子の言葉に頷いた。



 わたしは家まで榮子に送ってもらうと部屋に直行した。そのままベッドに身を投げ出した。


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