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災い送り・7




『災い送り』のお祭りの最終日――つまり日蝕が終わる日。

 それはイコール、エディトさんを『異界』に『送』ることのできる最後の日でもある。


 待ち合わせた場所に着けば、エディトさんはもうそこに居た。

 私達に気付いて、軽く手を上げてくる。その顔には笑顔が浮かんでいて、でも少しだけ目が赤かった。


 泣いたのかな、と思った。エディトさんの身体はクランさんの物でもあるから、どちらかが――もしくは両方が泣いたのかもしれない。

 ずっとずっと一緒だった人と離れるなら、そうだったとしてもおかしくないと思った。



「来てくれてアリガトな」


「お礼を言われることじゃ……」


「オレが言いたいだけだから素直に受け取っておきなって」



 否定の言葉は、言い終える前に遮られた。相変わらずの雰囲気のエディトさんに、少しだけ安心する。



「そっちのお二人さんも。ついてきたってことは、オレとの接触、許容してくれたってことでイイ?」


「……まあ、君のやり方に思うところが無いわけじゃないけどね。理解は出来るから仕方ない」


「お前が純粋な『ヤク』だったらわからなかったけどな。まあとりあえずリアを害するつもりはないみたいだし」



 ちょっと不機嫌そうなシリスと、苦笑するガイエンを前に、エディトさんは大げさに首を振る。



「ンな恐ろしい真似、オレには無理。アンタら主人に危害加えようとした時点で消し去りそうだし」


「否定はしないよ」



 ……ええと、これってあたし喜んでいいのかな。純粋に喜ぶには不穏すぎる内容なんだけど。

 守られる立場としては歓迎すべきことなのかもしれないけど、殺伐としすぎてるっていうか……。



「まー、それはともかくとして。とっとと本題行こう本題。――結局どうなったワケ? やっぱ『送』ってもらうのムリ?」



 軽く首を傾げて訊いてくるのに、慌てて答える。



「あ、えっと、それは――出来、ます」



 ちょっと迷って、そう答える。

 エディトさんは「そっか。そりゃ良かった」と淡々と言う。


 エディトさんにとってそれは、望んでいたこととはいえ自分の存在の消失に等しいことのはずなのに、その瞳に映るのは安堵と諦めに似た穏やかな光ばかりで、なんだかやりきれない気持ちになる。

 ……今更、だけど。



「でも、あの……『送』る前に、読んでもらいたいものがあるんです」


「? 読んでもらいたいもの? オレに?」


「はい。……これ――なんですけど」


「……手紙、だよな? これ」


「はい。預かったんです。エディトさんに渡してくれって」


「オレに?」



 首を傾げながらもエディトさんは手紙を受け取ってくれた。



「オレ宛てってことはオレの知り合いだろうに、なんでアンタ経由で――」



 ぶつぶつと続けられていた呟きは、中の便箋――多分、そこに綴られた文字を見た瞬間に途切れた。



「……クラン……?」



 呆然と、エディトさんはその名前を呼ぶ。

 あたしに手紙を託した、エディトさんのいる身体の持ち主である、クラン=フォン=エディト=ザクラーシュさんの名を。




 ――昨日。クランさんがあたし達を訪ねてきて切り出したのは、エディトさんのこれからについてだった。


 クランさんも、エディトさんが自分の身体の中からいなくなるのは避けられないとしても、ただ『異界』に『送』るだけでいいのか、ずっと考えていたのだという。

 エディトさんが本当にただの『ヤク』ならともかく、自我を持ち、恐らくは守護聖霊としての働きをしていた時点で、そう単純な話で済ませるものではないのでは、と考えていたのだそうだ。


 そうして、クランさん自身のこれまでの感覚、考え、そしてシリスやガイエンの知識を交えて話し合った結果――。




「……ははっ、――クランも、無茶言う……」



 手紙に目を通してそう呟いたエディトさんは、顔を上げてあたし達を見つめてため息を吐いた。



「アンタ達も、この手紙の内容は……知ってんだよな」


「は、はい」


「……本気でこれ、オレができると思ってんの?」



 否定してほしい、と雰囲気で語りながら、エディトさんが訊ねるのに、シリスが「何を当たり前のことを」と言わんばかりに言葉を返す。



「できないと思ってたら、そもそも手紙を受け取ってないよ」


「あー、そりゃまぁ、そうなんだろうけど? ……結構、荒唐無稽っていうか、前例のないこと言ってるよな?」


「前例なんて、ないなら作るもんだろ」



 ガイエンのその返しを聞いて、ようやくエディトさんは、この場に自分側の考えの持ち主はいないようだと諦めたみたいだった。



「……ったく、いくら何でも予想外過ぎるだろ……『ヤク』から聖霊に成り上がれなんてさぁ……」



 そう、クランさんからエディトさんへの手紙には、「身体から出て行くのはともかく、そのままさよならなんて許さない」、「『ヤク』なのかなんなのか微妙な状態ならそこから聖霊になるのも無理じゃないだろう」、「次の『災い送り』の時には無理やりにでも引き戻してやるから聖霊になっておくように」――というようなことが書いてある、らしい。

 流石に中身まで読ませてもらったわけじゃないから詳しくは知らないけど、クランさんはそう言っていた。


 確かにエディトさんの言う通り、前例のないことで、無茶なことなのかもしれない。

 でも、シリスもガイエンも、エディトさんが聖霊になれる可能性はゼロじゃないって言っていた。変則的ではあるけど、不可能なことじゃないと。

 それなら、――あとはエディトさん次第だ。



「『異界』は、位相としては聖霊のための空間……『場』に近いから、そこで聖霊になることも、そこから『場』に移動することもできるはずだ。もちろん、次の『災い送り』の時にこちらに戻って来ることも」


「簡単に言うなよな……」



 シリスの言葉にエディトさんが恨みがましく唇を尖らせる。

 でも、その目は、決して高い壁を前に最初から諦めたようなものではなくて。



「でも、まぁ。やらずに諦めるのは性に合わないし。やるだけやってみるかなー」



 そう言って、笑った。それはこれまであたしが見たエディトさんの表情の中で、一番晴れやかなもので。

 エディトさんも、クランさんと別れなくてはならない状況を受け入れながら、ずっと思うところがあったんだろうと、そう思った。



「っつーことで、俺の『これから』の方針は決まったわけだけど。結局嬢さんに『力』使ってもらって『送』ってもらうことには変わりないよな? 嬢さんの方は準備いいわけ?」



 問われて、ぎゅっと拳を握りしめる。……そう、あたしの使ったことのない、存在すら最近まで知らなかった『力』が必要なことには変わりない。



「えっと、その……ぶっつけ本番だから、不安ですけど……がんばり、ます」


「いやそんな緊張しなくても。ダメだったらダメだったで――の策はもう使えないけど、なんかアンタなら大丈夫だと思うし。根拠はないけど」



 エディトさんは相変わらず軽く言うけど、やっぱり気負ってしまうのは仕方ないと思う。

 緊張からか足が震えそうになるのを必死で抑えていると、シリスが耳元で囁くように言った。



「大丈夫だよ、リア。俺がちゃんとサポートする。それに、その『力』はリアの中にずっと在ったものだ。気負わなくても、きっとリアの意のままに使えるはずだから」


「そうそう。案ずるより産むが易しって言うだろ? やってみりゃ案外なんとかなるって」



 にかっと笑ったガイエンも続けてそう言ってきて、幾分か気が楽になる。


 そうだよね。どっちにしろやってみないとわからないことなんだから、「失敗したら」とかそういうことを考えすぎない方がきっとうまくいく……気がする。そう思おう。


 もう、日蝕の終わりは刻々と近づいている。次第に明るくなっていく空に、覚悟を決めた。



「それじゃあ、『送』り……ます」



 エディトさんが「よろしく」と返してくるのを聞いてから、目を閉じる。

 そっと、肩に置かれる掌を感じた。シリスの手だということはわかっていたから、驚かない。


 事前にシリスに言われていた通り、意識を自分の内側に集中する。シリスの掌の当たっている場所から、なにかがじんわりと伝わってくる。体温じゃなくて――光、のようなもの。

 その感覚を追っていくと、あたしの中……どこ、と言われると答えようがないけれど、とにかくあたしの中、内側に、同じような光があるのを感じた。


 ――ああ、これが『力』と呼ばれるものなんだ、と理解する。


 それを意識してからは簡単だった。ただ、思うだけ。願うだけ。

 どうかエディトさんが、望むままに『異界』へ行けるように、そうしてそこで『ヤク』から聖霊になれるように。


 後者は本当にただの願いだったけど、あたしの持つ『力』は『聖霊に類するものに働きかける』力だってことだったから、少しは何か手助けになるといい。



 ――そして、目を開けたそこには。



「……行ってしまったんですね、エディトは」



 そう、寂し気に微笑む、『クランさん』がいて。


 空には欠けるところのない、満ちた太陽が在って。


 全部終わったんだって、そうわかった。



「……リア。大丈夫か?」



 気づかわしげにガイエンがそう問いかけてくるのに、笑顔を返す。

 ガイエンがほっと表情を緩めて――そしてあたしの肩に手を置いたままのシリスの気配も緩んだ。


 その反応に、大事にされてることを実感する。

 エディトさんがクランさんを、クランさんがエディトさんを想うように――『家族』のように、と言ってしまうと、少し違うのかもしれないけれど。

 だけどそれはとても嬉しくてあたたかくて、あたしがずっと欲しかったものにとても近いから。


 あたしもそれに見合うものを返せる人間に――主になりたいと、そう強く思った。



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↑2/19パラレルっぽい小話追加。
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