過去示す時計・1
――ああ、どうしよう。
目の前の超絶美形二人組を見て、あたしは溜息を吐きたくなった。
片方は、少しだけ水色がかった銀髪、透き通るような白い肌に、瞳は冬の湖面のような透き通ったブルー。
誰しもが見とれてしまうような、中性的な美貌。口端を緩やかに上げて微笑む様は一枚の絵画のようだ。
……ただしよくよく観察してみればわかるけど、目が笑っていなかったりする。
それに相対しているのは、闇色のつややかな黒髪をゆるくひとつに縛った、深い紫暗の瞳を持つ青年。
猫目がちな瞳が妙な愛嬌をかもし出して、近寄り難い雰囲気を打ち消している。
こちらは不敵な笑みを浮かべているけど、やはり目は笑っていない。
このどこにいようと目立つことこの上ないだろう美形の二人組は、実は人ではなかったりする。
この世の森羅万象を司る『聖霊』……弱き人間達と『契約』を交わし、『守護聖霊』となって力を貸す存在だ。
そして彼らと契約を交わしているのが、あたし――リアラ・クレイルだったりする。
普通の人間なら『契約』を交わす時期がとっくに過ぎても、あたしは聖霊から『契約』を持ちかけられなかった。そのせいで『守護なし』として都に保護(という名の監視)されていたのだ。
不吉の象徴だの魔族だのと好き勝手言われて、すっかり人生を悲観していたあたしの前に現れて契約を求めたのが、今まさに目の前で恐ろしく美しい笑みを浮かべている銀髪碧眼の男――シリスだ。
会った途端に抱きついてきて『やっと会えた』とかさっぱり訳のわからないことを抜かした彼を、最初あたしは変な人だと思った(本人には決して言わないけど)。
しかも自分は聖霊であたしと契約を結びに来たなどと言ったから、うっかり本気で頭の心配をしてしまった。
なぜならこの世界では『聖霊』は実体がないものだ、というのが常識だからだ。
思いっきり実体があるくせに『聖霊だ』などと言われて「はいそうですか」などと言える訳がない。普通に考えて相手の頭がおかしいと考えるだろう。
しかしどうやら彼は実体のある聖霊らしい。聖霊としての力を見せられ、契約を結んでしまった身となってはそれを信じるほかない。
……いくら常識外のことであっても。
詳しく聞いたわけではないけれど、実体のある聖霊は少数ではあるが一応いるらしい。
それは桁外れに力の有る聖霊だったり、とても希少な属性の聖霊だったりするらしいが、とにかく存在するという。
ただし彼らは滅多に人と契約を結ばないので、それを人間が知らないのも仕方がないのだとか。
そして都を出て、シリスと旅をしてる最中、ふと立ち寄ったあるお祭りであたしは二人目の聖霊と契約することになる。
それが黒髪紫眼の彼、ガイエンだ。
シリスと別れてうろうろと路地を彷徨っていた(というか迷っていた)あたしが、てっきりシリスだとばかり思った気配の持ち主がガイエンだった。
あたしは彼が聖霊だとはまったく気付かず、少々警戒しつつも会話していたところにシリスがやってきて、彼が聖霊だとか言ったものだからあたしはものすごく驚いた。
いくらシリスという例外を知っていても、そうそう実体持ちの聖霊に会うだなんて思ってもみなかったし、その上ガイエンが聖霊の中でもちょっと……いやかなり変わった部類に入るという事実にも衝撃を受けた。
『主なしの黒炎』――というのが聖霊内でのガイエンの通り名だったらしい。
なんでもガイエンは主に『生命・再生』を司る『炎』の属性だけれども、『破壊』の力しか持っていなかったらしいのだ。
属性からかけ離れた力を持つ聖霊が現れることは普通ないらしく、力が『破壊』であることもあいまって誰からも契約を結んでもらえなかった為にそのような通り名がついたとか。
そして彼はあたしと契約を結びたい、と告げた。
突然の申し出に戸惑ったものの(いや、突然さではシリスのときも似たようなものではあったのだけれど)、同じような思いをしたことがあったあたしは契約したいと思い――ガイエンと契約を結んだ。
方法はシリスのときと同じだったからよかったのだけど(何せ名前を呼ぶだけというお手軽さだ)、契約をした結果ガイエンの喉元に炎を象ったような謎の文様が浮かんだりしたので少しばかりうろたえたりもした。
まあとにかく無事に契約を結んだのだけど、妙に険悪(?)な二人にはらはらしたり、祭りではなんだか妙なことに巻き込まれかけたりもした。
それでもそれなりにうまく三人で旅をしてきた(と少なくともあたしは思っている)のだけど――。
「シリスは俺なんか及びもつかないような絵画のごとき美貌だからなぁ、周りの視線を奪っちまうのも当然だよな?(お前目立ちすぎなんだよ、実体のある聖霊なんていないと思われてんだから怪しまれるのなんて当然だろうが、リアにとって不利になることしてんじゃねぇよ、少しは地味になっとけっての)」
「あははそんなことないよ、ガイエンだって俺にはないワイルドな魅力でいっぱいだから女の子の視線が釘付けだよ? 黒髪と紫暗の瞳って組み合わせはなかなかこの大陸じゃ見られないし、エキゾチックで妖艶な感じでさ(君だって人のこと言えないぐらい目立ってるし、ていうかむしろその無駄に高い身長とやたら目立つ髪と眼の色どうにかした方が良いんじゃないの? リアの害になるようならどんな手を使っても契約を解除させるって言ったよね、もしかしてもう忘れたなんてそんな絶望的な記憶力してるのかな?)」
「いやいや俺なんかシリスの美しさの前にはそこらに生えてる雑草のようなもんだって。なんてーの? ほら、シリスの美しさはいっそ人を超越しちまってるって言うか色彩的にも儚げでまさしく佳人薄命っぽいって言うか(お前の異常に薄い色素の方がよっぽど目立ってるっての、明らかにお前浮いてんだろ。自分が人外レベルの外見してるってことぐらい自覚しとけよ、それとも自覚しててやってんのか? だとしたら大したナルシストっぷりってことだな、『この顔以外の自分なんて考えられなーい』ってか、ははは一生関わりたくないタイプだぜ)」
「雑草だなんてそんな、自分を過小評価するのはよくないよ、ガイエン? でも誉め言葉はありがたく受け取っておこうかな。もちろんガイエンも充分この世のものとは思えないほど魅力的だと思うけどね?(自分のこと棚にあげてよく言うよ、そう言うなら君だってナルシルトなんじゃないの? 全く外見変えてないでしょ君って。ああそれともそんな高度なこと出来なかったりするのかな、ごめんね気付かなくて。今度みっちり教えてあげるよ、力持ってても使えないなんて宝の持ち腐れもいいところだしね? ていうか関わらないで済むなら君とは一生関わりたくなかったんだけど。今からでも遅くないからリアとの契約解消して別の主探しに行ってくれたら、俺心から君に感謝したりするんだけどね?)」
「じゃあ俺もありがたく誉め言葉受け取ることにするかな。さすがにこの世のものとは思えないほどってのは過大評価しすぎだと思うけど、シリスほどの美人サンに言われたら悪い気はしねぇし(ハッ、キリねぇってか時間の無駄だな、いいぜ退いてやるよ。そもそもこんな言い合いしたって起こっちまったもんはしゃあないしな。お前がもう少し気をつけてればとは思うけど今更だし気付かなかった俺も悪いといえば悪いし? 元凶がお前だってのは譲れないけどな)」
「そう? ありがとう。光栄だよ(いちいち恩着せがましいね君。器の小さい男は嫌われるよ? まあむしろ君が今すぐリアに嫌われるなら望むところだけどね?)」
「ハッハッハッハッハッ」
「あはははははは」
…………怖い、怖すぎる!
二人とも明らかに目が笑ってないのに見た目だけはこの上なく和やかに会話してるんだけど! しかもなんか水面下で争ってるっぽい雰囲気だし、絶対声に出してるのだけが本音じゃないよね!?
心なしか寒い。
いや、体感温度がどうとかじゃなくて、気持ち的に。極寒の地で防寒具も着ずに突っ立ってる人の気持ちが今ならわかる気がする。
ちょっと今だけ他人の振りして離れていっても良いだろうか……いや絶対そんなこと出来ないししないけど。
でもいい加減このなんともいえない雰囲気どうにかならないだろうか。そりゃ、なんか面倒なことになっちゃったんだから二人が責任の所在を求めるのも仕方がないのかもしれないけど……。
「とにかく、だ。当面どうやってこの状況を切り抜けるかっつう方針くらいは決めねぇと。俺らはともかくリアは面倒なことになるだろ?」
「その意見には賛成だね。真っ当にいくのが理想ではあるんだけど……」
とりあえず言い合いを切り上げて話し合いを始めた二人をちらりと見て、手に持った紙に視線を落とした。
さして良質ではないそれに大きく書かれているのは、『目撃情報求む――行方不明者 リアラ・クレイル』という文字。
そう、あたしは何故だか行方不明者ということになっている。
しかも目撃情報の重要度に応じて報奨金が支払われる、というようなことが書いてあるということは、これは『行方不明者』を探す為のものというよりはむしろ『指名手配書』に近い。
一体何がどうしてこうなったのか――心当たりがないわけじゃない。
というのも、あたしはシリスと出会って契約を結んだその足で、旅に出てしまったのだ。
『守護聖霊』がいるかどうかは感覚的なもので分かるはずなので「まあいっか」と思い報告も何もしないまま旅に出てしまったわけなのだけど(何せ、『守護なし』ではなくなったことに無自覚ながら相当浮かれてしまっていたし)、さすがにまずかったようだ。
とはいえ、少しばかり引っかかることもある。
「ただ――どうして、今更こんなものが出回ったんだろう?」
シリスが眉を寄せて不思議そうに呟いた。
そう、あたしが勝手に都を出て行ったとは言っても、それからは結構な時間が経っている。
あたしがいなくなったことに気付いてこの『手配書もどき』を作り、付近に触れ回ったというならもう少し早くに回ってきてもいいはずだ。
あたし達は比較的のんびりと旅をしているし、今滞在しているこの街も都からすごく遠いというわけではない。タイミングがおかしすぎる。
「確かに今更だな、何か原因があるのか……? ああ、立ち止まってると怪しまれる、ちょっと歩くか」
辺りに目を走らせたガイエンがそう促したので、あたし達は何気ない風に歩き出した。
ただでさえ二人が立っていると目立つので、これ以上余計な視線を浴びると、手配書もどきの記述からあたしのことを勘付く人がいるかもしれない。
別に疚しいことはないのだけど、またあそこに戻るのは出来れば避けたいし、常識外の聖霊である二人を『守護聖霊』として認めてもらえなかったときが厄介だ。
恐らくあたしに対していい印象なんてこれっぽっちも持っていない人たちがこぞってあたしを吊るし上げようとするに違いない。
「脱走を図ったんだ」とか言われるくらいならまだいいけど、「魔族と連絡をとって都を攻める算段だったんだ」とか言われかねない。とにかく盲目的にあたしを排除する口実を口にするだろう、と思えるだけの積み重ねがあるので楽観視はできない。
「リア、考えごとしながら歩くと危な――」
考え込みながら歩いていたあたしにシリスが声をかけたそのとき、強烈な違和感が辺りを包んだ。
ありえない……あってはいけないことが起こったような、そんな違和感に、鳥肌が立つ。
言いさした言葉を最後まで告げることなくシリスが警戒した目で辺りを見回し、ガイエンがすっとあたしの前に立った。
油断なく構える二人の向こう、人々の行き交う賑やかな通りは、まるでひとつの絵のように――止まっていた。
「………………え?」
目の前の状況がやっと頭の中で理解された。
ひどく間抜けな声を出してしまったけれど、それも仕方ないと思う。だって自分達以外の全てが『止まっている』だなんて経験、普通するわけがない。
あたしは少々変わった育ち方をしたけど、至極真っ当な――世間一般の『常識』を『常識』として生きてきた、ただの人間なので、自分の常識範囲外の出来事に遭遇するのには慣れていないのだ。
「誰かがここら一帯の時間を止めやがったのか。……相っ当力持ってんな、これは」
苦々しげにガイエンが呟いて、次いでシリスがあからさまに不快そうな表情で口を開く。
「力の行使者は必ず効果範囲内にいるはずだ。……何が目的か知らないけど、随分手の込んだ真似をしてくれたものだね。ここじゃ俺たちは完全に不利だ。ご丁寧に力が半減するように領域を創っている。――完璧、はめられた」
二人の言葉を聞きながら辺りを見回す。
仲睦まじく腕を組んでいた恋人達も、通りに声を響かせていた屋台の主人も、元気に走り回っていた子供達も――何もかもが止まっている。見える範囲に動くものはいない。
ふっ、と風が吹いた気がして、吹いてきた方向を見た(時間が止まっているらしいのに風が吹くんだろうか、とかは何故か思わなかった)。
そして、その首を廻らせた状態のまま、あたしは身じろぎひとつ出来なくなった。
向けた視線の先には、静止した雑踏。その中に、<彼>はいた。
シリスのものよりももっともっと淡い銀色の髪と、青白くは決してないけれど今にも消えてしまいそうなほどの白い肌、そして黒真珠のような瞳。
凄絶な美貌が、雑踏の中、圧倒的なまでの存在感を放っていた。
――――ハヤク、目ヲ逸ラサナクチャ。
頭のどこかでそう自分が囁くのに、指先ひとつ自分の思い通りにならない。
――――〈彼〉ハ、キケン。
――――〈彼〉カラ、目ヲ逸ラサナクチャ。
自分の内からの警告に、訳のわからない焦燥感だけが募っていく。
〈彼〉から視線を外して隣にいるシリスとガイエンを見るだけなのに――それが出来ない。
視線が〈彼〉に縫い付けられてしまったかのように、ただ瞬きをするしか出来ないのだ。
一点を見つめたまま、ただひたすら立ち尽くす。
いつもならすぐに異変に気付いてくれるであろう二人は、正体不明の『相手』に気をとられているのか無言のままだ。
ゆっくりと、〈彼〉があたしを振り向いた。
首元に光る銀の鎖が揺れるのが見えた。呑み込まれそうな深い黒の瞳に視線が絡めとられて、無意識に息を呑む。
ア ア 、 ツ カ マ ッ タ 。
そう感じたのを最後に、あたしの意識は闇に染まった。




