嫉妬の果て・2
お待たせしました。
装備を整え、邪神像に触れると……オレたちを囲むようにして赤黒い光が周囲に放たれた。
その眩しさに一瞬目を覆うと、そこは既にイーナの集落ではなく……瓦礫が散乱した集落だった場所だった。
もしかしなくてもここは……。
「イースの集落……なのか?」
「そうだと思う、のだ……」
「ですが……これは、酷いですねぇ。というか吐き気がします」
「見てて胸糞悪くなる光景だなこれ……」
オレの呟きにイーゼが返事を返すのだが……、彼女自身目の前のここが本当に集落なのかと疑っているようだった。
何故なら、瓦礫が散乱しているだけでなく、集落の中心にはこんもりと何かが……いや、何故か素材に変わらないモンスターの死骸が山のように積まれているのだ。
そして、その上に誰かが立っているのにオレはようやく気がついた。
「ホ~~ッホッホッホッホッ!! ようやく来ましたのね、エルサさん! そして、クソ生意気なエルフ! と、その他!!」
「この世界では数日振りだな。お前たち、……確か森宮樹、ルクレチア=フラウ。という名前じゃったか?」
「「っ!? な、何で本名知って――はっ!」」
そこに立っていた人物、アニマステラと……あの樽腹のおっさんは確かジ・ゴールドだったはずだ。
自称錬金術師と言ってたし、もしかしてこの山のようなモンスターを何かにするんだろうか?
というか、樹之命さんとサンフラワーさんの本名が分かってしまったけど……、オレにはもう関係ないことだ。
そして自分たちの本名を呼ばれたことに驚いている二人を見ながら、満足そうにジ・ゴールドは……。
「何でワシがお前たちの名前を知っているのかが分からないといったようじゃな? お前たちの詳細なぞ、ワシの財力を使えば簡単に知れるもんじゃ。それとも、初めての性体験とかを語ってほしかったのか?」
「死ね、このエロジジイ!」
「そそ、そんなことしたことありませんよぉ!」
「ヒッヒッヒッヒッヒ!」
顔を真っ赤にした二人からの罵声を聞きながら、ジ・ゴールドは高らかに笑い声を上げる。
うわ、何というか最低すぎるだろこのジジイ。
心からそう思っていると、アニマステラがジ・ゴールドに声をかけた。
「ちょっと、ジ・ゴールド! ワタクシ、そんな下世話な話をするために来たのではないんですのよ!?」
「分かっておる。お前はあのエルミリサを打ちのめすことが出来れば良いんじゃろ?」
「当たり前ですわ! ワタクシ、それほどまでに怒りに燃えていますもの!!」
怒鳴るようにその言葉を口にしながら、ギロリと怒りの篭った瞳でアニマステラはオレを睨み付けてきた。
その強烈な負の感情の篭った視線に、オレの体がブルリと震える。
だけど、ここは我慢だ……!
「……ア、アニマステラさん! あんたはオレを打ちのめすとか言ってるけど、どうやるつもりなんだよっ!?」
「そんなのは決まっていますわっ! ジ・ゴールドの力とワタクシの力を合わせて貴女を打ちのめしますのよ!! さあ、ジ・ゴールドさん。やってくださいな!!」
「分かったわい。それじゃあ、始めるとしようか」
アニマステラと正反対に何処となく面倒臭そうな感じにジ・ゴールドは手を自分たちの足元に向けて振り翳す。
すると、山になっていたモンスターたちの体がドロリと……まるでバターのように融け始めた。
これは……いったい?
不思議そうにそれを見ていると、本名を呼ばれて動揺していた二人から信じられないといった声が漏れ出した。
「これは……モンスターの死体が混ざり合ってるのか? 錬金術の邪法じゃねーかよ……」
「うっ……、吐き気が……」
『アレは、無数の魂を無理矢理繋げて混ぜ合っておるようじゃな……。おい、貴様!』
不意に樹之命さんの側に立っていた幼女神がオレのほうを見てきた。
いったいなんだ? 首を傾げつつ、そちらを見ると……真剣な顔でこちらを見ていた。
『あの人間どもが何をしようとしているのかは分からぬ。じゃが、お主も全力でかかれ。こやつらは倒されても魂は大丈夫じゃが、お主やそこの者はこの世界に生きている。じゃから調子に乗って舐めた真似はするな』
「あ、ああ、分かった」
幼女神の言葉にそれほどまでに危険なことなのかと思いつつ、気合を入れ直す。
その瞬間、融け切ったモンスターたちだった物がグネグネと変化を開始し始めた。
「さあ、見せてあげますわ! ワタクシの力を! 貴女たちに!!」
アニマステラがそう口にしながら、変化と膨張を始めるそれの中へと潜り込んで行った。
そして……カップうどんが出来上がるほどの時間が経過し、そこには先程生えてきた邪神像そっくりだがドロドロと肉体が解けかけている10メートルほどの巨人が立っていた。
うわぁ……なにこれ?
何というか酷すぎるそれにオレはポカーンとしながら見る。
だが、その呆けた顔をするのも一瞬だけだった。何故なら……。
「く、臭っ!? 何だか凄く臭いんだけどぉっ!?」
「腐ってやがる。(処理が)遅すぎたんだ……」
「うぅ……、ますます吐き気が……」
「鼻がおかしくなるのだ……」
周囲に漂い始めた臭いに鼻を摘みながら顔を顰める。
つーか、生ゴミの臭いしかしねぇ! いや、生ごみが腐った臭いか?
あ、しかもアニマステラの隣についさっきまでいたジ・ゴールドもかなり離れた場所まで移動しているし!
こうなるって分かってたのか? そう思っていると上から声が響いた。
『エルササン、ワタクシヲ無視シテイテモイイノカシラ!?』
「っ!? みんな、離れろっ!!」
「「「っっ!! う、うわっ!?」」」
振り上げられた腕に何をするのかを理解し、オレは急いで逃げるように叫んだ。
そのお陰か三人はすぐにその場から逃げ出し始めるのが見えた。
直後、オレたちが立っていた場所へと拳が振り下ろされた!
――ズシ、――ベチャ!
この巨人にはタイムラグがかなりあるのか、オレたちが居ない地面に向けて拳が振り下ろされたのだが……地面を揺さぶり音と、叩きつけた拳が潰れる音が周囲に響き渡る。
そして周囲に撒き散らすように腐臭が漂い、吐き気を覚えるが……我慢だ。
『チィ、チョコマカト動クンジャナイデスワッ!』
「お前が遅いんだろーが! 燃えろ! ――『フレイムウィップ』!」
スピーカー越しに聞こえるようなアニマステラの声に、サンフラワーさんがツッコミを入れると炎で創られた鞭を地面に振り下ろされたままの腕へと振り下ろした。
直後、ジュッという肉に焼ける音と……先ほど異常に顔を顰めたくなる程の腐った肉の臭いが周囲に充満し始めた。
「うっ、これは……結構きついな。ってことは、炎系は危険ってことか――って、うわああああっ!?」
「サンフラワーさん!!」
フレイムウィップの持続時間はどれだけなのかは分からない。分からないけれど、炎の鞭は消えること無くサンフラワーさんとジャイアントアニマステラの腕を繋げたままだった。
そして、邪し――げふん、ジャイアントアニマステラが腕を持ち上げると、彼女の体も持ち上げられることとなった。
『アラ? 邪魔ナ虫ガツイテイマスワネ? イエ、ソノ顔ハ見覚エガアリマスワ!』
「げっ、やべ……!」
ジャイアントアニマステラは最初は羽虫程度にしか思っていなかったようだが、それがサンフラワーさんだということに気づいた瞬間、怒りのオーラが立ち込め始めたように見えた。
そして、ジャイアントアニマステラのサンフラワーさんへの復讐が始まろうとしていた。
『丁度、動ケナイヨウデスシ……手足ヲ引キ千切ッテアゲマショウカシラ? ソレトモ、地面ニ一気ニ叩キツケテアゲマショウカシラ?』
「どっちも断る! というか、てめーの逆恨みでやられたくねーよ!」
『ソウデスノ。デシタラ、一気ニ地面ニ叩キツケテサシアゲマスワ!!』
まるでこちらの話を聞いてない。そんな感じに焼け焦げたままの腕を高く振り上げると炎の鞭で繋がったままのサンフラワーさんごと腕を地面へと振り下ろした!
轟ッ、とサンフラワーさんの体がジャイアントアニマステラの腕ごと地面に向かって落ちて行こうとしていたが、完全に腕が振り下ろされるよりも前にフレイムウィップの効果が切れたらしく、腕に巻き付いていた炎の鞭は消滅していった。
だが……地面に叩きつけられるのと、地面から突風に巻き上げられて空高く飛んでから再び地面に落ちていく……それはどちらが良かったのだろうか?
その答えは誰にも答えられるはずもなく、サンフラワーさんの体が空中に巻き上げられていく。
「っ! サ、サンフラワーさん!!」
『エルササン、貴女、余所見ヲシテイテモイイノカシラ? ソレトモ、マダワタクシヲ舐メテイルノカシラ?!』
「くっ!? 樹之命さん!」
サンフラワーさんを助けるために飛び出そうとするオレに対し、ジャイアントアニマステラは邪魔をするように拳をオレの居る地面に向けて振り下ろした。
そのあまりの猛攻にサンフラワーさんを助けに行くことが出来ず……一縷の望みを込めて樹之命さんにお願いしてみる。
「すみません! 受け止めるのも色々と無理ですぅ!」
「我も撃ち落すことしか出来ないのだ……」
だが、落ちてくる彼女を受け止めるだけのステータスも足りないし、落ちてくるまでにその場に辿り着くことが出来るかと聞かれたら無理だということが分かっているらしく、樹之命さんは申し訳無さそうにしながら大声でオレへと叫ぶ。
イーゼも申し訳なさそうに口にしているが、彼女には悪いがそれ以前の問題だった。というか、飛び出してジャイアントアニマステラに潰されるかサンフラワーさんを助けようとして潰されたら一大事だからな。
けど、どうする……? 助けないって選択肢は無い。だから、どうやって助けるべきだ?
一気にジャイアントアニマステラを斬り飛ばして助けに行く? いや、それじゃあ間に合わないかも知れない。
それ以前にこうしている今もサンフラワーさんが落ちているんだ。覚悟を決めるしかない……!
背後からの攻撃を覚悟しながら、オレは決心して一気に振り下ろされる拳の中を駆け出した。
『捨ミ身ノ特攻デスノ? デシタラ、叩キ潰シテアゲマスワ!』
「くっ!! 危なっ! ――ぐっ!! 臭っ!」
声が響いた瞬間、ジャイアントアニマステラの猛攻は更に勢いを増し、サンフラワーさんへと近づくことも出来ないようになった。
くそっ! 早く助けないと……! 都合よく誰かが来ないものか!!
「はああああああああああーーーーっ!!」
心から救世主を呼んでいると、腹の底から発せられた声が周囲に響いた。
直後、銀色の星が地上から空へと舞い上がり、道すがら黒い軌跡をジャイアントアニマステラの腕へと走らせ――そのまま落下していくサンフラワーさんを抱きかかると銀色の星は地面へと落ちていった。
……いや、銀色の星じゃない。アレは……
「ブ、ブシドー……なのか?」
「……ふう。待たせたな、エルサ!」
助け出したサンフラワーさんを地面へと降ろし、雪火……いや、ブシドーは軽く息を吐き出すとオレに向かって声をかけてきた。
……それは良いんだけど、あの……なんで髪の毛が銀色になってるんですか、ブシドーさん?
呆気にとられながら、オレ……いや周囲に居るプレイヤーたちは彼女を見ていた。




