狂気の朝
狂った世界へようこそ(白目
――――― ニィナサイド ―――――
「えへへ、おいしくなぁれ、おいしくなぁれ~……えふふふふふ♪」
あたしは楽しそうにその言葉を歌うように口ずさみながら、野菜で満たされたスープの入った鍋の中をグルグルとおたまで掻き混ぜる。
その動きに合わさるようにして、刻まれた野菜たちはスープの中を泳ぐようにグルグルと回っていく。
十分に温まり、野菜やお肉から良い出汁が取れたらしく良い匂いを出し始めたそれを見ながら、少しだけおたまでスープを掬い……隅に口をつけて少しだけ飲む。
「あちゅっ!! ……けど、うん、良い味♪」
何時ものように美味しく出来たことを確信しながら、あたしは口を付けたおたまを洗わないまま鍋の中へとゆっくりと入れる。
スープの熱でヒリヒリと痛む猫舌と同じように体が熱を発しながら、あたしの手によっておたまはとぷん……と鍋の中へと沈んでいく。
……本当は汚いって思われるかも知れない。けど、あたしが口を付けたおたまで掬ったスープをエルサが飲んでくれる。
ううん、それどころかおたまに付いていると思う唾液がスープに混ざり合ってエルサが飲んでくれる。
それはきっと間接キスとも言える行為だと思う。ううん、そうに違いない。
だから、あたしはこれは素敵な行為だと思っている。もはや毎朝の日課だ。
しかもこれはとても素晴らしい日課だ。
だってあたしの作ったスープをエルサが飲んでくれる。しかも、あたしの唾液が混ざっているスープをだ。
だからそれは興奮するし、嬉しく思う。
…………もっと興奮して嬉しくなるために、ドレッシングにあたしの唾液とか入れたりしたら……。
――って、駄目駄目。なんだかそれじゃあ変態じゃないっ! だって、あたしの最終目的はあたしを愛してくれるエルサのお嫁さんで子供は目指せサッカーチームなんだから!!
…………うへへ~……、エルサとサッカーチーム作るほどの子供……うへへへへへ~~……。
「え、えーっと……ニ、ニィナ?」
「にゃっ!? お、おはようエルサ! 困った顔してるけど、どうしたの?」
「あ、えーっと……その、な、なんかニィナの顔がすごくへにゃーってしてたから、どうしたのかと思って……だな」
「え? そんな顔してた? んー、多分美味しく料理が出来たからかなー?」
もちろん嘘である、と言うかエルサと結婚してサッカーチーム作れそうなほどの子供に囲まれる未来想像してたなんて正直言いたいけど、言ったらどんな表情をするのか気になるけど、言わないことにする。
ああ、本当……エルサのことが好き過ぎて、もう寝込みを襲いたいなぁ……。
けど準備が全然だからまだそのときじゃない。
「!? な、なんだか今ゾクッとした……」
「エー? どうしたの、エルサー?」
両腕を擦るエルサを見ながら、あたしは笑いかけるが……エルサはまるであたしの笑いから逃げるかのように椅子に座った。
……あれ? なんだろう、あたし……エルサに避けられてない?
こんなにも愛してるのになぁ……??
ジーッとラブビームを送り続けていると、恐る恐るエルサがこっちを見てきた。
「ニ、ニィナ? ど……どうしたんだよ?」
「ねえ、エルサ? なんか、あたしのこと避けてる? ……避けてるよね? こんなにもあたしはエルサのことが大好きなのに、どうして避けるの? もしかして、あたしのこと嫌いなの?」
「え、そ……そんな訳無いだろ? ただ、……ただ、ちょっと愛が重すぎるだけだから……」
愛が、重い……。そうエルサに言われ、あたしは凄く悲しい気持ちになった。
だからだろう、気が付くとガクリとその場にへたり込み、瞳からぼろぼろと涙を零していたのは。
「ちょ!? ニ、ニィナ!? え、な……なんでっ!?」
「う、うぅ……、エ……エルサに嫌われたぁ~~……!」
「うぇっ!? き、嫌ってない、嫌ってないから! だから、落ち着いてくれっ!!」
「ふにゃ~~~~~~んっ!!」
エルサの焦る声が聞こえたけれど、あたしはにゃんにゃんと泣き続けた。
◆
しばらく泣き続けて、ようやく気分が落ち着いてきた頃……あたしはエルサと向かい合うような形で椅子に座り朝食を食べていた。
だけど、あたしはスンスンと泣き声交じりだからか、あまり味もしないし……エルサもなんだか居心地が悪そうに見えた。
本当なら、あたしの作ったスープ(少量の唾液交じり)を食べてくれていることに喜ぶべきだろうけど、悲しくて喜べなかった。
けれどあたしの様子をチラチラと見ている、エルサの困り顔は凄く美味しく感じられた。その表情を見ていると段々と悲しい気持ちが薄れていくのを感じ、同時に悦びからかお腹の奥がキュンキュンするのを感じた。
そんなことを思っていると……。
「えっと、ニィナ……。こういうときに言うのも何だと思うんだけどさ、……少し良いか?」
「っ! ……にゃに? エルサ……?」
声をかけられた。声をかけられた。エルサに声をかけられた!!
小躍りしたい気持ちを必死に抑えつつ、まだ機嫌が直りきっていませんよ的な感じに不機嫌さをアピールしつつジトッとエルサを見る。
けど、何か話したいことでもあるのかな? もしかして、ベッドに招いてくれるのかな?
そう思っていると……。
「えっと、だな……。いきなりだけど今日からちょっと遠出しなければらなくなったんだ」
「…………え?」
「というか、今すぐ」
遠出? 遠出って言った?
聞き違い、もしくは一緒に来て欲しいってお願いしてるのかな?
そう思いながら、あたしはエルサに尋ねる。
「えっと、と……遠出? どこか、お出かけなの? えと、そうだったら……あたしも一緒に行く、んだよね?」
「あー、ごめん……、神さまからのお願いでさ……。呼ばれたのはオレだけだから、ニィナには留守番をお願いしたいんだ」
「…………………………え?」
留守番、その一言を言われ、あたしはサーッと顔を蒼ざめさせる。同時に神さまに対して殺意を覚えた。
エ、エルサが居ない? エルサが居なくなる……。エルサが、居なくなっちゃう……!
だったら、どうする? そうだ。……答えは簡単だ。これしかない!
「これはもう……監禁しかないない」
「ちょっと待て! なんだか恐ろしい結論に達しなかったか!?」
思い浮かんでいた答えがボソッと口から出ていたらしく、エルサが驚いた顔をしてあたしを止める。
え……? なんで止めるのかな? エルサだって、あたしと一緒に居たいはずだよね? ううん、そうに決まっている。
あたしが考えていることと同じことを、エルサは考えているに違いないんだから。ううん、エルサの考えをあたしは考えるようにしているから当たり前のはず。
そうだよね、エルサ? もしかして、神さまに脅されてるの?
それとも操られてるのかな?
「あー……ニィナ、お前が何を考えているのかわからないけど……ひとつだけ頼む。オレが出かけてる間、その間で良い。だからその間で出来るだけ理性を取り戻して欲しい……本当頼む。マジで」
キラキラとエルサを見ていると、そう返事を返してきた。しかも、手は拝むように合掌してだ。
その言葉に、あたしはショックを受ける。
な、なんでそういうのかな……? あたしは、普通だよ??
「な、なんでそんなことを言うのエルサ……?」
「……なんでというか、ニィナ……。オレが今現在思っていることを、正直に言わせてもらっても良いか?」
震えながら問いかけるあたしへと、顔を顰めながらエルサがそう言ってきたので……恐る恐る頷く。
な、何を言われるんだろう……? 愛の告白とか? 愛の告白しかない!?
ドキドキする鼓動を抑えながら、エルサを見ていると……嘆くように顔を押さえ、呻くように……言った。
「何ていうかさ……、今のぶっ飛び過ぎたニィナのまま一緒に暮らしてるとさ……、オレの貞操が危なそうな気がするんだ……。
要するに、オレがニィナに逆レイプされそうなんだよ……。過激な少女マンガを越えるレベルな感じの、と言うかその綺麗な顔を吹っ飛ばしてやる系でありそうなレベルの……」
……その言葉に、リビングが凍った様な気がした。
え? て、貞……操……? ぎゃく、れいぷ??
いまの、あたしって……そんな風に、思われてるの……?
信じられないとばかりにエルサを見るけれど、あたしを見るエルサからは断固として自分の言った言葉を曲げようとはしないという意思が感じられた。
その姿に、あたしは頭を殴りつけられたようなショックを受けた。
「そ、んな……、あたし……そう、思われてたなんて……」
「……オレが男だったって知るまでは普通だったよ? けどさ、神さまに唆されて暴走し始めた近頃のお前は……何というか、異常なんだ。だから、少し冷静になって欲しい。
冷静になって、自分の行いがどれだけ変態的なことだったか理解して、それを直して欲しいんだ……」
ショックを受けるあたしへと、エルサはそう諭すように言う。
その言葉を耳に入れながらも、あたしは目を見開いたまま呆然としてしまっていた。
「……ニィナ、本当は慰めるべきかも知れない。というか慰めるべきだろう。けど、そろそろ行かないといけないから……行って来る。
その……お土産、期待しててくれ……。いってくる」
「いって、らっしゃい…………」
……そんなあたしを見て心配そうにエルサが見てたけど、集合時間があるようであたしに謝りながら……家から出て行った。
心配そうにリビングを出て行くエルサを見ながら、あたしは呆然としながらも口から言葉が出ているのに気づいたけれど……体は動かなかった。
そして、呆然としていたあたしがようやく現実に戻ったとき、窓の外から見える空は薄暗くなっていて夜になろうとしているのが分かった。
多分、エルサはもう行ったんだろうな……。
そう思いながら、あたしは――
「……ごはんの、準備しよ」
ポツリと呟き、あたしはフラフラと椅子から立ち上がると厨房へと向かう。
街の喧騒はまったくといって良いほど聞こえない。……そういえば、プレイヤーの人たちは大規模アップデートでこの世界に来れないんだったっけ……。
エルサに教えてもらったことを思い出しながら、あたしは大量に作っていたスープが入った鍋を見る。
あたし自身の唾液が混ざってしまっているスープ、ついさっきまでは嬉々として何度も口を付けてスープに唾液を混ぜていたけど……なんだか汚いし……飲みたくないな。
「…………あ」
思った。思ってしまった。理解していた筈なのに、思わないようにしてたのかも知れない。
汚いって思ってしまった物をエルサに食べさせて満足している自分の醜さに、あたしは気づいた。
「あ……あ……。あたし、馬鹿だ……。今のあたしは、本当に……馬鹿だ……!」
気が付くとあたしはぼろぼろと涙を零し、厨房の床にしゃがみ込んで泣いていた。
エルサが出て行ってようやく気づくなんて、馬鹿だ…………あたしって大馬鹿だ。
「けど、けど……嫌ってない。エルサは、こんなあたしをまだ嫌ってない……!」
それに、エルサは言ってた。今のあたしは変になりすぎているって。
だったら、エルサが居ない今、絶対にあたしは普通に戻ってみせる!
「エルサに嫌われないためにも……、これからの生活のためにも、あたしは何が何でも元に戻ってみせる!」
あたしは轟々と燃えるように胸の中に決意を抱く。
そうだ。この決意を形として残しておくため、エルサが居ない間のことを日記にしよう。
そうしたら、あたしは元に戻っていくことが自分でも判るはずだ。
「そうだ。そうしよう、それが一番良いかも知れない!」
そうと決まれば日記を書こう。
あたしは決意をして、リビングから出ると自分の部屋に向けて一目散で駆け出した。
待っててね、エルサ! 頑張ってあたし、まともに戻ってみせるから!!
・ニィナの日記
エルサが旅立ってから、初日。
今日、エルサが神さまのお願いで出かけていった。
そういえば、どれだけ出かけているのかって言ってなかったな……。
何日だろう? 3日かな? うーん、ちゃんと聞いておくべきだったな……。
けど、居ない間にあたしもちゃんとまともに戻ってみせることにする。
だって、あたしはまだエルサと一緒に居たい。
好きだって気持ちもあるけど、それと同時に今のあたしはエルサが全てだと思う。
……そうだ。あたしって、この世界のことを全然知らなかったんだ。
うん、そうだ。エルサが戻ってくる間にまともになろうと思ってるけど、それと同時に色々見て回ってみよう。
怖いプレイヤーの人たちも居ないし、自由に見れるはず。
エルサが戻ってきたら、人見知りを少しでも直して変な感じになっている頭の中も直して、凄いって褒められよう。
そのために、明日から頑張るぞーっ!




