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ブシドーの受難

今回は、ブシドー視点です。


10月31日 主人公のリアルネーム修正(滝汗)

 ああ、腹が立つ、腹が立つッ! 腹が立つではないかッ!!

 地面を力強く踏み締める度にガシャガシャと体に身に付けた防具が音を鳴らし、その音が拙者の苛立った精神を更に逆立ててしまう。

 というか、何でこんなにも拙者は腹が立っているのだ?!

 いや、理由は解る……。この苛立っている原因はあのエルミリサだ! というよりもそれしかない!!

 やつは撫でていただけ、そう言うのだが……いや、事実そうだったのだろうが……何というか、こう……女同士であるにもかかわらず……すごく甘ったるこい雰囲気を出していたため、少しイラッと来てしまったのだ。

 そして、鎌を投げて文句を言ったら言ったで、何というか鼻に付くような感じに返されてしまったではないか!


「ああ――くそっ! 何故、拙者がこんなにも苛立たなければならないのだっ!?」


 しかも、しかもだ! あのエルミリサは人工知能が動かしていると言っていたはずなのに、何というか……そう、何というかあいつを髣髴させるような言い方をしているのは何故なのだッ!?

 あいつも……あのエルミリサと同じように、部活中にいちゃいちゃしている後輩が居るのを見て、ちゃんとしろと怒鳴っていた拙者を見かけてはからかっていたことが度々あった。

 当然、怒った拙者はあいつを木刀片手に追い掛け回した。無論、やつは必死で逃げた。

 それを周りは何時ものことかと言う風にやれやれと言っていたのを覚えている。

 必死そうに逃げるあいつの表情は……本当に何処か活き活きとして、生きていると実感しているように見えた。それを追いかける拙者も……多分楽しかったのだろう。

 ……けれど、あの日々は帰ってこない。そう……永遠に帰って、来ないのだ。

 そう思うと、まるで心にぽっかりと開いている穴へと……腹が立っていた気持ちが少しだけ吸い込まれていくような感じがして、代わりに少し悲しい気持ちが芽生えてくるのを感じた。


「……いや、もう過ぎたことなのだ。だから、今更何とかしようとか考えるだけ無駄か……。それに、ここはゲームだ。だったら私情を持ち込むべきではないな! そうだ、持ち込むべきではない!!」


 悲しみのお陰で少し怒りが収まったため、考える余裕が生まれた拙者はそう言うと目的地へと向かって歩き出す。

 とは言っても、怒りながらも歩いていたために目的地は目と鼻の先となっているな……。


「農夫殿、収穫を終えたので清算をお願いしたいのだが、宜しいか?」

「おお、もう終わったのか? 流石冒険者さんだ! それじゃあ、計算を開始しよう。報酬は現物だったな?」

「うむ、頼む」


 家の前で立っている農夫NPCに話しかけると、何時ものように返事を返されて拙者の目の前にパネルが表示され拙者が収穫した小麦の量が計算されていく。

 そして最終的な数字が表示され、そこから差し引かれた値が表示される。


「2時間作業で、収穫は小麦畑一枚。とりあえず……200キロってところだな」

「十分だ。というよりも、現実だと畑一枚でそれだけ取れないのだから、本当に十分すぎる」


 農夫殿の言葉を聞きながら、拙者は頷き……取引が成立したので、報酬の小麦粉がインベントリの中に入れられたのを確認する。

 それを確認してから農夫NPCへと礼をして拙者はその場から離れると再びクエストボードへと向かい、すぐに乳搾りのクエストを受注する。


 ~~~~~~~~~~


 クエスト<牛の乳搾り>を受注しますか?


 <YES> <NO>


 ~~~~~~~~~~


 表示されたパネルの<YES>を押すと、受注が完了したのでそのまま拙者は牧場に向けて移動を始める。

 とりあえず……苛立ちは冷めているはずだ。というよりも、苛立ちが冷めていないと乳牛たちが怖がって良い乳を出してくれないのだから落ち着こう。

 そう思いながら、拙者はゆっくりと瞳を閉じ……、さぁさぁと風によって揺れる木々の音に身を任せながら、ゆっくりと呼吸をする。


「すぅー……はぁー……。すぅー……はぁー……よし!」


 数回ほど呼吸を行い、気持ちが落ち着くのを感じると……拙者は再び牧場に向けて歩を進める。

 ――が、牧場のほうから牛の嘶きが聞こえ、何かあったのかと思いつつ駆け出した。

 そして、牧場に辿り着いた拙者の目には信じられない光景が飛び込んできた。


「なっ!? 何だこれは……?!」

『ブモオオオォォォォォォッ!? ブモオオオオォォォォォォォ!!』

「うまいぃぃ~~! 美味いぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~!! もぐもぐ……もごもご……」

「ひ――ひぃぃ! お、おらの、おらのうしがぁ……!!」


 そこでは一頭の乳牛が、禿頭で豊満な体型の男性プレイヤーに食べられていた。

 ……いや、食べられているというよりも、呑み込まれている?

 というか、目の前にいるそれは本当にプレイヤーなのか? ……というか、何処かで見たような気が……

 そう思っていると、そいつは食べていた牛をゴクリと呑み終えた。……呑み込まれた牛は助けを求めるよう男性の腹の中から鳴き声を上げるが……その鳴き声は徐々にか細くなっていく。


「まだぁ~! まぁだたりなぁぁぁ~~い……!」

「や、やめてくれぇぇぇーー!! もう、もう、うちの子を食べないでくれぇ……!!」

「――っ!? や、やめろッ! それ以上の狼藉は許さぬぞっ!!」


 しかもそいつはまだ足りていないらしく、恐れ戦いて逃げようとする牛を追いかけようとしていた。

 それを見ていた酪農家NPCが泣きそうになっており、その声にハッとした拙者はインベントリから非殺傷用の武器として持っていた木刀を取り出すと、プレイヤーだと思われる男性へと突きつけた。

 けれど、男性プレイヤーは拙者の声や酪農家NPCの声が聞こえていないのか、逃げようとする乳牛をドスンドスンと地面を揺らしながら追いかけ始める。


「くっ、致しかた無い……! ちぇああああーーっ!!」


 プレイヤー同士の暴力行為は禁止されているが、事態が事態だ。そう考えながら、拙者は木刀を構え――素早く振り上げると目の前の男性プレイヤーの肩目掛けて、一気に振り下ろした。

 本当ならば頭を狙うべきかも知れない。だが、ゲームだとしても頭部の殴打は痛いものは痛いものなので……躊躇いを覚えてしまった拙者は肩を狙うことにした。

 ちなみに武者小路流剣術は使うと洒落にならないので例え木刀であったとしても使う気はない。……あのときはついカッとなってしまったから仕方がないが。

 そして、拙者の握り締める木刀は男性プレイヤーの肩へと深くめり込んだ――だが、何だこの手に伝わる感触は? これではまるで……


「まるで、現実で生身の相手を叩いているようではないか……!?」


 ポツリと拙者はそう呟いた。だが、呟いたことで……拙者の頭はその生々しい感触を受け止めてしまっていた。

 そして、拙者が木刀を打ち込んだ男性プレイヤーは「ぃいいたぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃ~~~~!!」と言って本当に痛そうにしながら、ゴロゴロと地面を転がっていた。

 これは、いったいどう言うことだ……?

 何時もならば、ゲームゆえに感覚は少し薄布一枚ほどずれているように感じるはずなのに……。

 初めての現象に拙者が戸惑っていると、もんどりを打っていた男性プレイヤーがムクリと立ち上がり……鼻をスンスンさせながら、こちらを見て……哂った。

 そこでようやく、拙者は目の前の男性プレイヤーは尋常でないことに気づいた。


「な、んだ……こいつは?」


 にやついた笑みを浮かべながら、狂気の宿った瞳で拙者を見るこいつは……、ゲームの中をまるで現実のように……いや、まるでここが自分にとっての現実だと言っているように見えた。

 お爺様やお父様とは違った方向の狂気、その得体の知れない不気味さに男性プレイヤー……いや、目の前の男を見ていると涎をたらたらと垂らしながら近づいてきた。


「おまえぇ~、美味しそうなぁぁ……匂い、してるぅぅぅぅ~~……?」

「匂いだと? ……菓子の匂いか」

「お菓子ぃ~~……、くぅ~わせろぉ~~!」

「お金を払うなら食わせてやっても良いが、ちゃんとお金を――いや、待て……こいつは見覚えがあるぞ?」


 近づいてくる男の顔を拙者は見たことがあるはずだ。だが、何処でだ? 先程から感じている感覚、いったい何処でこの男を見たのだ? …………そうだッ!

 拙者自身は本人を見た覚えは無いが、飲食店を経営している者たちの集会でこの男の顔が写されたスクリーンショットをブラックリストの中で見たことがあったのだ。

 確か、エルミリサ内で食い逃げを繰り返していた悪質プレイヤーだったはず。だが……。


「だが、アカウント凍結を受けてこのゲームに入れなくなったと聞いた。なのに何故このような場所に居る?!」

「おかし、よこせぇぇ~~~~!!」

「くっ!? 聞く耳持たずか! だが、貴様のような悪質プレイヤーに食べさせる菓子など無い! これでも食べていろ!!」


 本当にいったいどうなっているのかまったくわからないながらも、身の危険を回避するために拙者は木刀を構えるとそいつに向けて突きを放つ。

 木刀である故に、体を突かれると殴られたような痛みを感じるであろう突きを、男の体に打ち込んでいくが……まるで痛みでも感じていないとでも言うように男は拙者に向けて大きな口を開けて近づいてくる。

 その様子に流石の拙者も得体の知れない恐怖を感じてしまったらしく、突きが大きく開けている男の口へと放たれてしまった。


「――しまっ!? ッッ!?」


 直後生々しい感触が指に伝わる。そう思っていた拙者だったが、背筋に感じる怖気に無意識に木刀を手放してしまっていた。……だが、それで正解だったとしか言いようが無いだろう。

 何故なら、手放した木刀は男の口の中に突き刺さらず……、男の口の中へと消えて行ったのだから……。


「もぐもぐ……、あまりおいしくなぁ~~い!」

「何だこれは……? 本当に、何なのだこれは?!」


 無意識に拙者の口から出た言葉は、心の中に得体の知れない恐怖を呼び起こす。

 だが、そんな拙者の心境を知ってか知らずか、男は木刀を食べ終えると再び拙者へと大口を開けながら近づいて来ていた。

 だから拙者は咄嗟に、インベントリから刀を取り出すと即座に腰打めに構えて力強く足を前に踏み出した瞬間――鞘から解き放った!


「武者小路流居合術――『雷光』!!」


 言葉と同時に放たれたその技は、まさに雷光の如き速度で目の前の男の胴体へと伸びていく。

 これを回避することは不可能だ。そう、拙者は絶対の自信を持って言える。

 銀光を放ちながら、拙者の光速とも呼べる一撃は男の胴体を斬り――――ガリッ!


「あ……? な、え――?」


 今のは、誰の声だ……? い、いや……これは、せっしゃの……こえ?

 だが、なぜ……そんな声が洩れる? いや、なぜそんな声が洩れたのかは……わかる。

 何故なら、必殺ともいえる一撃は男の胴体に吸い込まれていった。だが、何時の間にかそこに男の口があり――拙者の腕ごと刀を食べたのだ。

 ……せっしゃ、の……う、で……?


「硬いぃぃ~~……。美味くないぃぃぃぃぃぃぃ~~~~!!」

「あ、あ…………ああああああああああああああああああーーーーーーーーーーっ!!!!?」


 焼けるような痛みが腕を襲う。いや、腕があったばしょを、襲う……。拙者の腕、拙者の腕は何処に?

 わかってる、食べられた。食べられたのだ! だが、だがこの痛みは何だ!?

 まるで、本当に食いちぎられたようなこの腕の痛みは……!!

 それに……ボタボタと垂れるこの血はなんだ? これは、ゲームではないのか?

 いや、ゲームのはず……ゲームのはずなのに……なぜ、なぜこんなにも痛みを感じるのだ?

 わからない、わからない……! わからないが、今すぐに……今すぐに逃げないと……イケナイ。本能がそう警鐘を上げ、恐怖が逃げることを薦める。

 それなのに、拙者の頭は混乱の極みに達しているのか、それとも目の前の異常な光景に萎縮してしまっているのか体が動かなかった。


「う、うごけ……動け、拙者の、拙者の体……!!」

「今度こそ、おいしいはず~~。いただきまぁ~~すっ!!」


 男の声が何処か遠くに聞こえる中、拙者は動くことが出来ず……面の中からガチガチと歯が鳴る音が聞こえ、真っ暗闇の男の口が見えた。

 この口に呑み込まれたら、二度と目覚めない。そんな予感がした。

 にげないと、にげないと……!!

 そう思いながら、必死に体を動かそうとするが……男は拙者が逃げないように、肩を掴んだ。


 もう、逃げられない……。


「たす、たすけ……て、さと……る」


 一瞬、幼い頃の思い出が……幼い頃に幼馴染であるあいつが、土佐犬から拙者を庇うために前に出た出来事が頭を過ぎる。だが、それは走馬灯かも知れない。

 そう思っていると、涎が垂れて悪臭を放つ男の口が拙者の頭を呑みこんで行く。

 しかも、涎なのか口の中が原因なのかはわからないが、面が溶けていくのが見えた。

 あの牛は……どうなったのか? 溶けたのか? それともこの暗闇の中に消えて行ったのか?


 ああ、出来ることならば、気絶することが出来たなら……。

 そう拙者は思うが、恐怖からか気絶が出来ない。そして、男の口に……拙者の体は呑み込まれ――――なかった。


「――え?」


 ドゴンッという激しい爆発音が耳元に響いた瞬間、フワッと浮遊感を感じ……拙者の体は男の口から吐き出され、空中を舞っていた。

 ……いったい、何が……起きたのだ?

 恐怖から抜け出すことが出来て安心したのか、それとも千切れた腕から血が零れすぎたのか……頭の中が朦朧とし始めてきた。

 不意に……フワッと、拙者の体が抱き上げられる感覚を覚え……誰かが抱き上げたのかと思いながら、ゆっくりとそちらを見る。

 けれど、意識が朦朧としているからか……それとも瞳に涎が付いてしまっているからか、良く見えない。

 誰が、助けて……くれたんだ?

 そう思っていると、拙者を抱きかかえる人物は安否を確認するように声をかけてくる。


「おい! おい、しっかりしろ、ブシドー! ブシ……せ、雪火!!」

「…………ああ、さと、る……。たすけに、きて……くれたんだな。あいたかった、さとる……さとる……」


 久しぶりに、拙者の名前を呼ぶあいつの声に安心感を覚え……あいつの名前を呟きながら、拙者は意識を完全に手放してしまった。

 けど、目覚めたら……また、会える……。そう、しんじてる……。

詳しい話は次回に持ち越し。


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